オラーシャの中でもかなり大きな街であるペテルブルグは、現在無人の都市となっている。
ネウロイの侵攻により、市民は全員避難してしまったからだ。
現在一般市民の居住は禁止されていて、広大な都市には第五〇二統合戦闘航空団の部隊員が本拠地となっている要塞を中心とした場所に居を構えている。
要塞には後付けでウィッチの離発着用滑走路が作られており、スオムス湾にむけて伸びている。
スオムス湾は白海へと通じていて、そこには以前、グリゴーリと呼称されたネウロイの巣が存在していたが、今年の初め頃にブレイブウィッチーズの手によって壊滅させた。
現在、ブレイブウィッチーズは壊滅的打撃を受けたストライカーユニットの補充や修理もほぼ完全に終えており、部隊としての機能は回復したと言っていい。
自分は、ブレイブウィッチーズに所属する扶桑のウィッチ――すなわち、管野直枝中尉、下原定子少尉、雁淵ひかり軍曹の三人とともにこのペテルブルグへとやってきた。
目的は、人型ネウロイの資料閲覧であるわけだが――どうやら連合軍でも人型ネウロイは問題になっているらしく、すぐに移動許可が下りてきた――、五〇二部隊でも人型に関連して色々と問題が起き始めているというのは、ペテルブルグへの道すがら管野中尉よりそれとはなしに聞かされていた。
「やぁ、あきらくん、よく来たね! 僕はヴァルトルート・クルピンスキー、カールスラント空軍の中尉だ。よろしく頼むよ」
五〇二の扶桑隊に連れられてサンプトペテルブルクに到着し格納庫の発進速成装置にユニットを納めてる最中にやってきて、自分を出迎えてくれたのはヴァルトルート・クルピンスキー中尉であった。
彼女も相当の女好きと聞いているが、どうやら五〇七隊の迫水中尉のように爛れきった人間ではないようで、スマートな立ち居振る舞いには好感すら持てる。
「初めまして、中尉。初美あきら陸軍少尉です」
ストライカーユニットから足を外して直立すると、扶桑陸軍式の敬礼で挨拶をした。
なんだかんだで相手は上官だからな。
「いいんだよぉ、そんな堅苦しくしなくても。どうだい、これからバーにでもいって」「何してるのよ、この偽伯爵」
すぱん、と、小柄だがどことなく大人びた女性がクルピンスキー中尉の後ろから頭をひっぱたいた。
「いっつぅ~、何するんだよ先生~」
「ほんとに見境なしね。ようこそ、ブレイブウィッチーズへ。《くノ一の魔女》、初美あきら少尉」
「よろしくお願いします。えーと……」
「ロスマンよ、エディータ・ロスマン」
ああ、この人がエーリカ・ハルトマンをはじめとして幾人ものエースを育て上げたというロスマン先生か。
この人から学べたら、自分の航空ウィッチとしての腕前も上がるのだろうか。
「よろしくお願いします、ロスマン曹長」
自分が右手を差し出すと、彼女はそれに答えてくれる。
「初美ぃ! 俺たちゃ報告がてらラル隊長んところにいってっからな」
管野中尉は、手を振りながら自分にそう告げて要塞の中へと入っていく。
「わかった」
「あら、その人が《くノ一の魔女》さん?」
金髪に黒めのカチューシャをつけたウィッチが、ボードを片手に倉庫へとやってくると、自分を見つけて声をかけてきた。
「初美あきら少尉です、初美、でもあきらでも好きに呼んでください」
「アレクサンドラ・イワーノブナ・ボクルイーシキン。階級は大尉よ。サーシャと呼んでちょうだい」
「ご高名はかねがね承っております。サーシャ大尉」
アレクサンドラ・I・ボクルイーシキン大尉は、オラーシャ撤退戦での自身の経験で学んだ戦術を平易な文章にて教本を作成した。その教本は瞬く間にオラーシャ国内に広まり、それまで空戦技術があまり体系化されていなかった同国空軍において、一般的な戦闘教本となった。
教官としても卓越した能力を示したことから、航空学校の校長に就任する要請されたと聞くが、彼女は前線で戦うことを固持して五〇二にスカウトされ現在に至るという。
「ありがとう、あきらさん。人型ネウロイとの戦闘記録を確認しにきたのでしょう?」
「ええ。ですが、管野中尉からもこのあたりで人型発見の報告があったと聞いています。その対応も引き受けますよ」
「できるんですか?」
半分はそのために来たようなものだしな。
「ええ。先のヴァラモ島奪還作戦でも、人型ネウロイを撃破しました」
「! それは本当ですか?」
まるで食ってかかるかのような勢いで、自分の両肩をつかむサーシャ大尉。
「奪還作戦に参加した五〇二の隊員もそれを目撃しています。本当ですよ」
自分は、彼女の大げさな問い詰めに苦笑交じりで答えた。
「詳しく教えてくれますか?」
「えーと、それに関してはラル少佐を交えて、ということで」
サーシャ大尉を落ち着かせようと、声のトーンをあえて抑え気味にして言い聞かせた。
「あ、ああ、そうですね。ええ、すぐに向かいましょう」
ずるずると引っ張られるように、隊長室へと連れて行かれる自分だった。