「いやぁ、助かったよ魔女さん」
ぶどう畑の管理をやっている初老の男性ーーエルマンが、満面の笑顔でそう言った。他の農民たちも、やたらと笑顔でみているこっちにまで笑顔が伝染してしまう。
「これをやりにきたようなものですから、役に立たないと話になりませんよ」
自分はそう返した。
これ、とはぶどう畑の再建であった。
畑の修繕に必要な材木やワイヤーなどの材料、およそ三百キロを一人で軽々と運び、魔力のこもった小太刀の一閃で材木の皮を落とし、ノコギリで常人の数倍の速度で加工し、乾燥させておいた材木を手裏剣で鉋がけまでやるのを見て、農家の人達は目を丸くして驚いていた。
そして、その手際を見て、彼らもやる気を奮起して、年頭の寒い時期にもかかわらず、額に汗して働き出していた。
自分がやった木材加工の技術は、何かにつけて役に立つから覚えろと師匠に叩き込まれたものだ。その当時は、こんな技術なんて役に立つはずがないと決めつけていたのだが、よもやこんな遠き異国の地で役に立つとは思いもよらなかった。
師匠曰く、忍びはなんでもできなければならない、だ。
実は、扶桑を旅立つ時に明かしてくれた事だが、その言葉は半分冗談みたいなもので、自分ほどではないにしろ、なんでもこなそうとする人間はお前が初めてだと言われたものだ。だからこそ、師匠は自分を時期宗家と認めてくれもしたのだろうな。
なんにせよこうやって役に立ったのだから、学んでよかったと思える。師匠には感謝だ。
とはいえ、自分の助力などそう大したものでもない。魔法力を持たない人たちよりはよほど仕事ができるが、ウィッチ一人の力などたかが知れているのだ。
こういう事は国の協力があって初めて目に見える形で成果が出てくるし、ウィッチ一人が復興の手伝いをするよりも、この土地に十人でも住むようになればそちらの方がよりパ・ド・カレーのためになる。
それが本当の復興というものだ。
結局、今自分達がやっていることは、自己満足とその場しのぎの励ましでしかない。
「それでも、大したものですよ。正直申しまして、わしら、最初は魔女さんには何の期待もしておらんかったんです。ところが、手伝いに来て下さった魔女さんたちは、皆さん土仕事で汚れることも厭わずにやって下さった。今はほとんどが戻ってしまいましたが、こうして初美さんのように来て下さる魔女さんが、まだいて下さる。それだけでわしら、ありがたいのですわ。なのにわしら、魔女さんがたには何もお礼ができない。それが口惜しゅうて口惜しゅうて……」
いつの間にか、エルマン氏の後ろに何人もの農民たちが集まっていた。被っていた帽子を脱いで胸に置いたり、胸に手を当てたりしている。
そうか、この人達は自分達がいるこの土地がどういう場所なのかわかってないのか。そして、それが自分達ウィッチにとってどんな意味を持つのか知らないのか。
自分は、彼らの視線をすべて受け止め、エルマン氏をはじめとした農民たちに向けてこの土地の意味を説明するために口を開く。
「義勇兵としてやってきた理由は、ウィッチそれぞれにあると思います。それに関しては自分はわかりません。ですが、ここにきて復興の手伝いにきているウィッチ達は、少なくとも一つだけあなた達からもらっているものがあります。そして、それは私達が戦う理由の一つでもあります」
目をつむって一呼吸おき、
「それは、この土地で営んでいるあなた達の生活です。この土地は、自分達人類が初めてネウロイから取り戻した土地です。そこであなた達は日常の生活を取り戻そうとしている。それが、自分達がやってきたことの成果です。
明日のこともわからずネウロイとの果てが見えない戦いに身を投じている私達にとって、ネウロイの支配圏を取り返したその土地がどうなるのかなんて、現地に行かないかぎりわかりません。そんな私達が、義勇兵として復興作業に参加して、自分達がやってきた結果を知り学びます。そして、この土地での経験を何よりえがたい希望と喜びとして心に刻み、また戦場に戻っていきます。この経験は、部隊のみんなに伝えられて戦場のウィッチ達の励みとなります。それはとても大切なことなのです。ですから、どうか気に病まずにいて下さい」
自分の言葉で、みんなが果たして納得できたのか疑問ではあるが、何人かが涙ぐみ、目頭を押さえていたのは事実だった。感謝の涙かもしれない。喜びかもしれない。
だが、あなた達が自分の生活を営むだけで、私達ウィッチにとって戦うことの原動力となる。あなた達の生活は私達の希望なのだ。感謝したいのは自分の方である。
戦争という非日常の生活の中にいる大半のウィッチ達にとって、日常の生活は守るべきものであり、憧れの一つだ。
「ああ、でも、手土産に不出来な年のワインでいいですから一本ほど頂けたら、私達もなおむくわれると思います。酒は、軍において金銭よりも貴重なものですから」
自分は思い出したように付け足した。せめてこれぐらいは役得がないと可哀想だろう。
それを聞いて、農民達は大声で笑った。
「それはそうですな。ネウロイにやられたとはいえ、戦禍を逃れたワインはやまほどあります。奴ら、ワインに興味はないようですからな、今後はワインを一本、お渡しすることをお約束しましょう」
と、エルマン氏。
どうやら、これで彼ら農民達の中にあったわだかまりのようなものは解消できたようだ。
そうしてまた笑いあうと、自分達はまた作業を再開するのだった。