くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞   作:高嶋ぽんず

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くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞 五の巻 その六

 自分は、あれからすぐにトブルクまで搬送され、X線撮影までして骨折や脱臼の検査をされた。

 自分の経験上、骨折も脱臼も治療は完璧と自負できるものだったので、何もそこまでと拒否しようとしたのだが、ロンメル将軍が頑なに拒否、精密検査と治療をするよう厳命してきた。

 というわけで、ネウロイの巣の偵察を残念なかたちで終えた自分は今、既に骨が繋がりかけている足を釣らされ、関節周りの腱の伸びも治っているにもかかわらず左腕は三角巾でぶら下げられながら、個室のベッドに寝かされていた。

 ルーデル大佐は、怪我を無視して出撃したというが、その気持ちも分からなくはないと感じる。スツーカ大佐に倣って自分も病室を抜け出そうと企んだが、抜け出したところで木製疾風が大破した状態では何もできるわけもない。

 できることといえば、読書や書類作成、それに退屈しのぎに、こうして爪楊枝を、

「ふん」

 手裏剣がわりに投げて、飛んでる蝿を撃墜することぐらいである。お陰で、自分の部屋は蝿がまったくいない。

「初美さん、失礼するわ」

 看護婦を連れたウィッチ専門の女医(ヘルウェティア出身の、医療に長けたウィッチだそうだ。なんでもX線のように骨や内臓を見通せる魔眼の持ち主らしい)が、自分の病室に入ってきた。名前をララという。ひっつめ頭で白衣が似合う、すらりとした長身の持ち主。

 部屋に散らばる爪楊枝と蝿の死骸を見て、

「今日は何機撃墜したの?」

 と、ため息をついた。

「わからん」

 窓からまたもや蝿が入ってきたので、爪楊枝を投げて撃墜する。

「なぁ、もうほとんど骨はついてるし、肩まわりはほぼ完治したはずだ。いつまでこの軟禁状態が続くんだ?」

「ロンメル将軍が許すまで、かしら。医者としては、もう退院してもいいのだけど。カミール、血圧と体温の計測を」

「はい」

 そう言って、看護婦に自分の血圧を計らせる。看護婦は、色々な医療用具を乗せた台車から血圧計を取り出して自分の血圧を測り始める。

「それならせめてギプスを取ってくれないか? かゆくて仕方ない」

「用意はしてきた」

 ララは台車からハサミのような刀のような道具を取り出し、作業を始めた。

 本来ならギプスを外すのはそれなりの時間がかかるそうなのだが(石膏を切るのだから当然だ)、そこはウィッチ故に簡単なものだった。いっそ自分でハンマー使って砕いてやろうかと言ったが、骨折を悪化させるつもりかと怒られた。

 ともかく、そうやってギプスを外し、肩の三角巾もとれたところで、部屋が忙しない勢いでノックされる。

「どうぞ」

 と、ララが許可を出した。

「アキラ、無事かね?」

 ロンメルだった。今は作戦前の大事な時期じゃないのか?

 この駄狐付きの文官の気苦労を思うと怒鳴りたくなってくるな。まだマルセイユの方がほっつき歩かないだけましじゃないのか?

「ほぼ完治してますよ。で、奪還作戦はどうなってるんですか?」

「それについてなんだがね。君のヘイホウシャとしての知恵を借りたい」

 兵法者ときたか。おそらく、軍略についてだろう。やれやれ、そっちは専門ではないんだがな。

「専門ではないのですが、何が起きてるのか説明していただけますか?」

「エジプトのネウロイの巣が、昨晩のうちに消えた」

 は?

 巣が消えた?

 状況が把握できない。情報が圧倒的に足りなさすぎる。巣が消えるなんてことが実際にあるのか? いや、あるからこうやってこの狐がわざわざここまでやってきたのだろう。

「すみません、情報が足りなさすぎます。アフリカの周辺状況を教えてくれますか? あと、アフリカ、地中海方面の作戦スケジュールも。極秘作戦も含めてです。あ、それからララさん。会議室、どこか空いてませんか? 緊急です」

 とはいえ、扶桑は砂隊をここに送り出してるだけに、情報の収集はほぼ完璧だ。この辺で行われる大規模な作戦は二つしかない。

 目眩がした。

 さぁ、と血の気が引く音が聞こえてくるようだ。

「今、トラヤヌス作戦が進行中だ……エジプトの巣の強襲作戦も行われる予定だった」

 ロンメル将軍の顔も青ざめた。

「すぐに、トラヤヌス作戦本部に連絡を入れる」

 兎を追う狐のように、素早く静かに病室を出て行く。

 

 トラヤヌス作戦失敗、ならびに504壊滅の報せが入ったのは、その日の夕暮れだった。

 

 数日後、自分は修理された木製疾風とともに次の任地へと向かうことになった。

 せめて、スエズ運河の偵察だけでもやらせてくれといったのだが、ネウロイの巣の偵察だけで十分だと、ロンメル将軍とケイが言って聞かなかったのだ。

 あの時、自分が命令を無視してでもあの人型ネウロイを倒していたら、或いはこの惨劇も防げたのかもしれない。その後悔の念が、自分をアフリカにとどめて起きたい衝動の源だった。

 だが、それも過ぎたことだ。

 自分にやれることをやるしかない。

 そう言い聞かせながら、自分はアフリカを後にした。




今回で、アフリカ編は幕となります。
次の任地の話は薄ぼんやりとはできているんですが、まだ不確かなのでしばしお待ちください。

追記
さて、今回はラストで何が起きたのかあえて書かないで置いてあります。それは、本編への俺なりの解釈がかなりの割合で侵食しているからです。だから、その辺りはできるだけ曖昧にしたかった。
ただ、それだけだと納得できないかもしれないので、ここで説明します。
エジプト上空にあったネウロイの巣の消失ですが、俺の中ではあれはアフリカに存在する巣、全てで起きてます。
それらの巣がまとまってできたのが、トラヤヌス作戦の時に現れたあの巨大な巣なわけです。
ではなぜ、そのようなことをしたのかということになります。
ネウロイに、果たして意思決定機関があるのかとか、まぁ、いろいろ疑問に思う部分はあるのですが(怪異から進化したのがネウロイなのだとしたらない方がおかしいのです)、トラヤヌス作戦に対応したネウロイは、彼らの中では珍しいハト派で、あそこであの巣が交渉に成功してしまっては非常にまずいことになる。だから、アフリカを捨ててでもああするしかなかった。
そして、アフリカ軍は全戦力を持ってスエズ運河にあるネウロイの拠点(マルタ島のアレと同じものでしょう)を破壊、奪還に成功することになります。
そもそも、エジプトのネウロイの巣なんて、アフリカの貧弱な物量で果たして破壊できるのかという話になるんです。というわけで、自分を納得させるためにああなりました。

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