くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞   作:高嶋ぽんず

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くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞 四の巻 その九

 第505統合戦闘航空団、通称ミラージュウィッチーズの基地は、カスピ海に面したアブシェロン半島にあるバクーから北に少しいったところにあった。元々そこは飛行場として輸送などのハブとして活用されてきたのだが、ネウロイとの戦争が始まってからはサンプトペテルブルグと同様にバクーからも人が消え、現在は505の直営地となっている。

 505といえば、トランシルバニアのシビウより始まった最も長い撤退戦で、多くの一般人や兵士を助け、ボロボロになりながらも戦い抜いた、生え抜きの部隊として有名で、当時東欧で戦っていた兵士達の希望の光であったという。

 すなわち、彼女たち505部隊は、ある意味において501以上にウィッチとしての有り様を体現した部隊と言えるだろう。

 そして、その部隊の隊長は、恐怖を持った辣腕で崩れ落ちそうな士気を叩き上げ、死中の活を作り出してきた小さな女傑、グレーテ・マクシミリアーネ・ゴロプ少佐である。

 東欧のオストマルク空軍出身で、リヴォフ方面の防衛の要として活躍していた。

 最も長い撤退戦の口火をモエシアにて切り、それ以来バクーまでの四五〇〇キロの撤退戦を指揮し続けた。年齢的にはそろそろ引退のはずなのだが、後任が決まっていないのか未だに空を飛び続けている。一説には、部下との約束を守るため飛び続けているというが、それは定かではない。

 傲慢にして尊大、鉄の規律を持って部隊を指揮し続け、事をなすためならばあるいは502のラル少佐よりも際どい手段も取ると聞く。有名なウィッチの士官としてはかなり珍しいタイプだった。

 さて、自分は《死神》と共に、そんな505、ミラージュウィッチーズの基地にまでなかば拉致のように連れてこられてきた。

 表面上は、ネウロイに襲われていた《死神》をバクーまで避難させた、という体をとってはいるのだが、彼女の強引さは生半可なものではない。

 つまりはそれだけ来るべき陸戦ネウロイの戦力が強大で、505だけでは対応しきれないという事なのだろうか。

「お前を呼んだ理由、言われずともわかっているな」

 自分は一人、小さな執務室に連れてこられ、机のむこうのゴロプ少佐にそう言われた。

「強行偵察、ですか?」

 自分は、直立不動で尋ねる。やらせるとしたらおそらくこれだろう。

 ところが、ゴロプ少佐はため息をついた。

 違うのか?

「お前はなにを言っている。お前とうちの犬房で低空から接近し待機。合図と共に砲身から内部へ侵入、コアを爆破せよ。これが命令だ」

 絶句した。

 たった二人で超大型陸戦ネウロイを撃破しろだって?

「驚くことではないだろう。少数で大物を食らうのは、お前たち扶桑人の得意とするところだ。古くはいらん子の穴吹がルーデルと共に大型陸戦ネウロイを撃破しただろう。それに、最近では501の宮藤しかり、502の菅野と雁淵しかり。幸い、貴様は犬房の教官だったそうじゃないか。なおさら適任だろう。何の問題もない」

 問題だらけだ。

 どうしてこう、自分に無茶振りをする。いい加減にしてくれ。

「冗談じゃない。自分と犬房の二人でなんて、どうやっても不可能だ!」

 やって当然、できて当然というゴロプ少佐の態度に、自分は声を荒げた。

 確かに犬房とは、陸軍兵学校で教鞭をとったときに顔を合わせ、遊戯を結んだ仲だ。

 あいにく、犬房に武術の才はなかったものの、生き残ろうとする意志は人並み外れていたのを覚えている。恐らく彼女の鋭敏なその嗅覚が幾度も彼女の、ひいては505の隊員たちの命を救ってきたのだろう。

 犬房が505にて自分が教えたそのサバイバル技術でかかる困難を乗り越えたと聞いた時は、教えた甲斐があったと感じたものだ。

 だが、それとこれとは話が違う。自分は犬房が陸戦ウィッチだった頃までしか知らないし、彼女の力量もわからない。

 もちろん、505で活躍しているのだから自分よりも腕が上なのはわかるのだが。

「お前、自分の固有魔法がどれほどのものか、まるで理解してないのだな。扶桑陸軍はなにをお前に叩き込んだのだ。ピクニックごっこか?」

 深いため息をついた。心底呆れた、と言わんばかりだ。

 自分は、流石に抑えきれなくなり、ゴロプ少佐の皮肉を殺意で返した。

「殺気だけは一人前だな。よく覚えておけ。お前の固有魔法の《迷彩》は、ネウロイの目をごまかすだけじゃない。お前の後ろを遮蔽し、隠匿する。つまり、お前の陰に隠れれば、ネウロイの目を誤魔化すことも可能ということだ。そんなこともしらんのか」

 自分は言葉を失う。

 そんなことなど想像したこともない。

 果たしてそんなことがありえるのか。

「どういう仕組みかは知らんが、貴様の固有魔法はレーダー波はもちろん、魔導波すら吸収してしまう。すなわち、そうした電波などは反射しないということだ」

 そうか、そういうことか。なるほど。

 自分は、少佐の言うことに理があるとわかるや、沸点限界まで到達していた怒りが一気に冷却されていくのを感じた。

「気づいたか。どうやら馬鹿ではないようだな」

「少佐の言いたいことはわかりました。ですが、自分の作り出す影の中に隠れるのは容易いことでないと思いますが。自分が《迷彩》を使用してる時は、視認しづらくなっていると聞きます」

「一直線だ」

「は?」

「お前はネウロイの砲身へ一直線に飛ぶ。犬房はその真後ろを飛ぶ。それで解決だ」

 目が点になる。

 この人はなんてことを言いだすんだ……が、攻撃が分散してくれれば、おそらく問題はない。何しろ、505と《死神》の腕利きが制空するのだ。やってできないことではないだろう。

 なるほど。これがゴロプ少佐か。

 その人間をもっとも活かせる場所で、的確に運用する。彼女ができると言ったことは全てが可能だからこそ言っているのだという。そんな噂はかねてより聞き及んでいたが、信じられるものではなかった。彼女がそこまでの人間だとはとても理解できない。

 だが、やろうとした作戦が、一見無謀のように見えてその実考え抜かれていたように思える。

 そして、使い手の自分ですら気がつかなかった《迷彩》の別の使い方まで指し示した。

 抜群にうまいな、この人は。

 いままで自分が会った誰よりも、人を使うのがうまい。

 確かに鉄の規律をもって部隊を統括、指揮しているのだろう。だが、ゴロプ少佐の部下達は、自分たちを殺さず、生かして活かす事を理解している。

 よりよく自分を使ってくれる。それは、死を前にして戦っている部下にとって得難い上官だ。

 厳しいが、やり甲斐がある。

 最も長い撤退戦を落伍者なしでここまで連れてきたのは、彼女のこういう特質故か。

「なにをニヤついている。気持ち悪いな」

 憮然とした表情で、彼女は吐き捨てるように言った。

「いえ、お気になさらず。ゴロプ少佐という人間をいささか見誤っておりました」

 少佐は、つまらなさそうにふん、と鼻を鳴らす。

「作戦概要は理解しました。これから全員に作戦概要の説明をされるのでしょう。急ぎましょう。ネウロイは待ってはくれません」

「お前が余計な時間をとらせるからだ。全員待っている。ついてこい」

 椅子から立ち上がり、するりと自分の脇を通って廊下へ出る。

「了解しました」

 さてはて、どうなることやら。


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