くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞   作:高嶋ぽんず

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くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞 七の巻 その二

 自分は、有無を言わさぬサーシャ大尉の強引な案内によって、隊長室へと連れてこられた。

 そして、コンコン、とノックして「サーシャです」と告げると、返答を待たずに中へと入る。

 隊長室は何もなければ広く、荷物がちょっとでも重なれば簡単に狭くなるような広さで、隊長の机はサインすべき書類が山と積まれていた。おそらくひどいときには床にも書類が積まれることになるのだろう。

「どうしたサーシャ」

 低いが通りのいい声が部屋に響いた。

 ブラウンのボブヘアが、その書類の山との戦争を一時休戦して顔をあげる。

 なるほど、この人物がネウロイ撃墜数ナンバースリーの女傑、グンドュラ・ラル少佐か。

「隊長、人型ネウロイの対抗手段が見つかりました!」

 サーシャ大尉は喜々としてラル少佐に訴える。

「ああ、管野から話は聞いている。貴様が初美あきらか」

 サーシャ大尉の肩越しに自分を見るラル少佐。

「はっ。扶桑陸軍少尉、初美あきらであります」

 自分は慌てて、陸軍式の敬礼をする。

「そんな堅苦しい挨拶は結構だ。私が五〇二JFWの隊長のグンドュラ・ラルだ。ハッセから話は聞いてる。ミエリッキ作戦の報告書を確認したいのだろう?」

 サーシャ大尉はぎょっとして自分の顔を見た。

「あれは極秘情報です。閲覧の許可だせないはずです」

「どうせ五〇七で大半の情報は見たんだろう。残りをみせたところで今さらだ。しかし、ハッセもよくもまぁ簡単にあの報告書をみせたものだな」

「確かに機密情報とは書かれていましたが、先のトラヤヌス作戦で人型ネウロイは公の物になったと聞いております」

 自分は、知る限りの情報を伝える。

「確かにな。だが、詳細――つまり、ウィッチを支配下において操るという事実は公開許可が下りていない」

 そうだったのか。さすがにそこまではわからなかったな。

「では、交戦記録の閲覧は不可能ということになるのでしょうか」

「許可する。だが、こちらの条件も飲んでもらう」

「五〇二への入隊は無理ですよ」

 前もって言っておくが、噂に伝え聞く彼女の気質から考えれば無駄だろうな。

「そういうな。我々五〇二は常に優秀なウィッチを必要としている」

 まぁ、だろうな。駄目で元々、ということなのだろう。

「初対面の自分をそこまで買っていただけるのはうれしいのですが、自分の立場もあります。ご容赦願えませんか」

「ふむ。まぁそうなるな。初美少尉、一つ聞いた起きたいが本当に《もどき》の撃破は可能なんだな?」

「はい。それについては、管野中尉より聞いてはいると想いますが」

「概要はな。どうして洗脳されないのか、はっきりとした理由はわからないのか?」

「あくまで自分なりの推測ではありますが、それでもよければ」

「かまわん」

「自分の固有魔法である《迷彩》は、周囲に溶け込むような色模様と光を除くおおよその波を遮断、あるいは吸収します。それは魔導波でも例外ではなく、おそらく精神操作のための何かも、《迷彩》で無効化できるものと考えられます」

「そういうことか。サーシャ、《もどき》の動向は把握できているか」

 ラル少佐は、視線を自分からサーシャ大尉へ移して尋ねた。

「はい。《もどき》は現在、スタラヤルーサを遊弋する超大型ネウロイとともに行動しているようです」

 自分がスオムスであれこれやっている間に、超大型ネウロイが出現していたのか。

 巨大ネウロイが相手ともなれば、いかなあの二人でも歯が立たないだろう。

「なるほどな。我々がこの超大型ネウロイを撃破しなければ、南下、あるいは東へと向かうだろう。もし東に向かえば、オラーシャの首都モスクワを襲撃という形になる」

「では、ラル隊長」

 サーシャ大尉は、ラル少佐に先を促す。

「初美少尉、こっちに来て早々すまないがそういうわけだ。いろいろ言いたいことはあるだろうが、ともかく《もどき》をなんとかしないことには話にならん」

 さすがに、これはいやも応もないな。

「了解しました。人型ネウロイは自分が排除します」

「感謝する。サーシャ、全員を会議室に集めろ。初美少尉にも付き合ってもらうぞ」

「わかりました、隊長」

「了解、ラル少佐」

 自分は、グンドュラ・ラル少佐とともに、会議室へと続くオラーシャ風の長い廊下を歩いていた。ところところ壁紙が剥がれてレンガがむき出しになっていて、施設の手入れにまで手が回せない状況を感じさせる。

 サーシャ大尉は、部隊員全員を呼び出すための放送をやるために、放送室へと向かっている。

「アフリカでは、単身で巣の偵察をやったそうだな。それも、貴様の固有魔法の《迷彩》があってこそか」

「はい。人型ネウロイに発見されて這々の体で逃げ出しましたが」

「だが貴様は生き残ったのだろう?」

「骨折や肩の脱臼の重傷を負いましたけどね」

 アフリカのあの一件を思い出して、歯ぎしりをしてしまう。今まで撤退戦は何度も経験してきたが、あのときのように敵を前にして逃げ出すような真似は一度もなかった。

「悔しいか」

「悔しくないわけがありません。だからこうして奴らの弱点を探しているのです」

「なるほどな。で、見つかったのか?」

「そう簡単に見つかるわけがありません。せいぜい、見つけたそのときに倒すのが一番だということだけです」

 それを聞いたラル少佐は、ははは、と乾いた笑い声を上げる。

「そうか、さすがのくノ一も《もどき》の弱点を簡単には見つけられないか。期待していたのだがな」

「いまのところ弱点は自分、という以外には何もないですね」

「ほほう、ずいぶんと大言壮語を吐くじゃないか」

「現状、自分が奴らにとって唯一の天敵だというのは事実です」

 だが、今の自分では一対一ならともかく多数を相手にして勝てる自信はない。

 ラル少佐のように、《偏差射撃》でも使えればそんなことにはならないのだろうが、そうなると今度は《迷彩》を使えない。では、《雷撃》などの攻撃魔法はどうだろうか。

 そこまで思いを巡らせてふと我に返る。

 こんな無駄なことをあれこれ考えても仕方がない。下手な考え休むに似たり、だ。

「ただ、そのためにも、航空ウィッチとしての技量を上げる必要はありますが」

「ロスマンとサーシャにでも鍛えてもらうか?」

「許可してくれるなら。もちろんその間は五〇二の手伝いをしますよ」

「わかった。それでいいだろう」

 少佐は、オラーシャ語でなにやら書かれた看板が設えられた扉の前に立ち止まる。

 ここが会議室か。

 


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