「しかし、自分の射撃下手が、戸隠流に起因する物だったとはな……」
翌日の早朝、朝食前。
自分は海に面した尖塔の元、ロスマン先生の言葉を思い返しながら呟いた。
『では、それが原因ではないかしら。身に染みついた武術の癖が影響しているのでしょう』
ロスマン先生は確かにそう言った。自分では身に染み込みすぎてわからないような、細かな癖が出てしまっているのだろう。
そしてそのようなものは、おいそれとは治らない。急いては作り上げてきた型を崩してしまう。
それならば、先生が教えてくれた方向で射撃を生かすのが正道というものだ。
「納得するしかないな」
十年もかけて身につけた技術が邪魔になるとは、思いもよらないことだった。
とはいえ、今さら古流武術を棄てるわけにもいかない。
何しろ、自分の唯一にして最大の長所であるのだから。
これを手放すということは、打撃魔女としての長所も失うことになる。それだけは避けなければならない。
そんな思索にふけっていると、
「どうしたんですか、初美さん!」
調子っぱずれな声量の台詞が聞こえてきた。この声は雁淵ひかり軍曹だ。
「雁淵軍曹か。いや、ちょっと考え事をしていただけだ。軍曹こそどうした、こんなところに」
「朝ご飯の前の訓練しに来たんです」
ふむ、訓練か。
それは面白そうだな。
「訓練? どんな訓練だ」
そう問うと、軍曹は塔の壁に張り付き、両手に魔法力を集中させ始めた。蒼い光が軍曹の体を包み、リスの尻尾と耳が生えてくる。
「こうやって、魔法力を両手に集めて、はりついて上がっていくんです」
ヤモリのように這い上っていく。
「魔法力の使い方の訓練か」
自分も彼女のように手のひらに魔法力を込めて壁面に手を当てれば、魔方陣が形成されて吸盤のようにはりつく。
「それなら、このほうがいいな」
指先に魔法力を集中して手のひらを放すと、全体重が指十本にのしかかる。
「む、これはきつい。だが――」
軽く体を引き上げて、右手を素早く放し少し上の壁面に張り付く。
「なんとかならないレベルではないな」
「大丈夫ですかーっ?」
少し上を行く軍曹が、自分を心配して訊いてきた。
「まだ始めたばかりだぞ」
そう答えて左手を壁面から離し、上へと伸ばす。何度か繰り返して雁淵の隣まで這い上がった。
「ええっ? 初美さん、指先だけでやってるんですか?」
「ああ。これは魔力配分のコントロール技術を身につけるために行う訓練なのだろう? それなら、これぐらいはやらないとな」
「それじゃあ、塔のてっぺんまで頑張りましょう!」
軽々と上がっていく。
「自分も、ふんばるか」
彼女を追いかけて、自分も尖塔の先端目指して上がっていく。
「お、初美も始めたのか」
下から、管野の声が聞こえてくる。
「お、あきらくんってばすごいねぇ。手のひらじゃなくて指先だけでやってるのか」
「あきら、あんなことやって大丈夫なのかな」
ニパとクルピンスキー中尉もか。
「意味があるのか、先生」
「より繊細なコントロールを身につけられるはずですが、一朝一夕では身につきません」
先生にラル少佐まで見物にくるとか、ブレイブの隊員は暇なのか?
「ふむ。ほかの隊員にもやらせるべきか」
ラル隊長、何やら不穏当なことを言っているな。
雁淵はなれているだけあって、もう半分を超えているか。
こっちはまだ四半分なのにな。
「がんばれー、あきらーっ!」
ニパがやたらと元気良く応援してくれる。
やれやれ、これは本腰を入れてやらないといけないかもな。
魔力配分の操作に慎重を期しながらも、大きく手を伸ばす。
さてはて、突端まで登り詰めることができるかな。
結局自分は、四分の三を過ぎたところで魔力配分の操作をしくじり、一度大きくずり落ちてしまうも、雁淵が待つ先端まで登りきることができた。
二人で一緒に地面まで下りてきたときには、指先が腫れあがり、さらにはしびれて感覚もなくなっていたが、武術の修行中にはもっと大変なことになったので問題はない。
それよりも、見物に来た五〇二隊員の心配をなだめるほうが大変だった。