ちょっとしたいたずら心がむくむくと起き上がってきた。
扶桑のウィッチ三名がそれぞれ発進速成装置にユニットを収めて銘々がユニットを脱いでいるところへハンナ司令の従兵が出迎えようとしていたので、自分は彼女の肩をたたいてウインクをする。
「アキラ少尉」
「司令のところに案内するんだろう? 自分にやらせてくれないか」
「しかし」
「まぁまぁ。責任は自分が持つから、君はその辺でのんびりしてくるといいよ」
そう言って、そこらでちょっと一杯ひっかけられそうなコインとあめ玉を一つ握らせた。そして、扶桑陸軍の軍装を脱いでワイシャツ姿になって髷を解き、髪の毛をざっと落ち着かせ、前髪を目にかぶせて視線を悟られないようにすると、自分のユニットが収納されている促進装置のバーに軍装をひっかけて、彼女たちの前に姿を現した。
「ブレイブウィッチーズの管野直枝中尉、下原定子少尉、雁淵ひかり軍曹ですね。お待ちしておりました」
と言って出迎える。
「ご存知かと思いますが、ただいまサイレントウィッチーズ隊員はヴァラモ島攻略のために出計らっております。司令がお待ちです」
左ほほにばんそうこうをはったウィッチが、三白眼で自分の顔を見る。彼女がかの有名な管野デストロイヤーか。
「なんだてめぇ」
ふむ、簡単な変装だが存外ばれないものだな。それとも自分のことを知らされていないか?
「新しくハンナ司令の従兵になりましたアイラです。お三方を案内するよう命じられました」
「下原さん、聞いたことありますか?」
先のウィッチよりも若干背が高い、ふんわりとした感じのウィッチが一番背が高いウィッチに尋ねた。仏の雁淵こと雁淵孝美中尉の妹である雁淵ひかりだろうか。
「いえ、ありません」
ということは、残る彼女が下原定子少尉、と。自分とほとんど同じ身長とは、扶桑人のウィッチとしてはそこそこ珍しいな。
「おいてめぇ、共通語に扶桑のなまりがあるな。扶桑人か?」
へぇ、わかるのか。
「スオムスと扶桑の混血ですよ。実家では、扶桑語で生活していたんです。ダカラ、ワタシ、フソウゴ、チョットハマセマス。さ、案内しましょう。こちらです」
自分は、微笑みながら言って、三人を司令官の執務室へと案内するため歩を進めた。自分を疑っている管野中尉も、なんだかんだ言ってついてきてくれる。
「後ろから見たら扶桑人に見えますね、下原さん」
扶桑人だからな。
「本当にそうですね。アイラさんはウィッチなんですか?」
「元ですよ。上がりを迎えたらすぐに地上勤務に移りました」
といってはぐらかす。
「ブレイブウィッチーズの皆さんは、《フレイアー作戦》でかなり損耗したと聞きましたが、大丈夫でしたか?」
「ユニットの故障がすごかっただけで、みんなは元気ですよ」
雁淵軍曹がハキハキと答えてくれる。
なるほどな、彼女が五〇二のムードメーカーなんだろう。
「ひかり、余計なこと答えるんじゃねぇっ」
「これぐらいいいじゃないですか、管野さん」
「そうですよ、管野中尉」
と、二人が管野をなだめにかかる。
なるほど。管野中尉は、噂通りかなり短気な人物のようだ。
対して下原少尉と雁淵軍曹は気長な性格なのか、あるいは暢気なのか。どちらでもかまわないが、むこうの司令がこの三人をこっちによこしたのがなんとはなしにわかるな。
菅野中尉は短気だが感の付け所のよさは、元々の素性がそうさせているのかもしれないな。
あるいは地頭がいいと言い換えてもかまわない。
菅野直枝という少女は、ウィッチになる以前はガリア文学に耽溺し、原本をたしなむほどの英才であったらしい。
そのあたり、彼女の勘の良さは、毛並みの色は隠せないことの証明といえるだろう。
「お三方は仲がいいんですね」
自分の後をついてくる三人に声をかける。
「やっぱりそう見えますか?」
やたらと笑顔な雁淵軍曹が何かを言いそうになった菅野を制して答える。あいつに何か喋らせていらぬ火種を振りまいても意味がないしな。
「私と菅野さんは相棒なんですよ、相棒」
どうやらそんな打算で機先を制したわけではないらしい。
自分はいささか汚れているな、と苦笑が浮かんでしまう。
単純に、雁淵軍曹は菅野という人物が好きなのだな。そして、その人物と彼女がそういう間柄であることが誇らしくて自慢したいんだろう。
「グリゴーリ壊滅の時も、二人で巣のコアを破壊したんですよね」
と、下原少尉。
「はい! 菅野さんが《剣一閃》で外殻を壊して、私がリベレーターでコアを破壊したんです!」
思わず吹き出しそうになり、なんとかそれを飲み込んで押さえた。
「どうしたんですか、アイラさん」
咳払いをしてごまかして、
「い、いえ、気にしないで下さい。ちょっとくしゃみが出そうになっただけです」
り、りべれーたーで? コアを? どういう状況の上でリベレーターでコアを破壊できるんだ。どういう方法でネウロイの巣を破壊したかという概要は知っているが、詳細はレポートを読んでないからわからなかったぞ。
菅野中尉の固有魔法である《圧縮式超硬度防御魔方陣》、通称超硬シールドによって、巣の本体である超巨大ネウロイの外殻を破壊、その後リベレーターで露出したコアを破壊した、ということなのは理解できるのだが、リベレーターでそんな離れ業ができるのか?
くそ、もっとしっかり情報を収集すべきだったな。
「あんときはどうなるかと思ったな」
菅野が思い出すように呟いた。
「そうですよ。あのときは、菅野さんも魔法力使い切ってどうしようかって思ったんです。そうしたら、クルピンスキーさんからもらったリベレーターがポケットから目の前に落ちてきたんです。私、あわててそれをつかんで。先生から教えられたとおりに魔力を込めてコアに押しつけて撃ったんです」
ふむ、すでに菅野中尉が放った《剣一閃》でコアにそれなりにダメージは与えていて、そこにコアを突き崩す致命の一発を撃ったということか。
それなら確かにリベレーターでも可能になるのか?
「でも結局、五〇二のストライカーユニットは、あの一戦が原因で全部調子が悪くなって、ほとんど稼働できなくなっちゃったんです」
と、下原少尉が付け加えた。
「それなら、どうして扶桑の方々がこちらに来られるようになったんですか?」
ただでさえ五〇二隊はユニットの損耗率が激しい。
ろくな修理部品も残っていないはずだ。
「私とお姉ちゃん迎えに来た扶桑海軍が、私たちのユニットの修理部品を届けてくれて、それで私たちだけ動けるようになったんです。今は、ロスマン先生とジョゼさん、サーシャさんのユニットの修理が終わったんですけど、規格統一がはっきりしてる扶桑組で応援にいったほうがいいって、ラル隊長の命令がありました」
「なるほど、そういうことでしたか」
そうこう話してる間に、司令の執務室までやってきた。
自分は四度ノックをして、
「アイナです。ブレイブウィッチーズのお三方を案内しました」