くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞   作:高嶋ぽんず

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くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞 六の巻 その六

 閲覧室前までやってきた。

 薄めの木のドアではあるが、簡素ながらも彫刻が施されていて、この部屋がそれなりに重要であることを示している。

 推測するまでもなく、迫水中尉はこの中にいる。

 深呼吸を一度したあと、覚悟を決めてドアノブに手をかけ、回した。

 使い込まれているのか、かなりのあそびの後にドアノブはその役目をはたし、ドアが開く。

 さてはて、あの女には一度ガツンとやって思い知らせてやらねばならないだろうなぁ。しかし、どうする。

「すきありですうううぅぅぅっ!」

 あのままほっといておくのは致命的に隊のためにはならぬだろうし。

「ぎゃんっ!」

 かといって、やりすぎてしまっては戦力低下につながる。それは避けたい。

「あ、あきらさん、あ、あし、あし! 膝がいたあああああああっ!」

 うるさいな、人が考えている最中だというのに。

 ではどうする。ぐうの音も出ぬほどになげまくるか。

「ぐはっ!」

 それとも、痛点を丹念にいじめ倒すか。

「そこは肘がびりびりすぎいいぃぃっ!」

 気絶させるのもなんだしなぁ。とはいえ、一度おとしたか。

「く、くび、くび……」

 ……ん?

 涙目になった迫水中尉が、三角締めで自分の太ももに締め上げられ、もがき苦しんでいた。

 慌てて三角締めを解き、立ち上がる。

「おおおおおにですか! ごほっ、あ、あきらさんはっ!」

 関節技と絞めの複合技から解放された中尉は、喉をさすりながら涙目になって訴えてくる。

「鬼も何も、考え事をしている達人に不用意に近づくとこうなるといういい経験ができたではありませんか、迫水中尉殿。得難い経験というやつですよ」

 どうやら、体が勝手に彼女を制圧していたらしい。

 普段、無意識に技をかけてしまうときは手加減など忘れて最後まできめてしまうのだが、偶然手心を加えていたようで、見た目骨折や筋を伸ばしてしまうといったような、重篤なケガをしている様子はなかった。

「それで、まだやりますか?」

「もちろん。この続きはベッドの中でへへへへへへ」

 自分は深くため息をついた。

 ここで彼女を脅しつけて乳首をひねりちぎったとしても、変わることはないだろう。彼女の性癖は、そもそもそういう脅しで屈するものではないのだ。

 しかし、ウィッチになってからそれなりにこういう性癖の人間は見てきたつもりだが、ここまでキテるウィッチを見るのは初めてだ。

「はぁ……とりあえず、全員の教練がおわったということでいいんでしょうかね、迫水ハルカ海軍中尉殿」

 自分は、こめかみを抑えながら問うた。

「でゅへ、そんな、恥ずかしがらなくてもいふぁ?」

 妄想の世界で羽ばたいていた中尉は、自分の呼び掛けて現実に戻ったらしい。

「え? あ、ああ、かまいませんよ。お目当ての資料のある場所まで案内します」

 この人、多分だが頭の中がお花畑にならない限りは有能なんだろうなぁ。

 そんなことを思いながら、中尉にその場所まで案内されていく。

「でも、少尉はどうして人型ネウロイの資料を見たいのですか? 人型ネウロイは、きわめて希少です。そうそう出会うこともないでしょう。戦訓と言えるほどのものもありません」

 む、そこを聞いてくるかこの人は。

「自分は、ネウロイからケツまくって逃げたことは何度もあります。ですが、どんな時でも命の危険など一度も感じませんでしたし、《迷彩》があればおよそどんなネウロイでも倒す自信がありました」

「人型ネウロイは違ったのですか?」

「はい。自分の《迷彩》を見破ったのは、おそらくあの人型が初めてです」

「なるほど。では少尉はその人型に負けた、と思っているのかもしれませんね」

「負け、た? 負けた……ああ、そうかもしれません。自分を恐怖させたネウロイは、これまですべて打倒してきました。ですが、あいつだけは倒せなかった。初めてです」

 ぎりり、と奥歯をかみしめる。

 迫水中尉の言葉で、どうしてわざわざスオムスまでやってきて資料を探そうとしたのか、ようやく理解した。

 悔しいのだ。

 憎いのだ。

「そうでしたか。では、人型ネウロイと実戦経験のある私からの忠告です。もしあのネウロイとであったなら、手の内は絶対に見せないこと。奥の手で倒してはいけません。すぐに学習されてまいます。固有魔法まで盗むことはありませんが、初美さんの得意なマニューバは、二度目には通用しないと思って構いません。彼らはそれだけ学習能力が高いのです」

 自分は、唐突に真剣な表情で語りだした迫水中尉の横顔を見た。

 その表情は、先ほどまで見せていたスオムスの魔窟の主たる扶桑の恥さらしではなく、限りない戦闘を潜り抜けてきたベテランウィッチのそれであった。

「ではどうやって戦えばいいのですか」

「簡単ですよ。基本です。空戦技術の基本だけで戦えばいいのです」

「相手の見えない角度から、当たる距離まで近づいて、必中の一撃でコアを打ち貫く、ですか」

「その通りです。打てば響くとはこのことですね。教え甲斐があるというものです。打てば響くと言えば、どうです? これから私とお互いのきもちいいところをうちあって快感の声を響かせあいましょう!」

 どこからでももってくるな、この女は。

「冗談はさておき、人型ネウロイの資料はこれですか?」

 もう止めても無駄なのはわかつたので、はぁはぁ息の荒い中尉を無視して案内されてたどり着いた書類の束を指さして尋ねる。

「もう、つまらないですねぇ。ええ、それですよ。一応、スオムス語とブリタニア語で書かれています。どちらかは読めますよね。読めないなら、私が夜、ゆっくりとかわりに読んで」

「結構です。それでは、閲覧させていただきます」

 自分は、荒い息の中尉を無視して、閲覧室へと向かったのだった。


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