くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞   作:高嶋ぽんず

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くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞 六の巻 その五

 さて、事情を理解できたのはいいのだが、よもやこんなことになるとはな。

 自分は角を右に曲がる前に足を止めた。誰かが角の向こうで待ち構えているのが感じられたからだ。正確には、かすかな足音が聞こえたからなのだが、それはそれとしてどうしてやろうか。

 まぁ、こうするしかないだろうな。

 いったん止めた足をまた進めて、構えることなく堂々と待ち構えているヤツの前に出る。

 壁際でナイフを持って待ち構えていたのはブレンガーム曹長だ。

「シッ!」

 左手で逆手に持ったナイフをカマキリの鎌のように扱い、自分の首を狙おうとしているのがわかった。自分は一歩踏み込んでブレンガーム曹長の懐に入るが、

「シッ!」

 膝で下腹部をけり上げてくる。

 ずん、と芯に響くいい膝蹴りだ。

 反射的に腹部の筋肉をしめて、打撃を受け止める。

 ナイフはおとりというわけか、なるほど。

 後ろに跳んで離れようとすると、首相撲で上半身を抑え込んでくる。

 これがムエタイというやつか。

 ということは、さらに膝蹴りをくわえてくるということだ。

 覚悟を決めてもう一撃受け止めながら、こちらも体重を相手に預け、ブレンガーム曹長とともに床に転がる。

「わわっ!」

「つっ……やれやれ、ここまで腹をけられたのは久方ぶりだぞ。首相撲からの膝蹴り、ムエタイというやつだな」

 そのまま彼女の馬乗りになりながら、蹴られた下腹部を撫でた。この状態になったら、もうほぼこちらの勝ちだ。

「さて、曹長。どうするかな? 負けを認めるなら何もしないが。もちろん、二回自分の腹を蹴ったことも不問にしよう」

「えーっ! これ訓練じゃないの?」

 ブレンガーム曹長は不満の声を漏らした。まぁ、だよな。

「ははっ、そうだな、そうだった。それで、どうする? 負けを認めるか」

「ここからなんとかできる技術、ボクにはないよ。降参」

「そうか、では第二関門突破というわけだ」

 自分はゆっくりと彼女から離れて立ち上がり、彼女に手を差し出して体を起こすのを手伝った。

「ありがと」

 自分の手を取って、すっと立つ曹長。

「しかし、ここの司令はこういうのが好きなのかね」

「というより、いらん子中隊が好きなんだよ。502ともたまに合同訓練やってるしね」

「なるほどな。不意を打たれたとはいえ、あの膝蹴りはよかったぞ。今度やり方を教えていただきたいぐらいだ」

 この申し出を聞いたシャム王国のウィッチは目を丸くして驚いた。ふむ、どういうことだ。自分はなにかおかしなことでも言っただろうか。

「え? 初美少尉が? 少尉って武術の達人なんだよね」

 ああ、そう考えるか。なるほどな。

「達人かどうかはともかく、いや、むしろ達人だからこそ、と言えるかもな。自分が知らない技は知りたいのだ。知ればそれだけ強くなれるからな。それに、シャム王国に伝わるムエタイは以前からどのような武術なのか気になっていた」

「そういうことかぁ。ボクにはそういうのよくわからないけど、少しぐらいなら教えられるよ」

「そうか。その時はよろしく頼む」

 自分はそういって、さらに歩き始める。先には二階へと上がる階段があった。階段の途中には踊り場があり、折り返して二階へと上がる構造になっている。二階が一回と同じ構造だとするのなら、上り口がそのまま廊下とつながって直線になっているはずだ。

 とするなら、ほぼほぼ廊下での待ち伏せの可能性はない。

 自分なら、踊り場の折り返し口、死角になっているところに待ち構えて、上がってくる相手を襲うだろう。

 さて、それならばと、何が起きても対応できるよう心構えをして階段を昇ることとしよう。おそらく、そこには二人、自分がくるのを今か今かと待ち構えているはずだ。なぜ二人なのか、そして彼女たちが誰なのか想像できているし、理由もあるのだがそれはともかく。

 わざと、自分がここにいることを知らせるように足音を立てて階段のステップを踏み、踊り場に立った瞬間、三隅軍曹が木刀代わりの木の枝、ミコヴィッチ曹長が大型ナイフを持って挑みかかってきた。

 ナイフを持つ手をつかみ、ひねってその場に投げ落として尻もちをつかせ、三隅軍曹の木刀を持つ手を手刀で叩き、木刀を落とさせる。

「つっ!」

「いたっ!」

 ミコヴィッチ曹長と三隅軍曹は、それぞれに声を上げてその場に崩れ落ちる。

 うん、今の自分の対応は、教練としてはあまりよろしくないかな。けどまぁ、自分に投げられたり対応された経験はどこかで役に立つかもしれない。

「残念だったな、二人とも。二人がここで待ち構えていることは気配を探るまでもなくわかることだったぞ。さて、まだやるなら相手になるがどうする?」

 尻もちをついている二人の前にしゃがんで視線を合わせ、そう尋ねた。

「い、いえ……」

 曹長は、自分がどうやって投げられたのかわからなかったのだろう。呆然と宙を見つめていたが、自分の問いに己を取り戻し、うつつの中でそう答えた。

「三隅軍曹は?」

「質問していいですか?」

 軍曹がそう尋ねてくる。

「答えられることならな」

「どうして、わたしと曹長がここで待っているとわかったのですか?」

「きまってるだろう。残ったのはハルカ中尉と曹長、軍曹だ。これ以上の説明が必要か?」

「……あ、そういうことですか」

 三隅はそれを聞いてポンと手を打った。打てば響くとはこのことか。

 ウィッチなら、誰しもあの危険が危ない中尉と肌が触れ合うような距離にはいたくないだろう。

「そういうことだ」

 彼女は基本的に頭よく理解も早いようだ。

 そして、最後の相手がアレか……気が重いものだ。


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