自分が暗闇から戻った場所は、見たことがない病室だった。ここには自分以外に誰もおらず、無表情な白い壁や天井がそこにあった。
体を起こそうとすると、そこで初めて体のそこかしこに包帯が巻かれているのに気づいた。着衣は着慣れた陸軍のものではなく、入院患者用の白い肌着だ。
まぁ、あの中で生き残ったのだから、それだけで僥倖だろうな。
さて、と呟きながら自分の体の異常を観察していく。
身体中に痛みはあるが我慢できないほどではない。おそらく打撲だろうが、痛みから推察するに骨折の類ではないようだ。骨折は、捻挫のような痛みと鈍痛、それに疼きが伴うものだが、それが感じられないからだ。所々に、皮膚がひきつる痛みがある。これは擦傷によるものだろう。
どうやら、自分は打撲と擦傷だけで済んだようだ。これなら、今日明日にでも動けるようになるだろう。
ゆっくりと体を起こして、改めて体全体の様子を内観する。腹式呼吸で深呼吸して、肺や肋骨の痛みを調べ、腹部に手を当てて内臓を探るが、どこにも異常はない。
ベッドに腰掛け、ひた、と素足で床に立つ。
大腿骨の骨の痛みもなく、腰も問題ない。膝下は、ストライカーユニットの異空間にて保護されているため、異常はありえない。
健康体からは程遠いが、作戦に従事できぬほどでもない。
体全体に魔力を込めれば、あたりは自分の魔法力の輝きによって青く照らされ、ムササビの丸い耳や平たく大きな尻尾が現れる。
底を尽きたかとも思ったが、魔法力に関しても問題はないらしい。丈夫に産んでくれた両親に感謝だな。
さて問題は、自分がどれぐらいの間意識をや失っていたかだが。状況によっては、スエズ運河奪還作戦に間に合わないかもしれない。
これからどうするか、と思案しながらこきこきとあちこちの関節を鳴らして、固まった体をほぐしていると、四回、扉がノックされる。
「どうぞ」
と、入室をうながせば、
「生きていたか」
そんな台詞と共にゴロプ少佐が一人で入ってきた。
自分は彼女に向き直り、
「犬房はどうしましたか?」
「無事だ。貴様があの犬もろともシールドを張ったおかげでな」
自分はそんなことをしたのか。魔力切れを起こした直後から、意識を失って何をしたのか覚えていない。
「無茶をしたな」
「少佐の出した作戦ほどではありません」
口答えだ。でも、あのネウロイの変化は、それぐらいは言ってもいいアクシデントだろう。
それをわかっているのか、少佐は自分の減らず口に何も答えず、
「喜べ。スエズ運河奪還作戦までまだ十二分に日がある。それで、貴様はどうする」
「は? どうする、とは?」
「どうやら貴様は、普通の軍務規定にはない命令系統で動いてるようだな。貴様を505に引き入れようと手を打ったがどうにもできなかった。ただ、貴様が望むなら505に所属することを赦すという言葉尻を得ただけだ」
自分をミラージュウィッチーズに、か。
彼女なら、自分の力を十全に引き出し、有用に使うだろう。魅力的といえば魅力的なのだが……。
「申し訳ありませんが、自分にはやることがあります。ありがたくはありますが、断らせていただきます」
そう、自分にはやるべきことがあって、それはあの方の願いでもあるのだ。
「だろうな。505に縛られては、貴様のやるべきこともできんだろう。腹立たしいことだがな」
「そこまで自分を買っていただき、有難うございます」
「ふん。貴様を一番有用に使えるのが私だから使おうと思ったまでだ。自惚れるなよ」
「わかっております」
ゴロプ少佐は、すっと息を吸って自分を睨むと、
「さて、扶桑皇国陸軍、初美あきら少尉。白浜少佐にかわり、本日をもって《死神》部隊の教練任務の任を解く。これより急ぎ扶桑に戻り、アフリカに向かえ」
「了解しました!」
自分は背筋を伸ばし、扶桑陸軍式の敬礼を行った。
その後、自分は丁寧に修理された木製疾風を履いて、ミラージュウィッチーズの基地を後にした。
最後に《死神》の連中や犬房と一言別れの挨拶をしたかったが、犬房は任務で基地にはおらず、《死神》は本拠地へと帰還していた。 こればかりはしかたあるまい。
まぁ、命があればまたいつか、彼女たちと会うこともあるだろう。その時に交わす言葉でもじっくりと考えておくとするか。