くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞   作:高嶋ぽんず

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くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞 三の巻 その十七

 電話の呼び鈴が鳴ったのは、オティーリア中佐との通信が終わって五分少し経ってからだった。

 二度、呼び鈴が鳴ってから、緊張を断ち切るつもりでままよと受話器をとる。

「はい、こちらクロステルマンです」

 念のため、自分の名ではなくペリーヌの苗字で電話に出ると、

『こんにちわ。貴女が《くノ一の魔女》ね』

 柔らかで通りのいい声が受話器の向こうから聞こえてきた。発音や声が明瞭に聞こえるのは、声楽を学んでいたからだろうか。

 さすがはヴィルケ中佐といったところか。

「ええ、わざわざの連絡、感謝いたします。ミーナ・ディートリンデ,ヴィルケ中佐。それから、自分の呼び方についてお願いがあるのですが」

『なにかしら』

「苗字でも名前でも呼び捨てで構わないので、コールサインで呼ぶのはやめていただけないでしょうか」

『あら、スコルツェニー中佐からは、貴女はスパイだから本名では呼ばないように、と注意されていたのだけど』

 あの女め……。

 困り顔の自分を思い起こしてニヤつているスカーフェイスが目に浮かぶようだ。

「スパイはスパイですが、そちらが本業ではありません。自分は斥候、偵察を主にするくノ一です。その、へんな勘違いが一人歩きされるのは困るので訂正させてください」

『ふふ、わかったわ。では、初美さんでいいわね』

「ええ、もちろんです。これからもぜひそう呼んでください」

 やれやれ、これからはコールサインで呼ばれるたびに訂正しなければならないのか。

 仏罰にでもあたってしまえ。

『まずは、先の《ぎっくり腰》作戦についての話をさせてちょうだい。初美少尉、本作戦ではよくやってくれました。聞くところによると、貴君がいなければ、ブラウシュテルマーの位置さえわからなかったと聞きます。本作戦の大役をよく勤めてくれました。欧州の人間として、心より感謝します』

「ウィッチとしてやらなければならない事をしたまでです。ですが、何故自分があの作戦に参加していた事をご存知なのですか?」

 そう尋ねると、彼女はふふっと笑って、

『ヨハンナに聞いたのよ』

 ああっ! ヴィーゼ少佐か!

『たっぶり絞られたみたいね』

「汗顔の至りです」

『はぁ……美緒もそうだけど、どうして扶桑の魔女はそうなのかしら。ふらふらふらふら、あっちにいったりこっちにいったりで、全く連絡よこさないし』

 む、唐突に愚痴が始まったか。

「あの、ヴィルケ中佐」

 深みにはまる前に声をかける。

『あっ! ああ、そうね。ごめんなさい、初美さん。それで、ペリーヌさんの事よね』

 慌てて取り繕うように本来の要件について話を振ってくる。

「はい。彼女のことについて、少々骨を折っていただきたいのです」

『どんなことかしら。506に関することなら力にはなれないわ』

 最初にそっちに話が振れるか。

 中佐もよほどその件については悩まされているようだ。

「中佐、今回のことはその件ではないのです。

単刀直入に言わせていただくと、ペリーヌをそちらに呼んで、一日でいいから邸宅を留守にさせてほしいのです」

『こちらって、ペリーヌさんをサントロンまで呼び出すの? それは構わないけど、理由を聞かせてくれる?』

 まぁ、そうなるよな。

「はい。只今、自分は義勇兵としてパ・ド・カレーの復興の手伝いをしているのですが、領民たちがペリーヌへの感謝を示したいがどうしたらいいだろうかと、そう相談してきたところから話は始まりますーー」

 

『わかったわ、初美さん。でもどうして貴女がそこまでするの?』

 もっともな質問だった。

 ヴィルケ中佐は自分とペリーヌの出会いも今までのやり取りも知らないわけだから、当然だろう。

「いくつか理由はありますがそれはとるにたらない事。唯一にして最大の目的は、ペリーヌに心からの笑顔を浮かべてほしいからです」

『ふふっ、そういうことね。わかったわ、初美さん。貴女の要望をかなえます。スコルツェニー中佐の面目も潰しちゃいけないし』

「感謝いたします」

『でも、これは覚えておいて。このことは貸しにしておくから』

「当然ですね。それでは」

『ええ、今度は顔を合わせて話をしたいわね』

「機会があれば、ぜひに」

 そう答えて、受話器を静かに戻す。

 さて、これで手はずは整った。

 あとは、材料を手に入れるだけだが、それはカレー港まで出向かないと話にならない。

 そして、それを手に入れる軍資金だが、これについてはあらかじめ陸軍より軍資金を渡されているので、それをあてるとしよう。もし足りなかったら……大道芸でもやって稼ぐか?

 


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