くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞   作:高嶋ぽんず

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くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞 四の巻 その三

「そうだ。お前はこれから死神になる。そして、《死神》で行われている戦術も実践できるようになってもらう」

 話が急展開すぎて頭がついていかなくなってきた。

「申し訳ありません。状況に理解力がついていかないのですが」

「早い話が、あなたを《死神》にいれてしごき倒す、というとです。これは、坂井少佐からの願いでもあります。あなたにウィッチとしての自信をつけさせてほしいと言われました」

「《死神》はウィッチの更生施設ではないのだがな。坂井少佐には世話になったから特別に引き受けたわけだ。前隊長の檜少佐の行き先を世話してくれた恩義もあるしな」

 怪我を負って退いたウィッチを引き受けたとは聞いていたが、隊長だったのか。

「もちろん、私たちもお人好しの集団ではありません。あなたには私たちが試している戦術がどれだけの難しいのかその評価をしていただきます。それが、私たちが坂井少佐に出した条件です」

「俺たちが運用している戦術は、ロッテ戦術やテッケ戦術を組み合わせた複雑なものだ。誰もが一番機であり二番機、三番機でもある。そのためには各員が一定以上の技量を必要とするが、防衛のための戦術としてはかなりの効果を期待できる。この戦術を煮詰め、すべての部隊ができるようにまで落とし込むのが、今、我々《死神》がやろうとしていることだ」

 と、トーシャ大尉。

「そんな戦術を自分が簡単にこなせるようになるとは思えないのですが」

「できます。基本としてロッテやテッケがこなせてホバリングができるなら可能な戦術なんです」

 そんな夢のような戦術があるなら、何故今まで誰もやらなかったんだ、とは思うが、単純に誰も思いつかなかっただけなのだろう。世の中だいたいそんなものだ。

「逆にいえば、これらができなけば不可能な戦術と言えます。そして、現状において防衛戦術はこれ以上のものは考えられないでしょう。戦術名はクロエ戦術。魔のクロエが、505への転任直前に閃いて、戦術の草案を残したことからそう呼ばれてます」

「この戦術をやるにはお互いの連携をきっちり取れないと話にならねぇ。具体的にはこうだ。ウィッチは一人一人、担当する空域が与えられる。その空域は必ず二人が担当するよう範囲が重ねられてるわけだ。ここまでは理解できるか?」

「まぁ、わからなくはないです。要はウィッチが移動可能な空中砲塁になるのですよね」

「飛行戦車でもいいな。で、担当空域に侵入してきたネウロイを、ウィッチが迎撃する形になる。この時、よりネウロイに近いウィッチが一番機、遠いのが二番機になる。そして、あいた空域は近くのウィッチがカバーにはいる、というわけだ」

 なるほど、空中で機動防御戦術をやろうっていうわけか。確かにこれなら、数機の中型ネウロイや小型ネウロイの迎撃にはむいているだろうな。

「大型ネウロイの迎撃向きではありませんね」

「大型は、未だロッテやケッテで対応できる相手ではありません。501の戦訓に従い、遠距離からの狙撃やフリーガーハマーによる打撃の後にシールドの強いウィッチが先導し、コアを狙うのが正攻法でしょうね。クロエ戦術についての質問はありませんか?」

「おおよそのイメージはつかめました。ですがこの方法だと、指揮官は《空間把握》の固有魔法持ちが必要な上、指揮官には相当の負担がかかると思うのですが、違いますか?」

「そこに気がつくか。なるほど、スコルツェニーが欲しがるのもわかるぞ。俺もお前を欲しくなってきた。今現在はお前のいう通り、指揮官頼りの戦術だ。だが、行く行くは指揮官抜きでも可能になるようにしたいと思っている。誰もが指揮官であり、一番機であり二番機、三番機になる。これがクロエ戦術の完成形だ」

「カールスラントの訓令戦術ですか」

 訓令戦術とは、小隊の隊長それぞれが独自の判断で動き、他の部隊や兵士と協調して戦う戦術で、これが可能になると戦いの幅が大きく広がることになる。寡兵でも部隊の数を増やすことで有利に運ぶことも可能になるし、指揮官がなんらかの理由で指示を出せなくなっても、即座に対応することができる。とかく欠点がないように思われがちだが、見込みのありそうな兵士に時間をかけて教育しなければならないため、速やかな戦力増強が必要な時には有効な戦術ではない。

「なぁ白浜、ちょっと確認しておきたいんだが」

 眉を寄せて難しい顔をしながら、トーシャ大尉は白浜少佐を見た。

「なんでしょう」

 質問を受けた白浜少佐は、淡々と返事する。

「こいつ、尉官だよな」

「そうですね」

「扶桑陸軍は尉官には士官教育をしてないんだよな」

「よくご存知ですね」

「クロエから教わったからな。って、そうじゃなくてだな。士官教育を受けてもいないのに、どうして他国の戦術に明るいんだ?」

「それが、スコルツェニーが彼女を欲しがった理由でしょうね。私も欲しくなりました。502のラル少佐に目をつけられる前にどうにかした方がいいかもしれません」

「なるほどな」

 多分、ヒゲメガネを説き伏せるのは不可能だと思うぞ。あれでも諜報機関のトップだ。いざとなれば何をしでかすかわからん。

 まぁ、自分にそこまでの価値があるのかと問われたら疑問符が浮かぶのだが。

「少しばかり話がとんだな、悪かった。ともかくクロエ戦術とはそういう戦術だ。お前なら二週間あれば曲りなりでも形にはなる。まぁ、今日のところは移動の疲れもあるだろう。明日から推測航法とともにクロエ戦術も叩き込むぞ」

「はぁ……拒否権はないようですね」

 どうやら、いやもおうもないらしく、この日、うやむやのうちに《死神》に身を預けることになった自分だった。

 地獄への片道切符を渡されたような気分になってきた。


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