「う……あ、あ……」
異空間にあったはずの足が砂の熱さを感じていた。鋭い陽光がまぶた越しに突き刺さる。
どうやら、仰向けに倒れてるらしい。あれから果たしてどれ程の時間が経過しただろうかと疑問がよぎる。
「あ、うあ」
呻きながら、なんとか体を起こす。左肩がずきりと痛み、右脛に鈍痛が走る。
左肩が脱臼し、脛骨骨折したか。濡れた感覚はないから、脛骨は解放骨折ではないようだ。
ゆっくり、右腕だけで体を起こし、所持品の確認をする。幸運か、ほぼ全てが失われていなかった。直ぐに水筒を開けて水を少し口に含み、ユニットがどこにあるのかと辺りを見回す。
すると、自分が相当の砂をえぐって墜落したのがわかった。まるでゴルフのバンカーのように砂をえぐっていた。それが幸いしたのだろう。直射日光を浴びずにいたようだ。
そして、若干涼しくもある。
木製疾風は、装甲を大破させた状態で転がっているのが確認できた。
まぁ、それも当然か。
砂の壁に体を預けながら、右手だけで六分儀を使い、角度を図り時刻を確認。十五時を少し回っていたわネウロイの巣に到着してから二時間ほど経過していたようだ。砂を指でなぞり、おおよその位置を割り出し、インカムをオンにして、
「こちら《くノ一の魔女》、応答されたし、こちら《くノ一の魔女》……」
痛みを意識の外に追い出して、声を上げる。
受信状態にして応答を待つが、空電が続く。まぁ、当然か。
「さて、と……」
ポーチの中身を出して、ポーチを噛み、魔力を解放し左上腕部を右手で握りしめ、
「ぎっ!」
思い切り引っ張り、関節をはめる。
続いて、右脛を引っ張る。
「いっ!」
綺麗な単純骨折だったようで、一度で正しく折れた骨がかみ合わさってくれた。木製疾風の装甲の破片を拾い脛にあてがってぶちまけたポーチの中身にあった包帯を巻く。
一通りの応急処置は終わったわけだが。まぁ、これでは歩くのは無理だな。非常食として、ショカコーラを携帯させられていたっけな。あれがあればまぁ、多少は持つか。
夜は寒くなる。今、睡眠をとった方が賢明だな。ポーチを顔に乗せて、目を閉じる。
直ぐに睡魔がまどろみへと誘った。
脳天を突き抜けるような左足の鈍痛で、目が覚めた。そして肌寒い。
見上げれば、空は星で満ちていた。
夜、か。
また、水筒から水を一口。そして、ショカコーラを一欠片口に含み、唾液で溶かしていく。
あの人型ネウロイ、何をするつもりだったのか。
統合作戦本部は、あわよくばネウロイと講和を結べたら、とでも考えているのだろうか。
ネウロイとの和解、か。そんなことが果たして可能なのか。
「埴生の宿も 我が宿 玉の装い 羨まじ
のどかなりや 春の花 花はあるじ 鳥は友……」
何とは無しに口ずさむ。
『リベリオンの歌だったか? 《くノ一の魔女》も、そんな湿っぽい歌を歌うんだな!』
突然インカムから、マルセイユの声が飛んでくる。
インカムは切っておいたはずだぞ!
『ケイ! アキラの歌を受信したぞ! 生きてるぞあいつ!』
『よくやったわ、ティナ!』
『あきらさん、無事ですか? 怪我はありませんか!』
『よかった……アキラ。聞こえてますか?』
やれやれ、砂漠の夜をゆったり過ごそうと思ったらこれだ。
「はぁ……《くノ一の魔女》、負傷すれど任務は完了。繰り返す、負傷すれど任務は完了。木製疾風はスクラップ同然だろうがな」
砂漠を走るコマンドカーの音が聞こえてくる。
LRDGまで動かしたのか。
『どこを負傷したの?』
「左肩脱臼、ならびに右脛骨骨折だ、ケイ。両方とも応急処置済み。ほか細かい傷はあるが、直ぐに治るだろう。カメラとフィルムは無事だ」
『よかった。歌も歌えるようだし、意識はしっかりしてるみたいね』
「ああ。それから、ケイ。これだけは今伝えなきゃならん。エジプトの巣、人型ネウロイがいた。そして、《迷彩》を使用した自分が追跡された」
それを説明したら、しばらく無線が帰ってこない。よほどのことなのだろうな。
『了解した。LRDGが救援に向かうわ』
「コマンドカーのエンジン音が聞こえてるよ。彩光弾を上げる。ネウロイの反応はないんだろう?」
『だから捜索に来たのよ』
「だろうな」
十年式信号拳銃を、夜空に向けて放った。