自分は、グンドュラ・ラル少佐とともに、会議室へと続くオラーシャ風の長い廊下を歩いていた。ところところ壁紙が剥がれてレンガがむき出しになっていて、施設の手入れにまで手が回せない状況を感じさせる。
サーシャ大尉は、部隊員全員を呼び出すための放送をやるために、放送室へと向かっている。
「アフリカでは、単身で巣の偵察をやったそうだな。それも、貴様の固有魔法の《迷彩》があってこそか」
「はい。人型ネウロイに発見されて這々の体で逃げ出しましたが」
「だが貴様は生き残ったのだろう?」
「骨折や肩の脱臼の重傷を負いましたけどね」
アフリカのあの一件を思い出して、歯ぎしりをしてしまう。今まで撤退戦は何度も経験してきたが、あのときのように敵を前にして逃げ出すような真似は一度もなかった。
「悔しいか」
「悔しくないわけがありません。だからこうして奴らの弱点を探しているのです」
「なるほどな。で、弱点は見つかったのか?」
「そう簡単に見つかるわけがありません。せいぜい、見つけたそのときに倒すのが一番だということだけです」
それを聞いたラル少佐は、ははは、と乾いた笑い声を上げる。
「そうか、さすがのくノ一も《もどき》の弱点を簡単には見つけられないか。わりと期待していたのだがな」
「いまのところ弱点は自分、という以外には何もないですね」
「ほほう」眉を上げて驚くラル少佐。「ずいぶんと大言壮語を吐くじゃないか」
「現状、自分が奴らにとって唯一の天敵だというのは事実です」
だが、今の自分では一対一ならともかく多数を相手にして勝てる自信はない。
ラル少佐のように、《偏差射撃》でも使えればそんなことにはならないのだろうが、そうなると今度は《迷彩》を使えない。では、《雷撃》などの攻撃魔法はどうだろうか。
そこまで思いを巡らせてふと我に返る。
こんな無駄なことをあれこれ考えても仕方がない。下手な考え休むに似たり、だ。
「ただ、そのためにも、航空ウィッチとしての技量を上げる必要はありますが」
「ロスマンとサーシャにでも鍛えてもらうか?」
「許可してくれるなら。もちろんその間は五〇二の手伝いをしますよ」
「わかった。それで手を打とう」
少佐は、オラーシャ語でなにやら書かれた看板が設えられた扉の前に立ち止まる。
なるほど、ここが会議室か。
無言で扉を開けると、少佐は中へと入っていき、自分もその後に続く。
「傾注っ!」
戦闘隊長が声を上げると、中に居た五〇二部隊隊員が一斉に立ち上がって敬礼をしてきた。
ラル少佐は手で返答すると、サーシャ大尉が「休め」と声をかける。
ガタガタ、椅子を鳴らしながら各々は着席した。
「超大型ネウロイ、《大鯨(グローサヴァール)》撃滅作戦について説明する」
隊員達はざわ、とどよめく。
「隊長、《もどき》の対抗手段はあるんですか?」
プラチナブロンドのショートヘアが手をあげて声を上げる。
「ある。それが彼女だ」
ラル少佐は自分を指名した。
すう、と軽く息を吸って、
「初美あきら扶桑陸軍中尉であります」
自己紹介をして敬礼。
「ほんと、かわいいなぁ、あきらちゃん」
「おめぇはそればっかりだな」
「そりゃあきらちゃんは可愛いからねぇ」
管野中尉とクルピンスキー中尉がなにやら言い合い、
「定ちゃん、知ってる?」
「うん、ヴァラモ島のネウロイを倒したときに一緒に戦ったよ、ジョゼ」
下原少尉はジョゼ――ジョーゼット・ルマール少尉と言葉を交わしていた。
「ひかり、あきらって強いの?」
「強いっていうより、すごいですよ。《迷彩》っていう固有魔法で、消えちゃうんです」
「消える? 消えるってどういうこと?」
「えーっと、景色と同じ色になって、見えなくなるんです。ですよね、あきらさん」
と、雁淵軍曹。
しかしいきなり自分に振るか。
「そうだ。自分の固有魔法は《迷彩》といって、風景と同じ映像を浮かべるシールドで体を包み、同時に電波、魔導波といったものもシールドが吸収して、光学的に透明になったように見せるものだ」
「つまり、初美少尉が《もどき》の対抗手段というわけね?」
さすが察しがいいな、ロスマン曹長は。
「ロスマン先生、どういうことなの?」
「ニパさん、つまり《迷彩》は《もどき》が放つ洗脳の波のようなものも吸収して、結果的に洗脳を防いでしまう、ということよ。でしょう? 初美少尉」
「その通りです、ロスマンさん。自分が、人型ネウロイ――《もどき》の相手をします。その間に、五〇二隊の皆さんで超大型ネウロイを撃破して下さい」
「それで、どうやってあのデカブツをやっつけるんだよ、隊長」
管野中尉は、腕を組みながら隊員達のやりとりを眺めていたラル少佐に尋ねる。
「簡単な話だ。まず、あきらには《迷彩》を使って《大鯨》の周りを飛んでもらう。そうすれば、ほぼ間違いなく《もどき》はあきらに釣られて《大鯨》から出てくるだろう。そのままあきらにはあいつを引っ張って戦域を離れてもらう。あとは我々五〇二が奴のとどめを刺す。決め手は管野とひかりだ」
かなり大雑把な作戦ではあるが、それまで人型ネウロイに対抗する術を見いだせなかった五〇二部隊の隊員達にとって一縷の望みであったのだろう。
「作戦は明後日、一三〇〇時に開始する。以上だ」