現在、ストームウィッチーズを中核部隊とするアフリカ軍は、スフィンクスが居たとされる大釜(カルドロン)にまで勢力圏を拡大していた。補給路の確保や維持に莫大な戦力が必要と思われたが実のところそこまで大変ではなかったそうだ。というのも、地中海で西部方面統合総司令部がなにやらきな臭い動きを起こしつつあるようで、それに連動してネウロイもそちらに戦力を移動しているためだという。
西部方面が、またぞろおかしな事でも考えてるのかとカルドロンの駐屯地で念の為本国に問い合わせをしたら、川股少将から直接秘密回線で情報が漏れてきた。西部方面統合総司令部がやろうとしていることはトラヤヌス作戦といい、なんでも特殊なネウロイとの接触実験が行われるのだという。
特殊なネウロイってなんだと問い合わせたら、これまた簡単に人型ネウロイだとゲロってきた。
人型ネウロイ。
詳しい資料は後日こちらに送るとのことだが、1939年のスオムスではっきりとその存在を確認できたらしい。その時は、第507統合戦闘航空団、通称サイレントウィッチーズの前身であるスオムス義勇独立中隊が撃墜。その後、ブレイブウィッチーズと同中隊の共同作戦の折にも出現、これもなんとか撃墜したという。
初耳の情報だった。
今回、その人型ネウロイとのコミュニケーション作戦を行う関係上、西部方面統合総司令部がなにやら企んでいるらしい。今回の作戦でネウロイの反抗がすくないのも、トラヤヌス作戦への対応なのかもしれない。
とするならば、たしかにスエズ運河奪還作戦はタイミング的に今しかないということになる。偶然とはいえ、いい潮時に決行を決定したものだ。そんなことを考えながら、スエズ運河に向かう途中の進路を航空撮影していた。もちろん、《迷彩》を使用しながらだ。今日偵察する場所の北端に来たので、いつもより重いユニットを操って基地へと帰投する航路に移る。
重いのにも理由はある。自分の専用ユニットである木製疾風は、自分より先にこの地に送られ、砂漠仕様の改造を受けていたからだ。吸気部には砂が入らないよう、フィルターを取り付け、装甲の塗装も入念に施されたのだという。木製ゆえに感想で簡単に反り返ったりしかねないから、当然の処置だろう。他にも、あちこちに耐熱処理を施しているらしい。お陰でユニットは重量が増えてしまったがこれもやむをえない。何より生き残ることの方が重要だからな。
兎にも角にも、今のところはネウロイの姿一つ見えないのはいいことだ。できれば、スエズ運河のネウロイもこのまま大人しくしてくれていればいいのだが。
カルドロンに作られた簡易飛行場に着陸すると、タキシングで簡易発進促進装置まで移動していく。
「少尉、お疲れ様です!」
途中、バイクにまたがり追いかけて来た少年兵が並走する位置に来て声をかけてくる。
「貴君こそご苦労。現像を頼む」
「了解です!」
自分は、首から下げていたカメラとフィルムの入った腰袋を手渡すと、彼はそのまま現像室が設えられてるだろうテントへと走っていく。他の基地なら、促進装置にユニットを戻して降りた時点でカメラやフィルムを回収、ともすれば自力で現像室まで持っていくのだが、ここは違った。
とにかく急いているのだろう。
これぞまさに最前線ならではの慌ただしさだ。
簡易促進装置に木製疾風を戻し、ユニットから足を引き抜いていると、巫女装束を着て頭に砂防メガネを載せている短髪の女性が近づいてくる。もともと髪の毛は茶色だったのだろうが、砂漠の強い日差しでそれがさらに強調され、ピンク色に近い色合いになっていた。
扶桑海事変の隠れた英雄、加東圭子少佐その人だ。
「ご苦労様ね、《くノ一の魔女》」
と言って、キンキンに冷えた水の入ったコップを差し出してくる。
「少佐、それはやめてください」
と、苦情を言ってコップを受け取り一気に飲み干す。冷たい水が喉を落ちて胃にズドンと突き刺さるのがたまらない。
「それで、所見を聞きたいのだけどどう?」
自分の苦情を柳に風と受け流して、そう尋ねてくる。
「昨日と同じく、足跡一つなし。敵影も見当たらず、ですね。やはり件の作戦にあちらさんも対応してるのでは?」
件の作戦、すなわちトラヤヌス作戦のことだ。
「だとするならありがたいけど」
「そうもいかないでしょうね。今手薄な場所は?」
情報があれば、多少は状況判断ができるかもしれない。
「そりゃあトブルクでしょうけど、あそこはKAKとノイマン少佐が守備を固めてるわ。補給線を狙われたらおしまいだけど」
やはりそうだよな。
「ふーむ、そうなると自分なら地中海の制海権を取りに行きますね」
「やっぱりそうなるわね」
同じことを考えていたか。ただ、マルタは何年か前にネウロイより奪還して以来、守備隊が常駐している上に、第504統合戦闘航空団、アルダーウィッチーズの守備範囲でもある。
「でも、マルタ島は守備隊が常駐しているし、アルダーウィッチーズもいます」
「手を出す隙はない、とは思いたいわね。まぁ、面倒な話はここまでにして、夕食にしましょうか」
「了解です」