くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞   作:高嶋ぽんず

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くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞 七の巻 その十四

 腕の痛みで目が覚める。

 左腕全体が炉の中で焼かれ、とかされているのではと感じてしまうほどの痛みが体を支配していた。

 いくら武術をやっていることで痛みになれているといっても、この激痛に耐えられるほどではない。

 激痛の火花で脳細胞が焼かれ、杯となりそうだ。

「あ……がっ!」

 頭ではないとわかっているのに、体が左腕を忘れていない。

 ベッドの上でもんどりうつ。枕をかみしめ、ベッドのパイプを右手で殴りつけた。

 涙も鼻水もよだれもダダ漏れだ。

 まぶたの裏が真っ赤に染まる。

「は……ひ、ぎっ!」

 息が止まりそうだ。

「…………!」

 痛い、痛い痛い痛い痛痛痛痛痛痛痛痛――っ!

「……さいっ!」

 ――あ?

「大丈夫です、落ち着いてください、初美さん‼」

 激痛で焼かれて何も感じなかった耳や目の感覚が戻ってきた。

「聞こえますか、初美さんっ!」

「じ、じょぜか」

「よかった、意識が戻ったんですね、初美さん」

「なんとかな。いまどうなってる。じょうきょうをおしえてほしい」

 自分は、汗まみれのまま寝転がり、心配そうに自分の顔を見つめるジョゼにかすれ声でたずねた。

 どうやら、ジョゼは自分のうめき声を聞きつけ、自分が寝ていた救護室にやってきて回復魔法を使ってくれたようだ。

 痛みが引いたのもそのおかげだろう。

「初美さんが腕を切られてから丸一日がたちました。あれから人型ネウロイは姿を現していませんが、隊長は念のため、しばらく偵察活動の中止を発令しました」

「まだあるはずだ。じぶんのしょぐうをきかせてほしい」

「隊長は、初美さんが負った傷のことを上層部に報告。本部からの連絡待ちです」

 そうか。まだ決まってないか。

 それなら、だ。

「ジョゼ、助かった。もう大丈夫だ」

 回復魔法をやめるよう言ってベッドから立ち上がる。

「初美さん、どこに行くんですか」

「決まってる。あの人型ネウロイをぶっ倒しに行く」

 左腕を見ると、二の腕全体に包帯が巻かれ、その先は赤く血でにじんでいた。

「無理です初美さん! まだ傷は治ってないんですよ!」

「だが自分にしか安全に奴を撃墜できない。自分が行くべきだ」

 壁にかかっていた扶桑陸軍の軍装を着て、ベッド横の小テーブルにのせられていた扶桑刀を背中に、殿下から下賜された守り刀を腰に下げる。片手で身につけるのは不慣れでも、これからは慣れていかなければならないな。

「やめてください! 死ぬつもりですか!」

 ジョゼが珍しく強い口調で自分を制止した。

「死ぬつもりなどない。奴を殺すだけだ」

 自分がそう言って 救護室を出ようとしたそのとき、ドアが開いて、

「残念ながら発進の許可は出せない」

 ラル少佐が告げつつ入室した。

「少佐っ!」

「腕をなくしたウィッチを前線に出すわけにはいかない。それに、貴様には扶桑本国より帰還命令が下った」

 帰還命令だって?

 その命令を聞いて、自分は言いたいことをぐっと飲み込んだ。

 自分は欧州を自由に動くための自由裁量権をいただいている。もちろん、移動の際は事前に報告をしているが、基本的には皇女の名の下、国境すら自由にこえることが許されている。

 それ故、作戦命令以外で自分を移動させることは誰であろうとできないが、今回の帰還命令は作戦など何らかの目的を持ったものではなかった。

 ただ、帰ってこい、だけだ。

 この命令を自分に発せられるのは一人しかいない。

 皇女殿下だ。

 勅命、いや、親友の頼みを断るわけにはいかなった。

「わかり……ました」

 自分は、食いしばった歯の奥で、その命令を受諾する。

「貴様、本当に詠宮龍子殿下とつながりがあったんだな。直々の通信文を受けたときには目を疑ったぞ。これがその電文だ」

 少佐は、自分に電信文を手渡してきたので受け取り、文面を黙読する。

 そこには確かに殿下による手書きの文字で帰国をうながすむねの文章がつづられており、最後に詠宮龍子、と記されていた。

「確かに。受け取りました」

 自分は、その手紙を片手で折りたたんで胸ポケットに収める。

「ラル隊長、その、初美さん、扶桑に帰っちゃうんですか? それに、うたうのみや? どなたなんですか?」

 今まで自分とラル少佐のやりとりを聞いていたジョゼが、すこしばかり不安そうな面持ちで尋ねてきた。

「ああ。明日、扶桑陸軍の輸送機が迎えに来る。それから、詠宮龍子とは扶桑皇国の皇女殿下のことだ。初美は、これでも扶桑皇国皇女――あー、扶桑のお姫様から直接欧州で活動するよう言われた騎士なんだ」

「騎士としてではなく忍者としてだがな」

 それだけを聞いたジョゼは言葉を失い、自分の顔をきょとんとした顔で見つめる。

「初美さんが、騎士? ですか?」

「そうだ。ブリタニアの女王陛下から受勲されたデイムコマンダーだ。貴様、話してなかったのか」

「いちいち言うようなことではありませんからね」

 正式な場や貴族を前にしたときには名乗りはするが。誰かに会うたびに自分は騎士です、などと自己紹介するものではない。

「ともかくそういうことだ。初美、魔法で動けるようになっているとはいえ、無茶はするなよ」

「了解しました」

 自分は、左腕を奪ったあいつに復習できずに帰国する一握の悔しさを胸に、ラル少佐へ敬礼をして国に戻る準備を開始したのだった。

 

 翌日、五〇二のみんなと別れの挨拶をかわした後、百式輸送機に乗り帰路についた。

 帰国までおよそ五日、欧州に禍根を残し、狭い輸送機で空を飛んで扶桑へと戻る。

 自分にとって、欧州での活動は、皇女殿下の頼みだけの問題ではなくなっていた。


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