食堂は縦長に大きく作られていて、テーブルもそれにあわせて長いものがしつらえられていた。奥の席にはラル少佐が腰掛けていて、左右に隊員達が席を並べている。
自分は、ドアを背にして左側の一番手前に座った。
自分とジョゼ以外はすでに席に着いていて、食事を始めている。
正面はひかりで左は先生だった。
テーブルには、オニオンスープと全粒粉のライ麦パン――いわゆる黒パンと、薄切りのハムに目玉焼きだった。目玉焼きは塩こしょうがかけられている。
質素ではあるが、元々ブレイブウィッチーズは補給線が細く、食糧事情もあまりよろしくないと聞くのでこれぐらいでも十分でているほうだといえるかもしれない。
贅沢は敵だな。
酸味のきいた黒パンを、オニオンスープに浸して口に運ぶ。
質素だが黒パンの酸味とスープの塩っ気がマッチして、わりと――いや、かなりうまい。舌が喜ぶとはこのことか。
貧乏舌といわれるかもしれないが、それでもうまいものはうまいのだ。
「うまいな」
思わず口をついてでる。
普段、あまり口にしない食べ物だけに、新鮮な味覚が舌に嬉しい。
「ザワークラウトとヴルストがあればなおいいんだけど」
と、先生が声をあげた。なるほど、これを作ったのは彼女か。
ライ麦パンはおもにカールスラントを中心にして食されていたのだから、ザワークラウトはきっとあうのだろう。
「あればさらにうまいのでしょうが、なくても十分に美味しいですよ、これ」
「ふふ、料理で褒められるのも嬉しいものね」
先生は若干はにかみながら答えた。
「それで、あきら、明日はどうすんだ?」
スプーンを自分に突きつけながら、管野中尉が尋ねてきた。
「どうする、といわれても……」
自分は言いよどみ、ラル少佐に視線を投げる。彼女は食事の手を止めて、
「それについては、朝食後のミーティングで説明するつもりだったのだがな。まぁいいだろう。簡単に説明する。まず、初美には先行して突入してもらう」
「先行してって、《迷彩》を使ってかい?」
と、クルピンスキー中尉。
「そうだ。初美には《もどき》を釣り出し、撃破してもらう。《迷彩》を使っているから初美の姿は確認できないだろうが、《もどき》はどうせ初美にむかうのだから、どこにいるのか視認できなくても問題はない。そして、我々ブレイブウィッチーズはその間、初美の護衛、並びに小型、中型ネウロイの対応を行う。《もどき》の始末がついたら、《大鯨》を我々の手で潰す。概要はこんなものだ」
それを聞いた五〇二隊隊員達は、銘々が食事の手を止めて思案しだした。
「あきらちゃん、戦闘は基本的に刀でやるの?」
「普段はホ一〇三機関銃だが、人型ネウロイが相手だと刀になるな。自分の射撃の腕では、中距離からの射撃よりも扶桑刀の格闘戦のほうが確実だ」
クルピンスキー中尉の問いに答える。
《もどき》程度の大きさなら、通常の射撃距離ではあてられないし、今回の作戦では奴らを引きつけなければならない。必然、超接近戦になる。
「それなら、戦闘中は《もどき》をさけていれば問題ないということですね」
「そうなりますね、サーシャ大尉」
「わかりました。私たちは、初美さんが他に気を回して戦闘する必要のないよう、万難を排しましょう」
サーシャ大尉はきっぱりと言い放った。
五〇二の戦闘隊長にここまで言わせてしまったか。
二機ともに撃破する必要はないかとうっすら考えて吐いたが、こちらもその信頼に応えて、人型ネウロイの撃破は絶対にやらなければならないな。
「了解した。人型ネウロイの撃墜はこの初見あきらが責任を持って請け負おう」
肝を据えて、そうサーシャ大尉に告げる。
「頼むぞ、初見少尉」
「お任せ下さい、ラル少佐」
朝食後、自分は雁淵軍曹と一緒にラドガ湖へとやってきていた。
彼女から魔力をうまく扱う訓練を習うためだ。
尖塔に這い上がる以外にも、雁淵軍曹は魔力操作の上達を目的とした修業法を知っているのだという。自分も魔力が普通のウィッチよりも強くないので、似たような境遇の彼女から学べる技術や訓練は多いはずだ。
自分は、雁淵軍曹とさざ波寄せる湖畔に立つ。
クルピンスキーや管野、ニパが見物にきていた。
娯楽不足の前線基地では自分のような来訪者は消閑のタネとなる。早朝、自分が雁淵軍曹と尖塔を上ったとき何人かのウィッチが見物にきたが、それもこういった事情があってのことだった。
「ひかり、それで、どうすればいいんだ?」
「ちょっと離れた場所に岩がありますよね。あそこまで、湖面をジャンプして跳んでくんです。こうやって!」
そう言って、雁淵は三段ジャンプで湖面を蹴り岩場まで到達した。
湖面に足がつくとき魔法陣が現れたのを見るに、シールドを展開して足場としたのだろう。これはまた忍者として失敗したら恥ずかしい訓練といえそうだ。
「なるほどな。ともかくやってみるか」
シールドをはるタイミングと着地のタイミングをあわせる必要があるわけか。シールドを張りながら歩くことも可能だろうが、これを考案したウィッチが目的としているものはおそらく違うと考えられる。
「オン・マリシエイ・ソワカっ!」
摩利支天真言を唱え、ままよとジャンプする。
右足が湖面に着水する寸前でシールドを張り跳躍。
おおっ、と見物人の声が異口同音にあがった。
「せいっ!」
二度目もうまくいったが、三度目はタイミングをあやまり水の中に足がつかったところでシールドをはってしまい、足首から下をぬらしながらなんとか雁淵が待つ岩場にたどり着く。
「こ、こうか、雁淵軍曹」
膝に手をついて目前に立つ軍曹の顔を見ながら問う。
「はいっ! 一回で成功するなんて、さすが《くノ一の魔女》ですねっ!」
「軍曹がきれいなお手本を見せてくれたからな。なければ一歩目で湖にドボンだよ。それで、この訓練方法は誰が考えたんだ?」
「お姉ちゃんです!」
「雁淵孝美大尉か。なるほどな」
軍曹の姉君が考えたわけか。
この訓練を続ければ、集中した魔法力使用と効率的なシールド運用が可能になると思われる。
そして、こうした下積みがあったからこそ、雁淵軍曹のような魔法力が低いウィッチでもあの尖塔登攀訓練ができたというわけか。
「本当にたいした奴だな、軍曹は」
「なにがですか?」
「いや、さすがは巣の撃滅功労者だなと思っただけだ」
そう答えて、自分はジャンプして岩場から湖畔へと戻る。
「ちょっと、どういう意味ですか、初美さぁんっ!」