くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞   作:高嶋ぽんず

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くノ一の魔女~ストライクウィッチーズ異聞 七の巻 その九

 自分は、雁淵軍曹から一通り水渡りの修練を学んだ後、尖塔の突端に上って物思いにふけっていた。誰にも邪魔されず思案する場所を探したとき、ここ以外に見当たらなかった。

 だから、訓練ついでに指先だけで塔に登って、湖を眺めながら思考を巡らす。

 内容は人型ネウロイの撃破方法についてだ。

《迷彩》がきいているから洗脳はされないだろうが、相手の挙動まではまだはっきりと理解できたわけではない。とはいえ、実戦経験がないわけではないので、自分の経験から多少でも人型の動きをシミュレートしておきたい。

 頭の中で、相手の動きを予想し、それにあわせた動きを考える。

 敵の動きの想定は、ヨハンナ・ウィーゼ少佐のそれだ。自分が訓練で相手にしてきたウィッチの中で、一番技術があり、自分が理解できるウィッチだったからだ。

 頭の中で、《クバンの獅子》の機動を想定し、その頭を押さえつけて上をとるような動きを心がけるが、なかなかうまくはいかない。もちろん、脳内での身勝手なシミュレートだから致し方ない部分はあるが、やらないよりはましだ。

「しかし、実際に戦ったウィッチの話も聞かないとだめだな」

 などと呟いていると、ウィッチが一人、這い上がってきた。

 のぞき見えた銀髪のストレートヘアは、ロスマン曹長だ。

 這い上がってきて、尖塔の反対側に立ち、

「こんなところでどうしたんですか、初美さん」

「先生……、ちょっと一人で考え事をしたくて」

「どんなことですか? 相談に乗りますよ」

 自分はすぐに五〇二から離れるウィッチだというのに、気にかけてくれるとは優しいんだな、先生は。

「人型ネウロイです。頭の中で、何度か模擬戦をしてみたんですが、人型の技量が不明なので、ヨハンナ少佐をあてたのですがなかなか勝てないのです」

「ふふ、それは相手が悪かったですね。ヨハンナ少佐が相手では、まずもって勝てないでしょう。では、ついてきてください。ブレイブウィッチーズには二人、人型ネウロイを撃墜したウィッチがいます。とはいえ、参考になるかどうかはわかりませんが」

 先生は自分に告げると尖塔を滑り落ちていき、自分もそれに続いて降りていく。

 大きな飾りがあるところで壁を蹴り、すとっと着地した。

「教えていただけるのはありがたいんですが、どうして先生はそこまで懇意にしてくれるのですか?」

 着地して服についた汚れを払いつつ尋ねる。

「生徒に教えるのは当然ですよ」

 さらりと言ってのける。

 ああ、やはりこの人は根っからの先生気質なのだなぁ。

「なるほど、そうですか」

「ええ、初美さんは手間のかからない、いい生徒です。さ、いきましょう」

 歩いて行く方向は、ストライカーユニットの格納庫であった。

 サーシャ大尉は、ブレイクウィッチーズが壊したユニットの修理に追われていると聞く。ということは、人型ネウロイを撃破した一人は彼女か。

「戦闘隊長ですか」

「そうです。サーシャ大尉がその一人です」

 格納庫の前に立つと、重い扉を片手で開ける。ガラガラと音を立てて、日差しが庫内に差し込み、中のほこりと油が混ざった独特の匂いを含んだ空気が漂ってくる。

「サーシャさん、いらっしゃいますか?」

 ロスマン曹長は、発進促進装置から外され、整備台に乗せられ整備窓を解放されたユニットを観察しているサーシャ大尉に声をかけた。こちらに背中を向けて整備のをしていた五〇二の戦闘隊長は、顔を上げて振り返り、

「なにかありましたか、ロスマンさん」と、返答したと同時に、自分の存在に気がついて、「あ、初美さんもご一緒でしたか。どうかしましたか?」

 油まみれの軍手を脱ぎながら答えた。

「《もどき》を撃破したときの話を聞かせてほしいの。初美さんが参考にしたいそうよ」

「お忙しい中恐縮です。人型ネウロイをどうやって撃破したのか、おしえていただけないでしょうか」

 自分がロスマン曹長の言葉に続いてサーシャ大尉にそう尋ねたら、彼女は右こめかみを人差し指で軽くトントンと叩いて、小さくうなずき、

「わかりました」

 と、答えた。

「あの時は戦闘中でした。サイレントウィッチーズとの合同作戦中、私たちはシリンダーと呼称されるネウロイからの激しい攻撃にさらされ、視界を失っていたんです。そんな中、《もどき》が私たちの背後にまわり、奇襲をしかけてきました。それに気づいた私は、そのまま攻撃を加えようとした《もどき》に体当たりを行いました」

「体当たり、ですか」

 サーシャ大尉の無謀ともいえる行動に唖然として、言葉を失いそうになった。

「洗脳は怖くなかったのですか?」

「それどころではありません。あの時体当たりをしなければ、他の隊員が攻撃にさらされ、部隊の全滅は必至でした。気づいた私が一番に動いて阻止しなければなりません」

 おそらく、戦闘隊長としての責任が大尉をそんな危険な行動に駆り立てたのだろう。その重責はいかばかりか。

 自分は固唾をのんで聞き入る。

「その後、私は少しの間意識を失い、ニパさんの声で意識を取り戻したとき、逃げようとする《もどき》を押さえつけて、手持ちの軽機関銃でとどめを刺しました」

「洗脳の影響はありましたか?」

「まったくなかったといえば嘘になりますが、まぁ、その程度です。ジョゼさんの治療の必要もありませんでした」

 ふむ、短時間ならば洗脳の影響はごく軽微なものであるということか。

 これはいい情報だ。

 図らずも口角が上がる。

「ヒントがあったようですね」

 先生が、明るい声で言った。

「ええ、ありがとうございます、サーシャ大尉」

「参考になったのなら幸いです」

 プラチナブロンドのオラーシャウィッチは、笑顔でそう答えたのだった。


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