くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞   作:高嶋ぽんず

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くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞 外伝2

 川股少将は、部屋の奥、御簾の中に隠れている女性に対し、深く頭を下げながら持ってきた書類の束が入った紙包みを両手で差し出した。

 隣にいる、扶桑海軍水練着の上には扶桑陸軍軍装を着た少女(推測するまでもなくウィッチだろう)が、その女性の代わりに受け取りに出る。

 女性は、御簾の奥で少女からそれを渡されると、紅を引いたよりも鮮やかな赤の唇で微笑み、少女に一言二言告げ、代わりに少女が声を上げる。

「初美少尉は来られないのか、との仰せだ」

「はっ。少尉は、この書類をしたためると直ぐに海軍の二式大艇でアフリカに向かいました。もう時期行われるストームウィッチーズを中心とした、スエズ運河奪還作戦の前段階の作戦に従事するためでございます」

 女性は、やや残念な顔をしつつまた少女に耳打ちする。

「川股少将には苦労をかけた。引き続き、初美少尉については良き計らいをするように」

「十全な用意をしております」

 こうべを垂れながら、少将は慎重に言葉を選ぶ。女性の気性ならば、多少の無礼は笑って済ませてくれるだろうが、その周辺の人間が許さない。

「期待しておるぞ。初美共々、少将にも苦労をかけたな、下がってよい」

 少将が部屋に来てから始めて、女性は彼に届く声を出した。落ち着いていて聞き心地の良い声音だ。

「はっ、では皇女殿下、失礼いたします」

 

「しかし殿下、どうして初美を使うのですか。私の方が初美よりうまくやれます」

 川股少将が部屋を出てから、少女は敬愛して止まないかの人に訴えた。自分の方があんな乱波などよりよほど交渉上手だし、戦闘力もあるのにどうして自分ではないのかと。

「初美は事実上、わらわの名代だ。口がすぎるな、春原」

「も、申し訳ありません、殿下」

 女性、すなわち扶桑皇国を滑る皇の娘である皇女は、ため息をついて頭を振り、

「わらわは出来るなら、この身自ら欧州に向かい、民草の為に戦い、民草とともに復興を行い、そして民草のためにネウロイを撃破したかった。だがわらわにはこの国の守護という役目がある。それ故に、わらわは初美に名代を頼んだのだ」

「では、どうして初美なのですか」

「さて、どうしてだろうか。あいつに散々投げられたから、かもしれんな」

 皇女は、その時のことを思い出して、楽しそうにからからと笑う。

「で、殿下を投げた⁉︎」

 少女は裏声になるほどの動揺を隠せず、目を白黒させながら声を上げる。

「ああ、そうだ。あやつ、投げたよ。魔女の力を発現させたわらわを、普通の状態でな。あやつの師匠が言っていたぞ。武術の才にかけては自分を凌ぐ、とな」

「いや、しかしそうであっても殿下を投げるなどと」

「わらわが望んだのだ。最初はわらわも普通に挑みかかったのだが、何度も痛くないよう、手心を加えて投げられてな。頭にきたわらわは魔女の力を使って挑みかかったんだが、思い切り投げ捨てられたものだ」

 その時の様子を思い出して、喉の奥で笑う皇女。

「しかし、それでもです。殿下を投げるなど言語道」「くどいぞ春原」

 言い終わる前に、皇女は春原の言葉を遮った。

「わらわはあの時、騎士の称号を得て扶桑に戻ってきたあの時に、自ら望んで稽古をつけてもらったのだ。そしてその後で、初美はこう言ったぞ。『殿下、魔女としては確かに才覚はありましょうが、武術の才覚は魔女ほどではありませんね。でも初心者はそんなものです。自分もそうでした。どうですか。皇女が本気で習おうというなら、自分がお教えしましょう』とな。結局諸々の事情が重なって習うことはなかったが、代わりに友誼を結ばせてもらった。いや、ああまできっぱりわらわに物申す輩など、あの初美以外にはおらなんだぞ」

 楽しそうに語る皇女とは対照的に、春原は顔色を真っ青にしていた。なんたる事をしでかしていたのだ、あの武術馬鹿は。疾く任務を中止させ、扶桑に呼び戻してしかるべき沙汰を下さねばなるまい。

 彼女が心に決めていると、皇女は、

「よもや呼び戻して任務を解いて処罰しようなどとは考えておるまいな」

「当然で御座います陛下。不敬にも程があります。彼奴めには自分の立場をしつけてやらねばなりません」

 それを聞いた皇女は、流石にため息をついた。ここまで杓子定規な奴だったかと思いを巡らせ、

「よいか、わらわが望んだのだ。全てな。初美を裁くなら、それをさせたわらわも裁かれねば間尺に合わぬだろう。違うか?」

 噛んで含めるように言った。

「そ、それはそうですが」

 言葉ではそういうが、春原の表情を見れば不満を持っているのは明らかであった。

「わらわがお前ではなく初美を選んだのがそんなに不満か」

 などと質問すれば、

「い、いえ、そういうわけでは……」

 と、このように途端に狼狽するのだから図星としか言いようがない。

「そういうことにしておこうか。さて、わらわはこれより初美の報告書を読む。春原は自分の仕事に戻るがよい」

 そう言って、春原に退室を促し、自分は封筒から書簡を取り出した。

 本来なら執務室に移るべきなのだろうが、とにかく早く読みたくて仕方なかったのだ。

 初美が、自分の代わりに欧州で体験したことを。


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