戦闘記録によると、人型ネウロイとの戦いは、一九三九年に行われたヴォクシ川にかかる一番大きな鉄橋であるサッコラ鉄橋を破壊する作戦にまでさかのぼることができた。
この時、人型ネウロイ――もどき、と呼称されていたようだ――と邂逅、ハルカ中尉は連れ去られ、義勇独立飛行中隊と戦闘になったのだという。
その後、しばらく現れることはなかったが、一九四四年四月、ブレイブウィッチーズとスオムス義勇独立飛行中隊との共同作戦であるシリンダー撃滅作戦の時に、二機出現したと記録にある。詳細な戦闘記録はないが、どのように戦い撃破したかおおよそではあるが記されていたが、詳細が書かれているわけではなかった。申し訳程度に何が起きたのかわかる、程度のものだ。
というのも、人型を撃墜したのが、五〇二隊の戦闘隊長であるポクルイーシキン大尉とクルピンスキー中尉だからだ。
なるほど、五〇二隊の隊員が撃破したならこの程度の情報であるのも納得だ。
これではブレイブ隊の本拠地であるサンクトペテルブルクまで足を運んで調べないことには話にならないな。そして、可能なら五〇一隊での人型ネウロイとの交戦記録もみる必要があるだろう。
その場合は、統合総司令部にいけばいいのだろうか。
自分は、一通り目を通して資料室を後にする。
迫水中尉は、自分が資料を読んでいる間にどこかにいってしまったらしい。
下手に自分が集中しているところにちょっかいを出せば、ひどく痛めつけられるということを体験したからだろう。
記録の中身を頭に叩き込んで、そのまま五〇七隊司令、ハンナ・ウィンド少佐のところへと戻った。
「司令、初美です」
自分は、いつまでも背後を追跡してくるウィッチの気配を感じながら、執務室のドアをノックして、
「失礼します」
と言いながら、中へと入る。
「やあ、お帰り。無傷で戻ってこれたようだね」
「ハンドキャノンで狙われたときにはどうしようかと思いましたけどね」
当たらないのはわかっていても、あの轟音は今思い返してみれば肝が冷える。
「顔にはそう書いてないようだけどね。聞いたよ、軽くあしらったそうじゃないか。少尉の体術にはアーチャー中尉も舌を巻いていたよ」
「拳銃の欠点をついただけです。教えればウィッチなら誰でもできます」
「そういうことにしておこうか。なぁ、本当に、しばらく五〇七にいてくれないかい? 別に一年とは言わないよ。せめて一か月だけでも」
武芸者として乞われるのは珍しいので、いささかうれしくはあるがそうもいかないのだよなぁ。
「そこまで自分を買ってくれるのは大変ありがたいのですが、自分にはどうしてもやらねばならないことがあるのです」
そう言って、ちらりとドアのほうに視線を向ける。
まだ、彼女はドアの外にいるようだ。
「そのことは、オティーリア中佐より聞いてるよ。扶桑の御姫様からのお願いなんだろう? それなら、ここにいても十分叶えられると思うけどね」
あいつ、そこまで探っていたか。よくもまぁ、そこまで調べ上げたものだ。
「そうはいきませんよ、少佐」
「やっぱだめかぁ。それで、すぐにでもでるのかい?」
自分は、軽くかぶりを振って、
「ここにきたばかりですよ。まだやるべきことをやってません。それに、自分から剣術を学びたがっているウィッチもいるようですからね。せめて一週間は稽古をつけてやらないと」
「そんな殊勝なウィッチがいるのかい?」
「ドアのむこうにいますよ」
「外に誰がいるのかわかるのかい?」
「これぐらい気づけないようなら、師範代なんてできませんよ。入ってきたらどうだ、三隅軍曹」
そうすると、ばつが悪そうにみつあみおさげのそばかすウィッチが入ってきた。
「私が付いてきてるって、いつから気づいてたんですか?」
「最初からだ。正確には、資料室を出てからだな」
「そ、そんな前から」
三隅の顔は驚きに染まる。
武術の達人がどういう存在か、見たことがない人間にとってはそうだろうな。
「ついてきたのも、剣術を習いたいからだろう? 師範学校では、滑空標的機に剣をあてるのがやっとだったようじゃないか」
「どうして知ってるんですか?」
「扶桑に戻った時に、君が出演してる映画を見てね」
「み、みたんですか? あれを」
三隅の顔は、今度は羞恥に支配される。やれやれ、せわしないものだ。
「へぇ、ミヤは映画にでたのかい?」
「佐世保航空予備学校の宣伝映画です。三隅を中心に撮影した記録映像が上映されました。自分はアフリカに行く前に戻ったときに、たまたまそれを見かけて映画館へ足を運んだのです」
三隅はどうせ答えないだろうから、自分が彼女の代わりに返答した。
「し、少尉!」
「ここで答えないと、あとでもっと大変なことになっておもちゃにされるぞ。それでよかったのか?」
「い、いえ……それは勘弁してほしいです」
そう言われて恥ずかしげに顔をうつむかせた。
「へぇ、今度、扶桑に問い合わせてフィルムを取り寄せようかな」
「やめてください司令っ!」
軍曹は、当然顔を赤らめさせながら訴える。
「まぁ、そうだろうな。自分の未熟な部分をおおっぴらに見られるのは恥ずかしいもんだ」
「少尉も、ですか?」
「半年前の自分の言動を思い出したらそれだけでだな」
「《ぎっくり腰》作戦の頃だね。そのときになにかやったのかな?」
「まぁ、いろいろとな。作戦の後、《クバンの獅子》に徹底的にしごかれた」
あの時のことは、脳裏をよぎるだけでうんざりしてくる。ああまで絞られたのは戸隠流に入門して、初稽古をしたその時以来だな。
「少佐!」
そんな中、アーチャー中尉が大きな音を立てて開けざま執務室へ飛び込んできた。
「ヴァラモ島がネウロイに取られたっ!」
「なんだって!」