「ひかりは何度もやってようやく達成したんだが、さすがだな」
自分は、尖塔での訓練の後、ラル隊長に執務室まで連れられてきた。
なにやら二人だけで話があるようだ。
「あの手の修行は慣れたものですからね」
「そこまで扶桑武術が有効ならば、ぜひともあきらにはこのまま五〇二に残って教練を頼みたいのだがな」
「それはお断りします」
自分の価値を認めてやり甲斐のある場所を与えてくれる上官の下で、己の技術を振るうのは確かに素晴らしいものだ。
だが、今、自分は誰よりも認めてくれている方のために欧州にいる。
「やはり無理か」
ラル隊長は、さして感情をみせずに答えた。
自分が五〇五の誘いを断ったのも知っているだろうから、駄目で元々といった感じなのだろうな。
「お誘いは嬉しく思いますが、自分は皇女殿下に仕える身ゆえ」
「ゴロプから聞いてはいたが、本当なのか?」
まぁ、ゴロプ少佐のように川股少将と話をしてもいないだろうし、関連する書類を読んだわけでもない。納得できないのは当然かもな。
腰に携えた護身刀を見せて、
「こじり――鞘の先に菊の彫り物があるでしょう。これが、扶桑の皇族があかしとする紋です。自分は、この護身刀を詠宮龍子内親王殿下より拝領しました」
「ふむ、確かにそうだな。その紋は私も以前見たことがある」
顎に手を当てて、鐺の御紋を興味深げに眺める。
「そういうわけですので、お誘いは辞退させていただきます」
一端言葉を切って、
「それで、わざわざ二人きりになった理由を聞かせていただけますか?」
「そうだな。明日の《大鯨》撃破作戦についてだ」
「予定では、自分が先行して突入、《もどき》を引っ張り出して撃破ということですが」
「その通りだが、貴様は《もどき》二機を相手にしたことはないだろう。そこで、一機はブレイブの隊員が担当すべきだ考えている」
ああ、そういうことか。
この人は自分のことを心配しているのだな。
能力や技術をうたがっての提案ではあるまい。
なぜなら、自分を五〇二部隊にスカウトしようと考えているからだ。そんなウィッチの実力を低くみつもるのはありえない。
「いえ、自分がやります」
少佐は、ほう、と眉を上げる。
「一人でなんとかできるのか」
「成長していない《もどき》ならば問題ありません。それよりも、五〇二の隊員には《もどき》以外の駆除をお願いしたいのです。人型だけならどうとでもなりますが、それ以外のネウロイの相手まではできません」
「わかった。ブレイブウィッチーズが責任を持って露払いを請け負おう」
「JFWの露払いですか。この上なく頼もしく、心強いですね」
「そうだ。だから、《もどき》は絶対に撃墜してくれ。最悪、《大鯨》攻略よりも優先すべきだからな」
確かに、でかいだけのネウロイは相応の犠牲がともなうかもしれないが、撃破は可能だろう。
だが、《もどき》は別だ。
シリンダー攻略作戦の時は、五〇二隊と五〇七隊が合同で《もどき》を撃破はできたが、今相手にしようとしている《もどき》の撃墜が可能だとは言いがたい。
むしろ、意識を奪われて拉致されかねず、ともすれば五〇二の壊滅すらありえる。
そんな無茶は、隊長たるグンドュラ・ラル少佐の好むところではない。
「了解しました、ラル少佐。お任せ下さい」
扶桑陸軍式の敬礼をして答えるのだった。
「あ、初美さん」
朝食を取るために食堂へと足を運んでいる途中、医務室の前を通り過ぎると、ちょうどそこから出てきたジョーゼット少尉に呼び止められた。
「いいところに。管野さんから聞きました。指先が腫れてるんじゃないですか?」
む、管野中尉がか。ああみえて、気遣いの人なのか?
「ん? ジョーゼット少尉か。確かに腫れてるが、気にするほどではないかな」
指先をみれば、紫色になって膨れ上がっていた。
まぁ、これぐらいならなんてことはないか、と手をむすんでひらいてをくりかえしていたら、ジョーゼット少尉が無理やり自分の手を包むように握った。
「いけません。手を出して下さい」
むりやり自分の手を取ったジョーゼット少尉は、自分の両手を包むように握って魔法力を解放させた。固有魔法の《治癒》を使うつもりなのだろう。
ほのかに青い光がジョゼの手を中心にして廊下を照らし、彼女の頬に赤みがさした。
次第に指先がむずがゆくなってくる。
なるほど、これが治癒魔法の力か。
これは素晴らしい。ちょっとした負傷ならすぐになおってしまうとはな。
一分ほどだろうか。
かゆみがなくなって少しすると、ジョゼは魔力の放出をやめた。
「これでもう大丈夫ですね」
じんわりと汗をにじませながら、笑顔を浮かべて言う。
指先を見ると、どうやら完治したようだ。
腫れやうずきも完全にひいている。
「本当だ……すごいものだな、治癒魔法というのは」
そう自分が呟いた瞬間、ごぎゅるるる、と腹の虫の鳴き声が聞こえた。
「あ、これは」
頬を朱に染め、おなかを両手で隠す。
「いや、朝食前にすまなかった。食堂に行こうか」