「春原か。わざわざ見送りか?」
自分は、顔を春原がやってきた方へ向けて声をかけると、もう一人、陸軍軍装と海軍水練着を着た女性が彼女の背後に立っていたのを確認できた。
龍子か。
あいつ、こんなところに来て大丈夫なのか?
まぁ、一般人には顔を知られていないはずだし、着ている軍装もちょっと変わっているか程度で済むからそこまで問題ではない……はずだ。そもそも警護が必要なほど彼女は弱くはないし、八咫烏を使い魔に持つ春原が常に彼女の身辺警護をやっている。
今ここにネウロイが来たとしても、彼女たちならユニットなしでどうにかしてしまうだろう。
しかし、しかしだ。皇女殿下がこうして護衛役を一人春原に任せて、ほいほい外出していいものか?
「龍子もよく来たな。わざわざの見送り感謝する」
問い詰めたいのをぐっとこらえて、笑顔で二人を出迎えた。
「気にするな、親友の覚悟を決めた出立だ。見送らなければ友人は名乗れぬ。そういうものだろう? 春原」
「は……いえ、そうだな、龍子」
春原は言いにくそうだ。対等な立場でという約束事でもあるのだろうが、敬愛する龍子に対してざっくばらんな物言いは抵抗があるのだろう。
整備兵たちは、いきなり現れた二人の女性に目を奪われたが、それもまぁ当然だ。
どちらも格別の美人で、町を歩けば老若男女振り向かせる美貌の持ち主であるからだ。
「君たちは、自分が出立するまで木製疾風の検分をしてくれてかまわない。自分は二人と話があるので、少しこの場を離れる」
そう整備兵たちに告げ、自分は二人を先導して人目のつかない建物の陰へと隠れ、
「いくらなんでもまずいだろう。春原、お前どうして龍子を連れてきたんだっていうか、衛士が止めなかったのか」
自分は、小声で春原を問い詰めた。
いくらなんでも、これは看過できない。
龍子は、そうやって春原に食ってかかる自分を見てくすくすと笑い声を上げた。
「気にするな。父上の許しを得た上でのことだ。あきらが心配するようなことなど、なにひとつない」
皇女の言い分に返す言葉を忘れてしまう。
「うむ、その場には私もいたからな。それに関しては保証しよう」
春原が付け加える。
「マジか……」
確かに、陛下はそのあたりかなり自由な考えの持ち主で、自身もお忍びと称してよく東京を散策なさるが、よもや娘にも許すとは。
父上がなさっているのだから、妾もそれぐらいかまわないだろう、とでも言って説得という名の脅迫でもやったのだろうか。
「それで、基地の兵士たちにはなんと説明した」
「川股少将の親類縁者ということにしている。川股少将のかわりにお前を見送りに来た、という理由付けだ」
春原が答える。
ああ、そういう筋立てか。
あの人も大変だな。
今回ばかりは同情するぞ。
「それで、春原は」
「私は龍子の警護を任された陸軍のウィッチだ」
「春原、そんなのでよく騙せたな」
「堂々としていれば疑われないものなのは貴様もわかってるだろう。それに、正体を知られたところで何がどうなるわけでもない。ゴシップ雑誌になにか書かれるかもしれないが、そんなのはいつものことだ」
ブリタニアほどではないが、我が皇国にも皇族をおもちゃにする雑誌はあるからな。
「それはそうだが……」
「そう気に病むな。なにかあってもあきらには迷惑をかけん」
皇女にこう言われては納得するしかない。
「わかった。いちいち気にするのはやめにしよう」
などと話していると、遠くから、初美さーん、どこですかー、と、自分を呼ぶ声が聞こえた。
「あきら、お呼びだぞ」
と、春原がとっとと行け、と言外に促す。
「わかった。春原、皇女殿下をしっかり守れよ」
「護衛に関しては貴様よりも優秀だ。任せておけ」
「これ以上怪我をしてくれるなよ。妾はそれだけが心配だ」
「ご安心を。さすがにこれ以上不覚をとることはありませぬ。では、御免」
自分は二人に頭をさげて、自分を呼ぶ声の主へと向かう。
「すまない、ちょっと諸用でな。どうした」
「あ、初美さん。木製疾風の二式輸送機への搬入、終了しました。機長がフライトについての説明をしたいとのことです」
眼鏡の整備兵が、海軍式の敬礼をしつつ言ってきたので、自分はうなずいて輸送機の機内へと入り、欧州までの航路や機内での注意事項を受けるのだった。
そうして、出発の時刻がやってきた。
自分は窓辺に座ると、自分を見送る二人に手を振って別れの挨拶をする。
二人とも、笑顔で手を振り替えしてくれた。
一週間後、自分はネウロイとの戦いの待つ欧州へと戻るのだ。