くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞   作:高嶋ぽんず

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くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞 四の巻 その二

 時間は幾分巻き戻る。自分、すなわち初美あきら扶桑皇国陸軍少尉はそもそも、死神には彼らに剣術やサバイバル技術の教練のためにやってきたその時点にだ。

 航空隊なので、規模はそれほどでもないとは聞いていたのだが、基地そのものは数百人規模の人員で動いていて、言われるほど小さいものではなかった。

 これだけの規模になったのは、おそらく、ミラージュウィッチーズとの連携も考慮してのことだろう。

 自分は、そんな基地の司令官室に訪れていた。

 司令官兼《死神》隊長の名前は白浜美奈代。扶桑海軍少佐で、部隊指揮においては相当の技量をもってならしていた。扶桑海事変の頃はまだ年若く、ウィッチとして前線に出るのは早すぎたらしい。

 艦載ウィッチの指揮をやらせたらかなりのものな上に、外務省高官の娘、さらにウィッチの中でも特に眉目秀麗にして才女でもあるという。

 そんな彼女は、左にオラーシャ空軍のウィッチを従えながら事務机に腰掛けていた。

 白浜少佐に付き従うように立つ彼女は、部隊の副隊長と戦闘隊長を兼任する名うてのウィッチだ。名をヴィクトーリヤ・ポプコフ、通称トーシャといい、階級は大尉。

 固有魔法は《思考加速》。

 何かを感じた時や状況判断の速度が加速され、次に起こす行動、動作の速度が格段に速くなるのだという。魔法力消費が激しく滅多に使わないが、使うや否や未来予知にも見える速度で攻撃を避け、攻撃をくわえる。

 オラーシャの魔女らしくなく、感情の起伏が激しくアグレッシブな性格だと聞いている。

 二人は、自分の入室と同時に、熱意に満ちた視線を投げかけてきていた。

《死神》は502ほどではないにしろ被撃墜数の多い部隊でもあり、いくら欧州の狭い戦場とはいえども、サバイバル技術が必要であり重要なのは事実だ。それ故の熱意なのだろうか。

「本日より、戸隠流剣術、並びにサバイバル技術についての教練をするために参りました。遣欧義勇隊所属、初美あきら陸軍少尉であります」

 自分は、扶桑陸軍式の敬礼で持って名を告げた。

「ようこそ第四二統合戦闘飛行隊へ。お待ちしてましたよ、《くノ一の魔女》」

 なんでそのコールサインを知ってるんだ。

 驚いた自分を見た少佐がくすりと笑った。

「西部方面総司令部発で、全総司令部に通達され確定してしまってる。嫌がるのはわかるが、諦めたほうがいいぜ」

 トーシャ大尉がニヤニヤ笑いながら言う。

 誰だ、そんなものを広めたのは、などと思考を巡らせてしまいそうになるが、今はコールサインにこだわっている場合ではない。

「着任早々ですが、初美さん。ストームウィッチーズよりある作戦への参加要請があり、川股少将はこれを許可しました」

 は? すとーむうぃっちーず? ストームウィッチーズだって? 自分があの激戦区に? 

「くくくっ。あきら、今のお前の顔、写真に撮っておきてぇよ」

 このバーバヤーガめ。人ごとだと思ってよくもまぁ笑いやがって。

「そのために、初美さんはこの部隊で推測航法を習得してもらうことになります。私たちへの教練も含めた期限は二週間。激務でしょうが、坂井陸軍少佐や、スコルツェニー中佐のレポートを読む限り、あなたにはそれだけの学習能力があると確信しています」

「白浜少佐、申し訳有りませんがアフリカ行きの命令は承伏しかねます。自分があの場所で役に立てるとは思えません」

 いくら何でも無茶苦茶だ。というより、このところこんな任務が続いてやしないか? いや、これが軍属というものだと言われればそれまでなのだが。

「《迷彩》を持つあなただから選ばれたのです。ストームウィッチーズは、近くスエズ奪還作戦を決行します」

 ははん、そういうことか。

「先行して空撮を行えということですか」

「《ぎっくり腰》作戦の時と同じです。それだけあなたは期待されているということですね」

「自分のように高高度からの偵察ができるウィッチがいればいいのですが」

 自分のような《迷彩》を使えるウィッチが他にいるとは聞いたこともないが。

「確かに、何人かあなたのように高高度からの偵察が可能なウィッチはいますが、あなたほど強行偵察にむいたウィッチは存在しません」

「スエズ運河の奪還ができれば、欧州と東洋をつなぐ補給航路が大幅に短縮される。そうなれば、俺たちはネウロイとの戦争においてより優位になる。それぐらいわかるだろ、くノ一」

「それはわかるんだが……」

「羨ましいことだぜ、まったく。俺が《迷彩》を使えたら、お前のかわりにやりたいぐらいなのによ」

 ばちん、と右拳で左の手の平を叩きつける。さすが戦意旺盛な《死神》部隊の戦闘隊長だ。

「自分にしかできない、か……せめて、もう少し自分がウィッチとしての才能があったならと思いますよ」

 四強並みとは言わない。せめてペリーヌほどの技量があれば、自信を持って任務を引き受けることができるのだろうか。

「あなたは、自分の技量を信じられないのですね。ご存知ないようですから告げておきます。あなたにはグローリアスウィッチーズ、フリーデンタール駆逐戦隊へのスカウトが打診されていました。そしてペリーヌ・クロステルマン侯からは義勇兵としてパ・ド・カレーへの長期駐在要請と501への参加要請です。扶桑陸軍はそれら全てを拒否しました」

 自分は、その言葉にまさしく呆然とした。ペリーヌはわかる気がするが、それ以外はどれもこれもエリート部隊じゃないか。

 グローリアスウィッチーズは、以前スカウトの話があったとはきいたことがある。ブリタニア防衛の要となる部隊で、規模はJFW相当のものだという。隊長は《足なし》バーター。

 フリーデンタール駆逐戦隊はオティーリア・スコルツェニーを隊長とするウィッチの特殊部隊で、オティーリアの作戦を次々と成功させてきたエリート部隊だ。

 501は今更語るべきこともないだろう。ウィッチで知らぬ者などいない、超エリート部隊。我々打撃魔女の総意にして最強の部隊。

 それら全てからの招聘があったなど、聞いたこともない。

「……聞いておりません」

「でしょうね。川股少将は初美さんを決して手放したくないようですから、この手の情報をあなたの耳に入れたくなかったのでしょう。それはともかく、初美さんには少しウィッチとしての自分に自信を持っていただかなくてはなりませんね。ヴィーテニカ」

「わかった。初美、名誉なことだぞ。貴様を《死神》に所属させる。ヒゲメガネの威光なんぞ糞食らえだ。ここにいる間、貴様は《死神》の部隊員としてネウロイを殺す死神になるんだ」

 事態の展開に思考が追いつかない。自分が《死神》所属になるって?


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