くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞   作:高嶋ぽんず

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くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞 五の巻 その四

 エジプトにあるというネウロイの巣は、以前見たことのあるネウロイの巣のように、黒い積乱雲のような形で上空を蓋のように覆っていた。

 雷雲のように稲光が走り、一帯を支配するその姿は、写真で見るのと実際にこうして肉眼で見るのとでは大違いだった。

 ここにくるまで、いくつかの小型ネウロイを引き連れた大型ネウロイを発見したが、それを除けばいたって静かなものだった。ネウロイの支配地域は大抵がそうだった。

「静かなものだな」

 辺りを見回しながら独りごちる。

 人類の支配地域は空を飛んでいても、どことなく賑やかな雰囲気が漂っているものだが、ネウロイの支配地域にはそれが全く無い。静寂が漂い、時よりどこからかネウロイの鳴き声が聞こえてくるぐらいだったが、ここでもそれは同じだった。

「さてと……」

 カメラを取り出し、遠間からのネウロイの巣を何枚か撮影する。そして、横に回りながら撮影を繰り返し、ネウロイの巣の影になっている街と巣が一緒になっている構図もとってシャッターを切る。

 巣から、たまに地面に向かって落雷が落ちている。その度に、すでにボロボロになっていた街の建物が土埃とともに破壊されていく。

 これは、ウィッチが直接巣への襲撃をするのに邪魔になるな。

 さて、ここまでは鳩による偵察は何度も成功を収めている。資料性はあるだろうが、戦略に必要な情報はこれだけでは足りない。問題はこれからだ。

 自分は、意を決してネウロイの巣の真下へと進み始める。もちろん、固有魔法の《迷彩》も、いつも以上に出力を上げる。少しずつ、影の中へと入っていく。

 鼓動が耳にうるさく聞こえてくる。緊張で胸がはりさけそうだ。

 だが、あの時。《死神》にいた時、サイレントウィッチーズの犬房と共に大型ネウロイを撃破した時のあの時に比べれば、まだプレッシャーは感じられない。あの時、必死で任務を達成すること以外に何も考えられなかったが、後になって考えれば犬房を連れてネウロイの中に飛び込むなんてとんでもないことをしたのだ。

 それに比べれば、何ほどのものか。

 完全にネウロイの巣の下へと移動、同時にゆっくりと背面飛行に移行する。

 雨雲よりも黒い雲が丸天井のように空を隠していた。ゆっくりと黒雲が渦を巻きながら中央へと集まっていく。雷光がフラッシュ光を放ち、巣のおどろおどろしさを演出しているかのようだ。

 501や502が撃破したというネウロイの巣は、この中に無数の大型ネウロイが存在していたという。当然、この中にも大型ネウロイが無数に漂っているに違いない。

 緊張で喉がひりつくほどに乾く。

 腰に下げている水筒から、水を一口。潤った感じはするが、するだけで本当に飲めたのか疑わしく感じる。

 さて、まだ自分の《迷彩》は有効に働いているようだ。巣の下を漂うネウロイは一機もいないのがその証拠だ。

 さらに速度を上げて中央部へと飛んでいく。もちろん、その間もネウロイの巣やその下の街をフィルムに収めている。

 そして、中央部の直下。

 そこは、さながら鳴門海峡の渦潮を空に貼り付けたかのような光景だった。

 緊張が過ぎて、呼吸が小刻みになりそうになる。手が震えてシャッターが切れない。

 このままでは過呼吸になる可能性があると悟るや、すぐに腹部をへこませながら息を吸い、吐きながら膨らませ(所謂息吹という呼吸法だ)て、息を整える。

 そうして緊張を意識下へと押し込めると、慎重にネウロイの巣の中央部やその直下の街並み、そして中央部からの外周部の様子をカメラで撮影していく。何枚も、何枚も。フィルムが無くなれば、体が勝手にフィルムを外し、新しいフィルムをセットして撮影を続ける。

 そうしてフィルムを二つほど消費した時、異変が起きた。中央部から、一筋の雲がねじれを伴って落ちてきたのだ。竜巻が空から落ちてくるようなものだ。

 もちろん、その様子もフィルムに収めていくが、その筋の先端にあるものが何なのか理解した時、自分はそのものを何枚か撮影した後、木製疾風の魔導エンジンを全開にした。

 人型ネウロイだ。

 奴とは距離を取れ、交戦するな、が川股少将経由で降りてきた、殿下の命令だ。これだけは絶対に守らねばならない。

 巣の外縁まで到達すると、増槽タンクを切り離す。木製にしてしまったのが悔やまれる。金属製ならネウロイの気を引けたのだが。

 増槽がなくなったことにより、ストライカーユニットは軽くなり、さらに加速される。木製疾風の最高速度は時速にしておよそ600キロ。疾風より遅いとはいえ、扶桑の戦闘機の中でもトップクラスだ。これに追いつけるのはリベリオンの最新ユニットか、カールスラントのユニットぐらいしか……なんだと?

 念のため、背後を確認したその自分の目を疑った。

 人型ネウロイ……奴が、自分を捕捉し、追いかけてきた?

 くそっ! まずい、このままではまずい!

 奴をカルドロンまで連れていくわけにはいかない。

 だが、交戦は許されない。絶対命令だ。

 さらに速度を出すことは可能だ。《迷彩》に注いでる魔力をカットして、魔導エンジンに叩き込めばいい。だが、そうなればネウロイの巣の中にいるあいつらが目を覚まして自分を撃破しにくるだろう。

 どうする、どうするどうするどうする。考えろ、交戦せず、カルドロンまで追跡させず、やり過ごす方法を考えろ。

 人型ネウロイは、さらに距離を詰めてくる。

 現在位置は巣の外縁を離れ、ネウロイの巣の下の大型ネウロイの視認範囲外にでたはずだ。

 だが、それでも追ってくる。なんだ、なぜバレた。

 瞬間、魔導エンジンが、むせた。

 頭の中で何かが閃く!

 それか!

 エンジンの排熱を追ってきたか!

 ということは、自分が直接追われてるわけではないということだ。

 熱を拡散する方法を考えろ。

 雲海に紛れるか? 砂漠だから雲海はない。オアシスは……この辺りにはない。

 くそ、それしかないか!

 自分は、シールドを可能な限り最大限にはり、地表すれすれまで降りて、砂塵を舞い上げながら飛行する。エンジンに砂が食い込もうが関係ない。これによって《迷彩》の効果がどれだけ落ちるかなんて考えるな。

 とにかく、排熱を誤魔化すんだ。

 そう言い聞かせて、砂防メガネをかけ、手を伸ばせば砂に触れそうなくらいの低高度を最高速で飛行する。

 砂丘を乗り越え、岩を避け、背後を確認する余裕もなくとにかく飛んだ。

 ぼふっ!

 右足のエンジンが煙を吐き、停止しようとする。

 くそ、これが限度か。

 自分は《迷彩》の使用も中止して、シールドを最大出力ではり、そのまま墜落した。




今回ばかりは無理かと思って書いてました。
なんとかなるものですね。

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