「いきなり押しかけてすまんな」
自分はスツーカを発進促進装置におさめ、ユニットを脱ぐと駆け寄ってきたカールスラントの整備兵に声をかける。
「いえ、お構いなく。忍者が使ったユニットの整備ができる機会なんて、めったにありませんから。それに、扶桑の整備兵の腕前をおがませていただきたいですし」
整備兵の一人がそう答えて、一気に整備室へと移動していく。
この基地の整備兵は、今まで見てきた整備兵の中でも、特に士気が高いようだ。
もちろん、派遣基地の整備兵も士気は高いのだが、あちらがゆっくり確実に仕事をしていくのに対して、こちらは最前線だからだろうか、素早く仕上げるという感じだ。
「了解した。よろしく頼む」
そうして、格納庫の壁にあった案内図から基地の司令室の位置を確認する。
自分が、当基地に来たことはすでに司令にまで伝わっているはずだ。
カールスラントやガリアの軍人が往来する廊下を歩み、司令室までむかう。そしてノックを四回。
「入りたまえ」
中から妙齢の女性の声が聞こえてきた。
さて、確かここの司令はもうじき退役になる男性の将官と聞いたことがあるのだが、これはどういうことか。
「扶桑陸軍少尉、初美あきら、はいります!」
がちゃり、大きなドアノブの音を響かせて入室する。重々しい音だ。
中に入り、ドアを閉めたその瞬間である。
「ようこそ、初美少尉。ああ、いやいや、いいなおそうか。中野学校、武術師範にして、戸隠流忍術時期宗家、初美あきらくん」
基地司令とおぼしき人物は、窓に向かい自分に背を向けながら、いきなり耳を疑うようなことを言ってきた。
思わず、脇差の柄に手をかける。
「いやぁ、凄いね。殺気で喉がかき切られそうだ。まいった、降参だ」
その女性将官——否、女性士官は、両手を上げてこちらに振り向いた。
見たことがある。
いや、忘れてはいけない顔だ。
オティーリア・スコルツェニー中佐。通称、《欧州一危険な
ヒスパニア内乱の時にはすでに上がりを迎えていたため、悲願だった航空ウィッチにはなれなかったが、その才覚と元とはいえウィッチとしての身体能力を認められ、コマンド部隊隊長として皇帝から直々に選ばれた傑物だ。
幾度もネウロイの裏をかき、人類に勝利をもたらしてきた。配下の陸戦ウィッチ隊も優秀で、彼女の立案する困難な作戦を達成するだけの統率力と能力がある。
左頬に走る刃物傷は、大学在籍中にフェンシングの試合で傷ついたものだ。その逸話がまた振るっていて、十人目を相手にした時についたという。すなわち、彼女は相応の武闘派でもある。
「そう身構えないでくれないか。ともにネウロイを駆逐し、世界を存亡の危機から救おうとするウィッチじゃないか。ああ、私はエクスウィッチか」
大げさに手を広げながら自分に訴えかける。軽薄なことこの上ないが、本質はそこにはない。
「取り調べなら、口を割るつもりはありませんが」
「んん、初美くんはどうやら自分が諜報活動の件で呼ばれたと勘違いしているようだけど、違うよ、違う違う。キミが調べていることは、現地にいなければわからないような欧州の政情、経済、市場の調査だろう。その程度でキミを糾弾なんてしないよ。それぐらいなら、どの国もやっていることだ」
自分は沈黙をもって答えた。
「仕方ない、本題といこうか。今回のセダン周辺地域の調査に関してだが、西部方面統合軍総司令部からの依頼を受けていただき、感謝している。初美君がこの作戦に起用されたのも、実のところ
「は……?」
自分は、中佐のいきなりのセリフに、ただただあっけにとられるしかなかった。
「はっきり言わせてもらおう、初美くん。今回の任務は、MI6との化かし合いになる」
「……自分が、一人で、でありますか?」
「そういうことになる。なるが、まぁ、問題ないだろうと我々は考えている。というのも、カールスラントとしては、初美くんに時間稼ぎをしてほしいだけなのだ」
「時間稼ぎ。カールスラントがなにか仕掛けを打つための時間を作って欲しいということでありますか」
「そういうことだ。紳士面した二枚舌にガリアの処遇を任せては、戦後、欧州が混乱に満ちるのは必然だからね。ノイエ・カールスラントとしては、それでは困る。
我が皇帝陛下が欧州の祖国に戻ったとき、ヨーロッパが二枚舌にいいようにされた状態では、きゃつらの言いなりになりかねない。それだけはなんとしても避ける必要がある」
「それはわかるのですが……」
「もちろん、タダとは言わないよ。この作戦がうまくいった暁には、カールスラントは扶桑のウィッチを一人、506に招き入れるよう働きかけるつもりだ。その事は、既に非公式にだが扶桑皇国政府に打電している。扶桑は、すでにウィッチの選定作業に当たっていることだろう」
あのちょび髭少将め。
これではいやもおうもないではないか。
いいように詰められた負け将棋をうたされたようなもので、気分が悪い。
「了解いたしました、スコルツェニー中佐。それで、具体的にはどうすればよろしいのでしょうか」
「初美くんが提出した作戦要綱に従い、セダンの状況をクリアしたのち、パ・ド・カレーに向かってペリーヌ・クロステルマンの復興事業に協力するだけでいい。その時は、初美くんの騎士の称号が役にたつだろう」
「一応は。ただ、あまりいい印象は持っていないものと思われます」
そう答えて、はぁ、とため息をついてしまう。
「何か気になることでもあるのかい?」
「いえ……その、正直、今の自分にこの任務を務めるのは難しいのでは、と思いはじめています」
本音を打ち明ける。
確かに自分はくノ一だしスパイとしての教育もうけた。戸隠流忍術の時期宗家でもある。それでもできないことは多々あるのだ。くわえて、十八にも満たない。そんな小娘がやっていい任務ではない。
「そうかい?私には立派に職務を果たしてるように見えるけどね。期待しているよ、初美くん」
「出来る限り、期待には応えようと思っております。では、失礼いたします」
そう言って扶桑陸軍式の敬礼すると、自分は司令室を後にしたのだった。
はい、オティーリア・スコルツェニーは、ヨーロッパで最も危険な男こと、オットー・スコルツェニーがモデルになっています。
そもそもくノ一の魔女は、グラン・サッソ襲撃を書きたかったのだけど、そのための下準備として考えていた話を形にしたものなのです。
追記:どうしても我慢できないので、少し改稿しました。