翌朝、リネットさんに昨夜届いた補給物資の状況などを確認するため、キッチンにやってきた。ペリーヌ曰く、朝食は彼女の当番だそうだ。
普段はパンとちょっとの付け合わせだけなので、わざわざキッチンに立つこともないらしいが、今日からは扶桑の補給もあるので、料理を作ると張り切っていたとは、キッチンにくるまでに見かけた使用人の弁である。
そして、自分がキッチンにやってくると、かつおだしと味噌の香りが漂っていた。扶桑人ならば、毎朝かいでいたい、うるわしき故郷のかおりだ。
ボールにきのこが水に晒されてるのをみるとどうやらきのこ汁を作ってるらしい。
「失礼します、初美です。リネットさん、支援物資はいかがでした……か……?」
きのこ汁を作っているリネットさんに尋ね――きのこ汁? ブリタニア人のリネットさんが?
「うふふ、びっくりしましたか?501にいた時、芳佳ちゃんにお味噌汁の作り方をおしえてもらったんですよ。救援物資のなかにお味噌と鰹節があったので、きのこを採ってきて作ってみました」
驚いてる自分の顔を見て、おかしそうにころころと笑ってから説明してくれた。
詳しい説明ははぶくが、ブリタニア人の料理は、言いたくないが産業革命の影響で地に落ちるほどにみすぼらしいものになっていたので、あまり口にはしたくなかったのが正直なところだった。
「味見、してみますか?」
小皿にちょっとだけ味噌汁をのせて、差し出してくる。
「ありがとうございます。それでリネットさんは扶桑料理を作れるのですね」
小皿を受け取り一口含むと、途端に口に広がる合わせ味噌ときのこの滋味。鼻をぬけるだしの効いた味噌の風味。これは……。
「美味しいです。こんな美味しい味噌汁、扶桑での最後の食事以来です」
考えずに言葉が出てしまった。
「よかった。芳佳ちゃんから肉じゃがも教えてもらったから、今度作りますね」
「肉じゃがまで!自分は料理がてんでダメなので、羨ましい限りです」
自分にはできないことなので、他人、しかも異国の人が扶桑料理を作れると聞いてほとほと感心した。
自分は、とりあえずそこそこに食べれる行軍食は作れるが、台所で作れるものは炊飯と出汁が効いてない味の濃い味噌汁ぐらいで、味の方はブリタニア人のことを笑えないのであった。
「今度、暇があったら教えてあげますね」
「ありがとうございます」
やや、ブリタニア人に扶桑料理を習うのか。扶桑撫子としてはなんとも恥を晒してるようで恥ずかしいかぎりだ。
「あ、初美さん。こちらにいたんですね」アメリーさんが、支援物資の帳面片手にキッチンへやってきた。「これ、支援物資の目録です。念のため確認をお願いします」
「ありがとうございます」
帳面を受け取って、物資の一覧を眺める。
弾薬などの軍事物資は当然として、味噌塩醤油に風邪薬や消毒液、包帯やガーゼといった医療品、毛布、衣服、石鹸、洗剤などの日用品に加え、日持ちのする保存食や缶詰もかなりの量だ。
医療品は、どこの基地でも不足気味になりがちだ。そこをこれだけ集めてきたのだから、相当無理をしたのだろうか。あの基地が空っぽになってなきゃいいのだが。
それにしても、このあたりはさすが主計課を経験した坂井基地司令、見事な手腕といったところだろうな。
「確認しました。どうか、お役立てください」
「食料はもちろんですが、とにかく医療品が慢性的に足りない状態が続いていたので本当に助かりました。ありがとうございます」
と、アメリーさんは頭を下げた。
「よろこんでいただけたようでなによりです。基地司令が、自分一人をてぶらで差し向けたのでは、扶桑皇国の沽券にかかわると、奮発したそうです。それより、アメリーさん。昨晩はうちのウィッチがご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。どこか怪我はしておりませんか?」
佐東はまだ目を覚ましてないからな。あいつの代わりに謝罪するのは直属ではなくとも、上官の役目だ。
「あ、いえ。ちょっとびっくりしただけで、怪我とかはしませんでしたよ」
と、くすくす笑いながら言った。
あの悲鳴は、ちょっとどころの騒ぎではなかったように思うのだがーーウィッチが目前に墜落してしたのだから当然だーー、穏便に済ませてくれるということだろうな。アメリーさんが優しい人でよかった。
「それはよかった。では、お忙しい中大変だとは思いますが、当面必要な物資のリストを作っていただけますか?扶桑皇国陸軍は、今回の一件の謝罪も含めて、しばらくは可能な限りの援助を行うとのことでしたので、要望をいただければそれにそった物資が届くと思われます」
そう言うと、リネットさんが、
「そうですね、ペリーヌさんと相談して、今日明日中には作りたいと思います」
と答えてくれた。
「了解しました。どれぐらいの物資が届くのかわかりませんが、微力ながらガリア復興にお役立ていただけたなら幸いです。それでは、失礼します」
自分はそう二人に告げて、キッチンを出ていくのだった。