くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞   作:高嶋ぽんず

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この小説は、pixivに投稿したものの再投稿になります。


くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞 三の巻 その十四

「まぁ、初美さんがこのお味噌汁を作ったの?」

 ペリーヌが、スープ用の皿に盛られたジャガイモと玉ねぎの味噌汁をみて声をあげた。早速とばかりにスプーンですくい、一口。

「美味しいですわ。出汁も初美さんが?」

「いや、さすがにその辺りはリネットさんにやってもらった。出汁の取り方すら、自分は知らないからな」

「でも、初めてなのに包丁の扱いとかとても上手でしたよ。これなら、すぐに上手くなると思います」

「でも、ちょっと風味がとんでますね」

 と、アメリーさんが痛いところをついてきた。

「わかりますか。実は煮立たせてはいけないことを知らなくて、ちょっとやってしまいました」

「でも、十分に美味しいですわ。そして、これが……」

 ぐびり、とペリーヌが喉を鳴らす。

「初美さんが狩ってきた鹿のステーキですか」

 アメリーさんは、口からよだれをたらさんばかりだ。まるで大好物の餌を前にして、お預けをくらってる犬のようであった。

 程よく焼けた鹿肉と、ニンニクの芳ばしい香り。ソースはあいにくとものがなかったので、味は塩胡椒ですませている。シンプルな味付けだ。付け合わせも寂しいもので、キノコと玉ねぎのソテー。

 ただ、大きさだけはそこらのレストランなんかではでないようなものだった。さらに、肉厚。厚さにして二センチはあるだろうか。焼くのにかなりの時間を必要とした。

「では……」

 ペリーヌは、ゆっくりとステーキにナイフをいれた。

 自分もナイフを入れる。

 すく、とさしたる抵抗もなくナイフはささり、切られていく。完全に切ってわけると、桜色の肉が見える。そして、そこから肉汁がじんわりと滲み出てきた。思わず自分も喉を鳴らしてしまった。

 一口ぶん切り分けてニンニクのスライスと一緒に口へ運ぶ。

 ニンニクの香ばしさと肉汁の旨味が、塩胡椒と重なって口の中いっぱいに広がった。

 うん、これは美味い。ただただ旨い。若干の獣臭さはあるが、その風味も肉のうまさをなお引き立てている。

「「「ん~~っ」」」

 三人とも鹿肉のうまさに感動してうなっている。本当に久しぶりの肉なのだろう。

 そして、美味しいとか感想を言う時間も勿体無いと、次々とステーキを口に運び、水を飲み、パンを口に運び、味噌汁を飲む。

 まさに一心不乱だった。

 ちゃき、ちゃきと小さな食器の音と吐息だけが食堂を満たす。こんなに喜んでくれるなら、鹿の命も報われるだろう。

 出された料理ーーとはいえ、ステーキとパン、味噌汁と食事の内容としては質素な部類なのだがーー全て四人の胃の中に収まるのに、それほどの時間を必要とはしなかった。

「はぁ……」

 口々にため息を漏らす。

 頭がぽわぁっとして、緩やかな幸福感が脳を支配していた。まるで夢の中にいるようだ。自分でさえこうなのだから、久しぶりに肉を腹におさめた三人はもっと凄いのだろう。

「ご馳走様でした」

 自分が一言呟くと、釣られたように他の三人も、

「ご馳走様でした」

 と、食事が終ったときの挨拶をする。

「ああ、ところでペリーヌ。一つ聞きたいことがあるのだが……」

「なにかありまして?」

「なにか、と言うわけではないのだが、ネウロイの巣を撃破した時のことを教えてくれないだろうか」

 自分が発したこの質問で、食後の和やかな雰囲気が一気に消し飛んだ。どうやら、自分は何かの釜の蓋を開けてしまったようだ。

 自分は、興味本位で尋ねた。

 本当にそれだけだった。

 確かに、ガリアを支配していたネウロイの巣は排除できたが、その方法は501や作戦の関係者以外、誰も知らない。

 だから、こうした和やかな空気の中で話す内容ではないかもしれないが、なんの意味もなく、話のネタとしてきいただけに過ぎない。

 だが、ことはそう単純な話ではなかった。

 いや、気付くべきだったのだ。

 普通なら、英雄譚として世間に大々的に発表されるべきことが、どうして仔細詳しく報じられていないのか。

 それにはちゃんと理由があったのだ。

「いつか聞かれることとは思っていましたが、それが今、ですか。油断しておりましたわ」

「ペリーヌさん……」

 リネットさんが不安げにペリーヌを見つめ、アメリーさんはうつむいて視線を隠す。

「隊長からは、聞かれたら答えてもいいと許可は出ていますわ。それに、どうせブレイブウィッチーズに情報は渡ってます。全てが知れ渡るのも時間の問題」

「そんな重大な機密なのか? ひょっとして、その時の戦訓が周知されないのも……」

「ええ、そういうことですわ、初美さん。あのとき何があったのか、教えてさしあげます」

 

