自分は、あのままのんびり休養してるのも嫌なので、資料室の利用許可をもらうため、司令官室に戻ることにした。
資料室に行く理由は、人型ネウロイとの戦闘記録を参照するためだ。あいつとやりあうために何をやるべきか。それには人型ネウロイとの戦闘記録が重要で、打倒の手立てもそこから生まれる。
もちろん、もう一度人型ネウロイと遭遇する可能性などゼロに等しいのだが、ああ言う敵がいるということは、自分以外のウィッチが遭遇し、交戦するかも知れない。その時のために、何らかの戦訓なり戦術なりを作るのは無駄ではない。
自分は、司令室の前に立ち、ノックをする。
「どうぞ」
中から、ハンナ少佐の声が聞こえる。
「初美です。失礼します」
「どうしたの? 部屋が気に食わなかったかな」
少佐は事務仕事の手を止めず、書類にサインしながら言った。
「あ、いえ、そういうことではありません。無理を承知でお願いしたいことがあります」
「それは、人型ネウロイに関係することだね?」
「はい。恐らく、最重要機密で、自分の閲覧にはマンネルヘイム将軍の許可が必要だとは思いますが、できるならばすぐに」
ハンナ少佐は、手を止めて肩をぐりぐりとまわす。
「人型ネウロイの情報に関しては、アルダー隊の壊滅に伴って情報開示許可が出たから大丈夫だよ。ただ、すぐには無理だね」
まぁそうだよな。
しかし、ハンナ少佐の肩の動き、やたらと鈍いな。
「肩、こっているようですね」
ふむ、見た目随分と張っているようだ。
「ん? ああ、まぁね。507の司令になってからほとんど空を飛べず事務仕事ばかりだからね。ブレイブ隊のラル司令の苦労がわかるよ。せめて文官があと一人でもいてくれればまだましなんだろうけど」
「では、文官の仕事はできませんが肩なら休憩がてらほぐして差し上げられますよ」
「できるのかい?」
「ええ。そういう事は得意ですよ、自分は。失礼します」
微笑んで頷くと背もたれの低い椅子に座っている司令の背後に回り、肩の様子を探るために首筋を按摩した。なるほど、かなり凝っているようだ。筋肉が硬直し、柔軟さを失っていた。
首回りの筋肉がここまで硬直してるという事は、相当に肩が張り詰めているだろう。
「かなりこってますね」
「わかるの?」
「それはもう。扶桑武術をやっていると、そのあたりに詳しくなるんですよ」
そう言いながら、僧帽筋をほぐすために肘をあてがい、圧迫するようにマッサージしていく。
稽古中、怪我をした時の治療術の応用なのだが、そこまでは説明する必要はないだろう。
「んっ、そんなところまではってるのかい?」
「ええ。肩のコリは、このあたりからほぐさないと解消されないんですよ。ここは僧帽筋といって、首回りの筋肉とは一体の筋肉なので首回りや肩だけほぐしても意味がないんです」
揉み返しがおきないように、軽めに揉みほぐしていくと、すぐに血行が良くなりほのかに暖かくなっていく。普通の人間ならありえないが、この辺りの回復力は流石のウィッチだ。
「そうなんだ……んっ、しかしこれは……気持ちがいいね……」
ほぅ、とため息をつく。
ある程度ほぐれたところで、首回りの筋肉もほぐしていく。ここは肘ではなく手でじっくりと揉む。
「む……うん。あぁ……凄く気持ちがいいよ……これだけのために、少尉を引き抜きたいぐらいだ」
「ははは……」
流石に苦笑が漏れてしまう。
スカウトの理由がウィッチの腕としてではなく、按摩の腕を買われてというのは斬新だった。
首の根元のあたりのほぐしを終えると、鎖骨の下あたりの筋肉をほぐす。
「あ、すごいね……こんな気持ちいいの初めてだよ」
「そう言われると、こちらとしても揉みがいがあります」
「う……はぁ……あぁ、ほんと気持ちいい……」
そんなところに、ドアが勢いよく開かれ、迫水ハルカが飛び込んできた。
自分とハンナ少佐が呆然と見てると、
「何昼間からふしだらなことやってるんですか二人とも! そういうことをやるなら私も混ぜてください!」
と、鼻息荒く誤解とともに怒鳴り込んできた。
「自分はただ、司令の肩を揉んでいただけです。おかしな誤解は注意の頭の中だけに止め置いて下さい」
「でも、私は聞きました! ハンナ司令の、凄く気持ちいいとか、切なそうな喘ぎ声とかそんな声を確かに聞きました!」
「アキラ、やってくれるかな」
若干声が刺々しいのは、按摩の邪魔をされたからか。
「勿論です」
自分は魔女の力を解放して、ジャンプしながら半回転した。そして、天井に着地と同時に迫水へ向けて跳躍し、扶桑海軍きっての恥さらしの足元に着地すると、水面蹴りでなぎ払う。
「きゃっ!」
声だけは可愛らしい悲鳴をあげて尻餅をつく。その隙に彼女の背後に回り裸絞めをやりながらうつ伏せにする。
「動くと絞めますよ、中尉」
と、忠告したにもかかわらず、
「きゃっ!」
自分の太ももをさすり始めた。思わず短い悲鳴が漏れる。
「スベスベでいい肌触りの太ももですぅ」
ぬけぬけと言い放つ。
「いい根性だ」
そう囁いて、完璧に絞めた。
呻く声もあげる暇も与えずに、数秒で気絶させると、そのままにして立ち上がった。
脳の酸欠による気絶だから寝かせておけば勝手に回復する。
「凄いね……少尉。本気でいらん子に来るつもりはない?」
と、少佐が感嘆とともに言った。
「迫水中尉対策としてですか?」
「はは、それもあるけどね。体術があまりに見事だからさ。戦闘機ならともかく、ウィッチには重要だ。だから、あんなのを見せつけられたら、声もかけるよ」
あんなの、とは天井から床への三角飛びのことだろう。
「ハンナ少佐、わかってて言っているのでしょう?」
「ダメで元々だよ。ラル少佐じゃないけど、前線、特にJFWは優秀な人材が常に不足してるからさ。万一でも手にできるなら声をかけるのは当然だよね」
「無理ですね。自分にもやることがありますから」
「やっぱりね。まぁ、肩を軽くしてくれたお礼だ、すぐに閲覧許可書を発行しよう」