一週間後、自分は一〇〇式輸送機に運ばれて扶桑へと帰ってきた。
立川飛行場に着陸して陸軍病院に移送されると、問答無用で魔眼持ちのウィッチに体を調べられ、左腕の手術が行われた。後で医者に聞いたところによると、皮膚を引っ張って縫合したらしい。
ジョゼの治療魔法でおおよそのは治っていたんだが、やはり応急手当程度でしかなかったようで、皮膚はできあがっておらず、出血が止まる程度だったということだ。
それ以外は、いたって健康そのもので、術後の様子を見るために一週間ほど入院、というのが医者の指示だった。
もちろんいやなどなく、自分は素直に医師の指示に従って入院した。
皇女殿下のつてもあってか、帝国ホテルもかくやという豪勢な個室をあてがわれ、食事もたいそう贅沢なものが出された。正直、どうしてそこまで大事にするかな、と考えたが、龍子の過保護っぷりを想像するとこれも当然か、とも思えた。
そうこうして入院生活もあと一日となった昼下がりだった。
病室のドアがノックされた。
「どうぞ、あいてますよ」
と、自分が答えると、黒髪おかっぱの女性が顔をだした。
龍子のお付きの侍女、春原乙女であった。
「おまえがお見舞いとはどういう風の吹き回しだ」
自分は、ベッドに腰掛けてやれやれと肩をすくめ尋ねた。
皇女殿下絶対主義、とでも例えればいいのだろうか。熱狂的に龍子を崇拝していて、自分の理想の皇女たらしめんと殿下の行動にすら口を差し挟んでは、そのたびに注意をうける。
龍子に稽古をつけて彼女をぶん投げてからというもの、自分を目の敵にし続けていると、殿下から聞きおよんでいる。
もっとも、その前から自分に対してあまりいい感情を抱いてはいなかったようだが。
「貴様、皇女殿下を投げ飛ばしたと聞いたが、本当か」
開口一番、これか。
はぁ、とため息をついてしまった。
「龍子から稽古をつけてくれと言ってきたのだから当然だ。相応の覚悟をもって挑んできたからな。手加減は無礼だ」
「きぃさぁまぁぁっ――っ!」
歯をむき出しながら叫び、胸ぐらをつかみかかってくる。
「ふん」
自分は、右手一つでそれをいなし、床に投げ捨てた。
「がはっ‼」
春原は背中をしたたかにうち、肺の空気が吐き出されて咳き込んだようだ。
そうして、動きが止まった春原をうつ伏せにして、背中に足を置いて重心を押さえ、
「ずいぶんとなまったものだ、春原。貴様としあった時にはもう少し骨があったんだがな。どうした」
「貴様のように武術漬けではなかっただけだ」
きっと苦虫をかみつぶしたようなつらなのだろう。噛みしめた歯の奥から聞こえてくるくぐもった声だ。
それで、自分はなんとなく気づいてしまった。
こいつは懸想しているのだ。龍子殿下のことを好きになって――愛してしまったのだ。
なるほど。
こいつの異常な執着も、そう考えればすべて納得できる。
「春原、そこまで好いてるのか」
暴れていた春原が、その一言でぴたりと収まった。
春原の背か中から足を離して、ベッドに腰掛けなおした。
のそり、と体を起こして立ち上がる。
「椅子にでも座れ」
自分の案内に従い、憮然とした顔つきを崩すことなく見舞客用の椅子に腰掛けた。
「まず、誤解されたくないからこれだけははっきり言っておこう。自分は、龍子には何の懸想も持ち合わせていない。龍子とは友人、それだけの間柄だ」
「ならなぜ、ああまで貴様を頼る。なぜ自分ではなく貴様なのだ」
「さぁな。それは信頼の差じゃないのか?」
「貴様、私が殿下から信頼されてないというのか!」
春原は自分をにらみ、声を荒らげる。
「落ち着け春原。そうは言ってない」
なだめるような口調で、おかっぱ娘に告げる。
「自分は龍子を投げて、春原は龍子を投げられなかった。その程度の差じゃないのか、ということだ」
「人間として、対等に見ていたかどうか、ということか」
「そうだ。納得したか?」
「私は龍子殿下の侍女だ。貴様のようには振る舞えない」
「プライベートな時ぐらい、くだけた調子で話しかけてみろ。龍子は気にしないぞ。むしろ喜んでくれるかもな」
「あ、ああ……」
「それから、龍子はエスには興味がない。それを承知で懸想しているのなら、覚悟しておくことだ」
「……わかった」
小さくうなずき、春原は立ち上がった。
「帰るのか?」
自分は尋ねた。
「うん……」
「ああ、それから龍子殿下に伝えてくれ。後で自分も殿下に嘆願するが、自分はもう一度欧州に出向く」
「な……なんだとっ! 貴様、正気か!」
「いちいち大声を上げるな」
「貴様、左腕がないのだぞ! もう満足に機関銃も撃てまい。刀もだ。戦場では役立たずの貴様が、なぜ戻る!」
「決まっている。守るべきものがそこにいるからだ」
「貴様に何が守れる! 龍子殿下にこれ以上心配をかけさせるな!」
「守れるさ。ほかならぬ
自分は、はっきりと言い放った。