「ええ、自分の後任を、佐東准尉に任せたいのです」
自分は、執務室の無線で坂井基地司令に連絡をつけ、佐東の今後についての進言をしていた。自分がパ・ド・カレーをはなれた後のことについてだ。
『つまり、あきらがパ・ド・カレーをはなれた後の扶桑の義勇兵を、佐東准尉に任せたいというのね? それはこちらとしても願ったりかなったりなのだけど』
と、坂井司令は奥歯に物が挟まったような物言いでいった。こちらからの提案は、佐東の処遇について渡りに船だったのはそうだろうが、やはりひっかかるものがあるようだ。
そりゃそうだろう。問題児を他国へ義勇兵として送り込むのだから、思わない方がおかしい。
「佐東の後任、すぐにでも扶桑から呼べるよう話は通してますよね」
すでにやっている、と確信しているが、念のためにそのあたりをつついてみる。
『実は、《死神》あがりのヤツが一人補充される手筈にはなっていたの。で、かわりに佐東を本国に戻す予定だった』
これはなんと!
思わず感嘆の声が出かかってしまった。
「《死神》! 第四二統合戦闘飛行隊ですか! よくあの部隊出身のウィッチを捕まえられましたね」
司令が、いくらその手の根回しに長けているとはいえ、まさかあの部隊出身者を引っ張ってくるまでになったのか。まぁ、偶然ーーいやいや、偶然だとしてもたいがいだ。
さすがにこの人の手腕、化け物じみて来たぞ。
『負傷で扶桑に戻って来てたのが一人いたの。でもそのウィッチ、上がり間近で《死神》に戻るのもむずかしかったから、そこを私が拾い上げた格好よ。これは運が良かっただけね。しかし初美』
「なんですか? 坂井司令」
『クロステルマン侯爵は、本当に佐東でもいいって言ってるの? JFWに放り込むのとはわけが違うのよ』
司令、統合戦闘航空団をなんだと思ってるんだ。
「ええ。構わないと言ってます。なんなら、ご本人から直接聞きますか?」
自分からの進言だけでは納得できないし、決定してはならない。ペリーヌ本人からの言質が必要だ。
『うーん……お願いするわ』
司令にそう言われて、自分はペリーヌに声をかけた。
「ペリーヌ」
「なにかしら」
「扶桑陸軍の坂井少佐が、佐東の件について尋ねたいことがあるそうだ」
「わかりましたわ」
無線をペリーヌに明け渡した。
「はい、かわりました。こちら自由ガリア空軍、ペリーヌ・クロステルマン中尉ですわ、はじめましてーーいえ、こちらこそ、基調なウィッチと支援物資を届けていただき、感謝しておりますーーああ、その事ですか。問題ありません。やることをやってさえいただければワインを週に一度、ひと瓶差し上げてもいいくらいでーーはい、それについては今日明日には改めてリストを送らせていただきますーーはい、それでは」
司令との話は終わり、佐東准尉の件も収まるべきところに収まったのだろう。無線を切ると、
「初美さん、なんですの? 《死神》って」
と、ペリーヌがもっともな疑問をなげてきた。
そりゃ気になるよなぁ、などと思いつつ、
「第四二統合戦闘航空隊のことだな。あそこは、扶桑皇国陸海軍とオラーシャの共同部隊なんたが、四二という数字が扶桑では忌み数で、死を意味していて、所属する兵士の士気がガタ落ちだったんだ」
「それは五〇一にいた時に、坂本少佐から聞いたことがありますわ。でもらそれがどうして《死神》になりますの?」
「当時大尉だった、《魔のクロエ》こと黒江綾香殿が同部隊隊長に着任早々こう喝破したんだそうだ。『我々は死に部隊ではない、ネウロイに死をもたらす死神の部隊だ』とね。その一言で、下がりきっていた士気がいきなり跳ね上がって、今では所属する隊員全員が、胸を張ってエムブレムを掲げている。扶桑軍全体でも有数の士気を誇るエリート部隊だ。今では、扶桑軍では忌み数だった四二も、吉数として好まれてる」
「そんなことがありましたのね」
「で、あの司令、そんな部隊を出身とするウィッチを一名確保したものだから、そりゃあ驚くというものだ」
「支援物資の件といい、随分とやり手なのですね、坂井少佐は」
「航空ウィッチから主計科いって、そこから司令になった変わり種なのだが、おそらくあの基地、司令がいなくなると途端に立ち行かなくなるな」
「そんなに……でも、助かりましたわ、初美」
「何がだ?」
「佐東准尉の件です。私、初美さんがいなくなってからのことをどうしようかと、考えていましたの」
いや、自分もここにきたのは昨日の今日だぞ。いやぁ、と頭をかきながら、
「困った時はお互い様、だな。では、そろそろブドウ畑にいってくる」
そう言って、自分は執務室を後にしたのだった。