『これより、敵ネウロイの支配地域に入ります。 総員、攻撃準備。初美さんは《迷彩》を使用後、先行して突入してください』
サーシャ大尉の号令一下、全員がそれぞれの火器を構える。
自分は、扶桑刀を抜き放ち、
「了解した。自分はこれより《迷彩》を使用する。無線による連絡はできなくなるので注意されたし」
『わかりました。よろしくお願いします』
「オン・マリシエイ・ソワカ」
摩利支天真言を呟き、《迷彩》を使用した。周囲の音が若干静かになり、見える景色の色もわずかにモノトーン調へと変化した。
今までこんなことはなかったのだが、早くも訓練の成果がでてきたということか?
エンジンのスロットルを開けて、木製疾風をさらに加速させる。
視界の先に、黒い点がぽつぽつと浮かび始め、それがどんどん大きくなっていく。
ネウロイだ。
だが、奴らは自分には気づかない。攻撃する気配すらなく、ただあたりを遊弋しているだけであった。
問題の《大鯨》はどこだ? と周囲を探っていると、前方一時の方向、俯角十度あたりだろうか。ひときわ大きなネウロイが発見された。
確かに、それは鯨だった。
黒い表面が禍々しい、異界の鯨だ。
そいつの直上に向かい、誘うように滞空する。
すると、数分で奴の頭頂部から黒い点が二つ、飛び出してきた。
他のネウロイよりも明らかに小型で、そこらに浮かんでいる小型ネウロイと比べても子供かなにかのようだ。
奴らか。
自分は、機関銃を構えて一斉射し、場所をかえる。
当たらなくていい。
奴らの頭を押さえつけて上昇を阻止し、上をとりたい。そして、あわよくばあいつらの飛ぶ方向を限定させるのが狙いだ。
そしてそれは成功した。
自分の下方前方を高速で移動し、自分の方向へ盲滅法赤い光線を放ってくる。銃撃された方向への攻撃を行うだけで、明確な目標――つまり、自分がどこにいるかまではわからない。
どうやら、ユニットが発している熱も《迷彩》によって放射が減衰しているらしい。
シールドをはる必要もなく、人型へ降下を開始する。
スオムスで、三隅に空中白兵戦のやり方を説明したことを思い出す。
人型ネウロイが、ぐんぐん迫ってくる。
六角形のうろこが見えるぐらいになったとき、扶桑刀を抜き放ち、
「いえぇぇいっ‼」
気合い一閃、魔力を込めた刀で一体を唐竹割にする。
カッ、とコアを両断するたしかな手応えとともに、一体は爆発しキラキラと輝く破片をまき散らしながら消滅した。
そのまま急制動をかけて上昇、もう一体も刀の錆にしようと接近を試みるも、《大鯨》の中へ逃げ込もうとした。
すぐに追いかけても、まず追いつくことはかなわないだろう。
「そうくるだろうな」
こうなることはわかっていた。
わかっていたことなのだ。
だから、自分は《迷彩》を解除した。
『そっちいったぞニパ‼』
『わかってるよ管野‼』
インカムから声が飛んでくる。
『ちょっ! 初美さんっ!』
さすが戦闘隊長だ。めざといな。
人型は、突然出現したウィッチ――自分を発見すると、逃走をやめてこちらをむいた。
途端に、頭痛が脳を支配してめまいに襲われる。
「これが洗脳という奴か」
歯をかみしめて、消えそうな意識をつなぎ止める。こめかみや額に汗がにじみ、手足の感覚が麻痺してくる。。
少しずつ距離を詰めてくる人型の顔とおぼしき場所、そしてその目の位置に赤い灯火が浮かぶのを見る。
奴との距離は二十メートルはあるか。
まだだ。せめて十メートルまで近づいてくれないと、確実に仕留められない。
ふ、と視界がぼやける。
『…………‼』
耳元で誰かが何か叫んでいるようだが、はっきりとは聞き取れない。
くそ、頭痛が嘔吐を呼ぶ。ここが限界か。
《迷彩》を使う。
頭痛やめまいは軽微になるが、相変わらず視界はぼやけている。
「……づぁっ!」
ユニットの出力を上げ、人型に向かって斬りかかる!
カッ、と何かを断つ手応えを感じるが、その感覚は細い何かだった。胴体、ましてやコアを割った手応えではない。
人型がどこかに飛んでいく気配を感じる。
「くそっ、しくじったか」
かすんでいた視界が元に戻ると、遙か遠方へ人型が逃げ出しているのを確認できた。《迷彩》を解除して、
「こちら初美。人型は一機戦闘空域外に逃亡を許すも、撃退は完了。繰り返す、撃退は完了。《大鯨》撃破へ移行されたし」
インカムを通して報告する。
『了解しました。総員、《大鯨》へ攻撃開始っ‼』
サーシャ大尉が高らかに宣言した。