 事の顛末ーーつまり、ウォーロックに乗っ取られた空軍赤城を撃破する事で完遂された人類初のネウロイの巣の撃破は、マロニー空軍大将によるストライクウィッチーズ解散命令から説明された。

 ネウロイのコアを用いて作られたウォーロックと呼称されるその兵器の到来と同時に、マロニーは基地に現れた。そして直後、彼女たちストライクウィッチーズは、解散命令を受ける。そしてその翌日には、基地の退去を命じられたという。

 それはまさに急転直下の出来事だった。いやもおうもなく、翌日にはウィッチ全員基地から追い出され、ウォーロックによるネウロイの巣の撃滅作戦が実行に移される。

 ネウロイの巣自体はウォーロックにより撃破されるが、その直後ウォーロックが暴走。沈没していた扶桑皇国海軍の空母赤城をのっとりネウロイ化。

 シールドの強度が高い宮藤軍曹と攻撃魔法を使えるクロステルマン中尉、それにルッキーニ少尉が突入。ルッキーニ少尉が突破口を開き、途中の障害をクロステルマン中尉が破壊し、最終的には、宮藤軍曹によるコアへのストライカーユニットの投下によりネウロイ化した赤城の破壊に成功。

 これにより、ガリアを支配していたネウロイの巣の完全消滅となった。

 

「というわけですわ。ですから、そもそもネウロイの巣を撃破する、という作戦は我々ウィッチの手で行われたわけではないのです」

「なるほど。それで戦訓として周知されなかったのか」

 こうしたことは、普通は戦訓として情報共有され、次にネウロイの巣を破壊するときの参考とするのが普通であった。

 だが、東部第三十三部隊がいくら調べても、概要すら流れてこない。自分にもその手の情報を探れ、と指令は出ていたのだが、本国も半ば諦め気味で期待はしていなかったようだ。それについては命令が来ただけで、経過報告の要請すらない。命令を出した本人も、あきらめているらしい。

 だから、自分もすっかりその任務のことを忘れてしまい、ペリーヌの口から事の真相を聞いてから、ようやく思い出したぐらいだ。だいたい、こんな何気ない問い掛けで、中野学校が探っても得られなかった情報が漏れてくるとは思いもよらない。

「おまけに、ウォーロック製造のために、マロニーは色々と無茶をやりましたし。おおやけにできないのもそんなところに理由があるからですわ」

「そういうことか。この情報は漏らさない方がいいのか?」

「扶桑皇国に流しても構いません。言ったでしょう、この情報はすでにブレイブウィッチーズに流れてるって。恐らく、マンネルヘイム元帥やマンシュタイン元帥にもすでに知られている事でしょう。そして、各国のトップに知らされるのも時間の問題。もはや、秘匿している意味なんて微塵もありませんわ」

「わかった。では、扶桑には報告させていただく」

 そして、この話を聞いて、自分は一呼吸置いてどうしても三人に言いたかった言葉を紡ぎ出す。

「話は急に変わるが、ペリーヌ、リネットさん、アメリーさん。先の作戦、よくぞ成功させてくれた。あの戦いに参加できなかったウィッチとして、心より感謝申し上げる」

 そう言って頭を下げる。

「突然ですわね。ま、自分の故郷を取り戻すためですし、当然ですわ」

 と言いながらも、ペリーヌは若干照れ気味だ。

「わ、私なんてそんな、ペリーヌさんに比べたら……」

 と謙遜するのはリネットさんだった。

「え? わ、私何もしてませんよ?」

 そして、アメリーさんがびっくりして声をあげた。

「ワイト島分遣隊もあの作戦に参加していたのは知ってるんですよ。たしかに、ストライクウィッチーズに比べたら大した戦果ではないかもしれません。ですが、ワイト島分遣隊の活躍が なければ、ブリタニア本土がネウロイの攻撃にさらされていた可能性もあったのも事実です。ネウロイの侵攻を水際で止められたのは、ワイト島分遣隊の働きがあってこそです」

「あ……えと、ありがとうございます」

 正面からそう言われたことがないのだろうか。アメリーさんは若干目を潤ませていた。

「ふふ、流石は忍者なのかしら。きちんとその辺りの情報はおさえてるのね」

「これが本業だからな。さて、自分はシャワーを浴びて寝るよ。明日は早いからな」

「初美さん、こちらこそありがとう」

 と、ペリーヌ。

「なに、自分ができることなどたかが知れてるよ。それより、領民たちが早く戻ってきてくれることの方が重要だ。その為の手立てはもう打っているのだろう?」

「もちろんですわ」

「それでこそ領主様だ。では」

 自分は、そう言って食堂を出たのだった。


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