「ひょっとして中庭に吊るされてる鹿って初美さんか狩ってきたやつなんですか?」
アメリーさんは、きのこ汁を飲み終えると、そんなことを訪ねてきた。
パンに味噌汁はあまり合わないが、今までの食事を思うと、出汁の効いたスープというだけで、十分に贅沢なのだろう。アサリやシジミの味噌汁ならパンにもあうのだろうか。
リネットさんはそれなりの量を作っていたはずだが、ほとんど底をついてしまっていたくらいだ。
「そうですよ。これから解体して、燻製なり保存用にしておこうかと思います。ヒレの部分なんかは、とっとと焼くなりして食べたほうがいいですけどね」
「それじゃあ、今日のお昼ご飯は、鹿肉のステーキですね」
と、リネットさん。心なしか声も弾んでいる。
「ええ、よろしくお願いします。自分は、昼食を終えたら、あたりを哨戒してから荒れた畑の手入れを手伝おうかと思っています」
味噌汁を堪能しているペリーヌへ視線を移すと、彼女は小さくうなずいて、
「よろしくお願いするわ、初美さん」
微笑みながら答えた。
「わかった。できる範囲でやらせてもらう。陸戦ユニットがあればありがたいのだが、B1はあるだろうか」
「さすがにありませんわ。あっても私達では手に余るものですし」
まぁそうだよな。八九式中戦闘脚ぐらいならあまってるはずなのだが、さすがに扶桑陸軍に頼むのもおこがましいだろう。
「では、自分はそろそろやることがあるので失礼します」
残りのパンを口に入れて、席を立つ。
「あ、それからリネットさん。味噌汁一杯、いただけますか?」
自分は、味噌汁の入ったマグカップ片手に、食堂を出て佐東が熟睡してるだろう客室へと向かう。
とりあえず、奴を起こして基地に帰らせなければならないからだ。
だん、と勢いよく客室のドアを開けると、部屋は異様に酒臭かった。相当呑んでいたのだろう。
枕元のテーブルにカップを置いて窓を全開に開けると、冬の肌を切り裂く空気が、酒臭い部屋のよどみを消し去っていく。
そして、高いびきをかいて佐東は、ベッドの上で白人めいた栗色のロングヘアを、これまた白人のように豪奢な体にからませながら寝乱れていた。
見た目こそ、男どころか女でも放っておけないウィッチだが、ご覧の通り部類の酒好きの上に酒癖がわるい。いわゆる残念なウィッチが彼女だった。
体をそっとゆする。下手な起こし方をしては、嘔吐してしまうからな。
本当ならぶん殴って叩き起こしたいのだが。
「おい、佐東。目をさませ」
「うぅ……」
うめくだけで、起きる気配はない。
「起きんと営倉行きだぞ」
起きなくても営倉行きだろうがな。
ともかく営倉という単語に反応したのか、眉間にしわを寄せて上体を起こした。
「ぬ……う、んあ、少尉?」
寝起きの上に酒にやけ気味なのか、ガサついたダミ声だった。
「起きたか、佐東。きのこの味噌汁だ、飲め」
そう言って、彼女にカップをつきつける。
「ありがとう、あきらちゃん」
カップを受け取り、両手で包み込むように持ってずず、とすする。
「あきらちゃん、これ……」
目を丸くして、ぐい、と飲んでいく。
ブリタニア人が作ったとは思えないぐらい本格的で美味いのだよなぁ。
「これ、あきらちゃんがつくったの?」
酒で荒れた声が落ち着いて、蜂蜜のような甘い声音が戻ってきた。
「まさか。元501のリネット・ビショップ曹長だ。あとでお礼を言っておけよ」
自分は、備え付けの椅子に腰を下ろして足を組む。
「へぇ〜、これをブリタニア人が。たいしたもんだねぇ。これだけ美味しく作れるなら、すぐにでも嫁にいけるよぉ」
「味噌汁の話はいい。佐東、なんで、貴様がここに寝かされていたかわかってるか?」
眉を寄せてうーんと唸り、
「ひょっとしてわたし、やっちゃった?」
記憶がとんでいるらしい。墜落のショックが原因かもしれない。
「やった。盛大にな。ここはクロステルマン邸で、貴様は中庭に墜落した。中庭では、クロステルマン侯爵のご友人のアメリー殿が風呂に入っていた。これ以上の説明は必要か?」
ずず、と残りを飲み干して、ため息をつき、
「わたし、また営倉入りかなぁ」
酒癖の悪さで、何度かぶちこまれてるからな。次やったら降格だの除隊だの、いろいろ上からいわれているらしい。
「恐らくな。本当にいい加減にしないと、厄介払いついでに最前線に叩き込まれても文句は言えんぞ」
「自由に酒が飲めるなら、いっそそっちの方がいいかも」
最前線で、そう簡単に酒を呑めるものか、と考えたところで、思い出した。
ああ、一箇所だけ呑める場所があったか。
「アフリカのストームウィッチーズになら一筆送ってもいいぞ。あちらのブリタニア軍にはコネがある。おまけにあの辺りは扶桑陸軍の縄張りだ。向こうの隊長もヒガシだし、同じヒガシ同士、存外気があうかもしれん」
にや、と笑う。
「あ、さすがにアフリカはちょっと」
「いやいや、遠慮なんて貴様らしくもない。あっちは酒も飲み放題ときくぞ。おまけに貴様は夜間ウィッチだ。大歓迎間違いなし。太鼓判を押してやる。黄疸でるまでのんだくれるといい」
「……ごめんなさい」
しおらしく頭を下げる。
「わかればいい。貴様の営倉入りを控えるよう進言はする。ただしそれには条件がある」
「なんですか?」
「自分がさる任務でこの地にいるのは知っていると思うが、自分は一月もしない間に、別の任務につくだろう。その後、貴様が自分の代わりにここで復興作業を手伝う。それでどうだ」
「義勇兵としてパ・ド・カレーに着任しろということ? ネウロイの相手は?」
「そういうことだ。ネウロイの相手もしてもらう。酒とは縁遠いかもしれんが、アフリカよりはましだろう。悪い話ではないと思うが」
「うん、お酒がないのを除けば悪くないね。あきらちゃん、侯爵のこと気にいったの?」
「気に入ったのもあるが、ここがもし扶桑だったらと考えるとな」
鹿を狩る時に上空から見た、農地の様子を思い返す。
パ・ド・カレーの葡萄畑が、扶桑の田畑だと思うと。
邸宅や領民達の家が、扶桑の屋敷や家屋だと思うと。
「手前勝手な話だし、ここ以外にも荒れ果てた土地は多い。全てを助けるのは無理だ。それでも、今目の前にあるものだけでも助けたいと思うのは罪ではないだろう」
「あきらちゃん……」
「そういうわけだ。そこの桶の水で顔を洗って、しゃんとした頭になったら付き合ってもらおう。ペリーヌと顔つなぎだ」