くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞   作:高嶋ぽんず

67 / 104
くノ一の魔女~ストライクウィッチーズ異聞 六の巻 その十二

 ヴァラモ島の調査を終了して、自分はカウハバへと戻っていった。

 アフリカでの失態を再び演じることはなかったが、今度もまた人型ネウロイの撃破は状況が許さなかった。あの時は交戦許可が下りてなかったのと、ネウロイの巣の直下であったのが理由にあったが、今回は、武装を所持していない上にネウロイ内での対峙である。アフリカの時以上に手を出すことは危険だ。

 よって、自分は人型ネウロイをやり過ごすほかに手立てが存在していない。今回の一件で人型ネウロイの洗脳が、自分には効果がないとはっきりしたのだけは確かだ。

 原因こそわからないが、これは有益な情報だろう。

 カウハバに戻ると、自分はネウロイ内部の状況を撮影したフィルムを情報課の人間に渡して、司令に簡単に状況報告を行い、そのまま許可を得てサウナへと飛び込んみ、即座にサウナストーンへ水をかけ、蒸気を出す。

 落ち気味だった湿度が一気に高くなって、全身まるごと湯船に沈んでるような感じになる。

 いくらウィッチとはいえ、まだ冬も開けて間もない湖へと潜ったのだから、体温は冷え切っていて当然だ。

 普段ならサウナは自分にとって熱すぎるからあまり利用することはなかった。

 しかし今の自分にはこのサウナこそが必要だ。

 「あー……」

 温泉につかったときの師匠のような声が漏れてしまう。

 冷えと緊張で堅くなっていた筋肉が、一気にほどけて柔らかくなるのを実感する。

「これは生き返るな……」

 ヴィヒタで背中や肩の辺りをぱさぱさとたたくと、じんわりとその場所の血行がよくなる。

 たまらんなぁ、これはたまらん。

 ああ、と思い出したようにサウナルームに置かれている大きな砂時計を逆さにした。

 これ一回でおよそ十分計測できる。

 砂時計が落ちきったら野外の水風呂にはいって体の熱をとり、しばらく休憩して体を洗って終了な訳だ。休憩を挟まないと、どんな年齢の人間でも死ぬ可能性があるからな。

 扶桑人が、長風呂してから脱衣所でのんびり体をおちつけるのと同じだ。

「だいたいなんだってんだ、あいつの作戦をそこまで優先させる必要なんてないだろ。オレとひかりが突っ込んでひかりがコア見つけて オレがぶったたきゃそれですむ話だ。違うか? ひかり」

「それはそうですけど……」

 脱衣所のほうから、そんなやりとりが聞こえてきた。

 ふむ、どうするか。菅野中尉は自分に相当お冠のようだが、ここで逃げては関係がこじれるしな。

 どたどたと足音やかましく、中尉が雁淵軍曹を連れて入ってくる。

 蒸気が逃げるので、改めてサウナストーンに水をかけてやると、むわっと白い煙が広がった。

 この水蒸気に乗じてトンズラするのもくノ一らしくはあるのだがな。

「お、誰だかわかんねぇけどすまねぇな」

「アイナですよ。その節はお世話になりました」

 自分はあえて偽名で答える。

「アイナって……あきら、てめぇっ!」

 本当に短気なんだな、こいつ。

「まぁまぁ、落ち着いてください」

 まるで馬か何かかのように中尉をなだめようとするが、

「うるせぇっ!」

「菅野さんっ!」

 雁淵軍曹の制止も訊かずに殴りかかってくるので、自衛としてやむなく中尉の手を取ってひねり、投げ転がす。

 ずだん、とサウナの床に転がるように倒して、

「落ち着きなさいと言っておりますっ!」

 暴れられるのも厄介なのでそのまま腕を順関節に極め、中尉の背筋に膝を乗せて動けなくさせてしまう。

 どんな怪力でも、要所を押さえられては身動き一つかなわない。

「ぐっ、このっ!」

「貴女たちをからかったのは謝罪します。しかしいきなり殴りかかられるほどのことはしていない」

 膝の下で、どうにか自分に押さえつけられた状況から逃れようともがいているが、たとえ魔力を使って筋力を底上げしようとこればかりは無理なのだ。

「それに、今あのネウロイへの攻撃はやめた方がいい。あそこには人型が居る」

「なんだと?」

 この一言で中尉の体から、抵抗しようとする力がなくなったのがわかったから、拘束を解いて彼女から離れて腰掛ける。

「痛くねぇ……」

 菅野中尉は関節を極められた肩と肘を回して、全く痛みがないことに驚いていた。

「アイラさん……じゃなくて、初美少尉。その、人型っていうのはなんですか?」

「雁淵軍曹はしらない情報だったか。人型とは人型ネウロイのことだ。戦闘にはかなりの注意を必要としている。菅野中尉も、何度か交戦経験があるはずです」

「ああ、そうだ。一度意識を奪われそうになった。あきら、てめぇは無事だったのか?」

「原因は不明ですが無事でした。おそらく自分の固有魔法の《迷彩》が原因だとは考えられますが」

「おめぇの固有魔法についてはラル隊長からきいてる。電波的に透明になるんだったか」

「すごく簡単に言えばそうなります。そしてそれは、ネウロイの目から自分の姿を隠すということでもあります」

 あの人型には通用していないがな。

「それでてめぇがネウロイの偵察にいったわけか」

「はい、交戦状態ではないネウロイの状態を写真で保存しておく必要もありますから。今は自分が撮影してきたフィルムの現像を行っているはずです」

「今はその結果待ちなわけですね」

「その通りだ、雁淵軍曹。まだ確定ではないが、自分が人型の相手をすることになると思われる」

「《迷彩》で人型の洗脳が効果を及ぼさないからか?」

「はい、菅野中尉」

「オレのことは菅野でいい。それで、勝つための算段はあるのか」

「なければ対人型戦に立候補しませんよ。それでは、自分はそろそろ時間ですので失礼します」

 ちょうど砂時計が落ちきったところで、自分は二人にそう告げて水風呂に向かうのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。