ヴァラモ島(オラーシャ語ではヴァーラム)は、ラドガ湖の北に位置する島である。 一九三九年、ネウロイの侵攻激しいころにはやつらの一拠点として使われていたようだが、グリゴーリの破壊により開放され、復興作業が進んでいるはずだった。
位置的には、五〇七隊の防衛地だったのだが、該当地域は五〇二の直轄地であるサンクトペテルブルグも近いため、ネウロイの侵入もないだろうと二日に一度の定期巡回としていたのがあだになったらしい。
巣ではないが、大型の陸戦ウィッチが呼気の空戦ネウロイを吐き出して、ラドガ湖北部を制圧している状態になっている。
おまけに、現在ブレイブ隊はグリゴーリ撃破時に損耗した戦力回復のために、大規模な作戦行動はできない。
よって、五〇七隊だけでどうにかしなければならないわけだ。
会議室には、ゲストの自分も含めて五〇七の隊員全員が集められていた。
状況は最悪に等しく、初動を間違えればグリゴーリの再来となりかねないだけに、全員の表情は緊張に覆われていた。
ラドガ湖のスオムス側湖畔から見えるヴァラモ島の様子が映された偵察写真が、三隅軍曹の手によって黒板に張り出される。
ハンナ少佐は教壇に立ち、
「現状はこうなっている」
その写真に写されている様子をざっくりと黒板に描き写す。
「航空写真はないのですか?」
アーチャー中尉が挙手をして尋ねる。
「残念ながらない。これが発見されたのも、ついさっきだ。
現在、ヴァラモ島は全体が球状の外殻に覆われ、内部を確認することはできずにいる。加えて奴らが何を企てているのかわからない状況だ。我々ができる作戦行動は外殻部への攻撃による、奴らのリアクションを計ること以外にはない。よって、我々はこれより外殻に対して攻撃を加える。奴らに庭先でいいようにされるほど、我々が間抜けな集団ではないことをたたき込んでやらないとな」
自分を含めた全員が起立し、
『了解しました!』
声をそろえて返答し、そのまま会議室を出ていこうとするが、
「初見少尉」
自分だけがハンナ少佐に呼び止められた。
「は、なんでしょう」
廊下に出ようとしたところで、自分は立ち止まる。ヴェスナと三隅が自分を追い越して駆け出ていった。
「少尉は今日は休んでくれないかい?」
「どうしてですか?」
今は自分は客分とはいえ五〇七隊に協力する立場だ。なぜ止められなければならないのか。
「少尉にとっては毎度のことなのかもしれないけど、君はまだここに来たばかりなのにいろいろと働かせてしまった。せめて明後日までは休んでもらいたいんだが」
そういえば確かにそうか。
このまま働き通しでもいいのだが、何かあるとまずいし基地防衛も必要だろう。
「了解しました。少佐の指示通りに明後日まで休ませてもらいます」
休むのも仕事のうちだ、といったのは誰だったか。
そんな愚にもつかないことを考えながら、自分は少佐の指示通りに休息をとろうと決めた。
とはいうものの、自分も扶桑人だったのだろうか。
日も暮れて翌日の昼過ぎ部屋でだらだらするのも性に合わないので、基地がどういう規模なのかを散策ついでに調べておこうとあたりを散策することにした。五〇七隊の連中は司令を残した全員が出計らっていて、残されているのはスオムス第一中隊のみになっている。空っぽとは言わないが、心許ない戦力であるのは確かだ。
カウハバ基地は、スオムスでも重要拠点であるだけにかなりの設備が整っていた。スオムス第一中隊との共同基地でもあるのだから、そのためでもあるだろう。
季節は春を過ぎて初夏に足をかけているこの時期、スオミの木々は緑に覆われ芽吹きの時季を迎えていた。
松も散見されるところから推測するに、季節によっては松茸もとれるのだろうか。松茸の炊き込みご飯、久しく食べてないよなぁ……。
などと郷里の食事を思い描きながら、木々の間になにか獲物がいないかさがしてしまうのは貧乏性だからだろうか。
とはいえこの時期の鹿は痩せていてうまくないとは思うが。
そうこうしていると、上空を三名のウィッチが当基地へと飛来してきた。スオムスの飛行第一中隊かあるいは第二四部隊だろうか。しかし、丸みがあるユニットのシルエットはカールスラント製のものではない。
スオムス空軍はカールスラントからの支援を受け入れており、メッサーシャルフ系のストライカーユニットを使用しているが、確認したあの機影は明らかに扶桑皇国のそれだ。
それも陸軍ではなく海軍。
そして、この近辺で扶桑皇国のユニットを使っているのは、サイレントウィッチーズ以外ではブレイブウィッチーズ以外に存在しない。
ということは、五〇二隊の扶桑皇国のウィッチが三人、こっちにきたということだろうか。
「ふむ、一応出迎えてみるか」
自分は駆け足でストライカーユニットのサイレントウィッチーズ隊用の格納庫まで向かった。
走って十分とかからない場所に格納庫はあり、そこはもしもの時も考えて十二機のユニットが格納できるよう発進速成装置が十二機並べられていて、自分もその中の一つを使用させてもらっている。
格納庫の出入口は五〇七隊が出撃したときのまま開放されていて、そこへタキシングで三人のウィッチがやってきた。
五〇二隊の扶桑ウィッチだろう。
「なぁ、あの三人、五〇二のウィッチか?」
近くを歩いていた整備兵に声をかける。
「あ、はい。なんでも昨日、急にこちらに派遣するとなりまして」
「そうか、ありがとう」