輸送機のエンジン音か空から聞こえてきた。どうやら、近場まで来ているらしい。
低出力のインカムでも無線は通るだろうと思い、呼びかけてみる。
「こちら初美少尉。一〇〇式輸送機、応答されたし」
『こちら一〇〇式輸送機機長、建部であります。現在、高度5000にて飛行中。投下目標地点のライトを確認しました。これより、補給物資投下作業に移ります』
酒焼けしたような男のダミ声がかえってきた。こいつなら、酒のためならネウロイの巣にでも物資を配達してくれそうだ。
「了解した。よろしく頼む。それから佐東准尉だが……」
『すっかり出来上がってます。着陸できる場所があれば、一〇〇式を着陸させて准尉を回収したいのですが』
「そんな場所、あるはずもなかろう……仕方ない。こちらで面倒を見る。で、佐東は今どこだ」
と、建部に居場所をきいたその瞬間、ずどん、という落下音と同時に絹を切り裂くかのような悲鳴が中庭から聞こえてきた。あの声はアメリーさんだな。
おおかた、ドラム缶風呂に入浴中のところに、あいつが墜落したのだろう。
「あー……もういい、場所はわかった。佐東はこちらでしばらく預かる。それから、あの馬鹿の処分は、そちらから司令に問い合わせておいてくれ」
『了解しました。お手数をかけます』
投下地点に物資が落ちてきたのは、それから数分してのことだった。
投下地点には、リーネさんが既に待ち構えている。投下された物資の荷解きと運搬は、彼女の陣頭指揮のもと、領民達が行う手筈になっているからそちらはいいとして、侯爵への事情の説明はどうしたものか。
「それで、この方は?」
侯爵は、思いの外落ち着いた態度で、数少ない客室のベッドにぶん投げられた、扶桑人離れした豪奢なブラウンヘアとグラマラスなボディの持ち主のウィッチを指差し、そう尋ねてきた。
ベッドの上で赤ら顔をさらして高いびきをかいているこのウィッチが、佐東准尉だ。
自分は、あれからすぐに中庭に向かい、墜落した佐東准尉を回収。そのままアメリー軍曹に謝り倒し、二人に怪我がないのを確認して、准尉を侯爵の指示のもとこの客室に運び込んだ。
「佐東准尉です。自分が厄介になっていた扶桑陸軍の駐留基地に所属するウィッチで、夜間航法に習熟した腕利きのはずです」
自分は、そう答えるとすぐに頭を大きく下げた。
「この度は、侯爵やアメリー軍曹に多大なるご迷惑をおかけしてしまい、面目次第もございません。准尉が目を覚まし次第、なにかしらの処分が下されると同時に、扶桑陸軍より謝罪と補償が行われるかと思いますので、何卒ここは御容赦を願いたく存じます」
軽いため息をついて、
「顔をおあげなさい、デイム初美」
「しかし」
「いいからかおあげなさい、と言っているのです、初美さん。怒ってはいませんから」
「えっ? 今なんて……」
自分は、含み笑いしながらのその言葉が聞き間違いかと、思わず顔を上げてしまった。
自分を見る侯爵は、なにか面白いことがあったのか、くすくすと笑って、
「初美さん、貴女は随分と苦労性のようね。いえ、それがくノ一というものなのかしら」
「侯爵……」
「ペリーヌでよろしくてよ、初美さん。ブリタニアではわざと私の反感を買うような言葉遣いでしたけど、あれは演技だったのかしら」
「あれはその……」
言葉に詰まる。ああやって人となりを計っていたなどとは言えない。
「ブリタニアの頃のあなたは、なにかにつけて引っかかる物言いでしたけど、何年振りかで再会したあなたは、すっかりなりをひそめてましたわね。それどころか、私に扶桑の武家のありようを示して蒙をひらかせようとする。そして今はこのありさま。おかしくもなりますわ」
「佐東が墜落したことについては、なにもないのですか?」
「誰も怪我はしてないし、屋敷も無事なら問題なんてありません。ましてや墜落したのが常識はずれの扶桑の魔女ですもの。怒るだけ無駄ですわ」
これはこれは。
さすがは501の元隊員。嫌な方向に扶桑の魔女を理解してくれているようで。
「それはそれとして、扶桑陸軍からの謝罪と補償は受け取りますけど。貸しは作っておくものですわ」
と、底意地の悪い笑みで言った。復興のためにはいらないものなんてないということだろう。したたかなことだ。
「それがいいでしょう、侯爵」
「ペリーヌ」
「しかし……」
「初美さんは、見えていたけど見えないふりをしていたことを気づかせてくれた。食料事情も一変させてくれた。扶桑陸軍の援助の橋渡しをしてくれたし、おそらく諜報においてもガリアのために尽くしてくれようとしてるのでしょう。違いますの?」
侯爵は、自分の胸元を人差し指でつつく。
「確かに私は侯爵で、初美さんは騎士ですわ。でも、そこまでしてくれた人を、私はそんな関係にしたくはありません。改めて、私と友誼を結んでいただけます?」
はぁ、とため息をつく。
「わかった、わかりました。ペリーヌ。これでいいか?」
これ以上なにを言っても、侯爵は自分の意思を曲げないだろう。やれやれ、だ。
「ええ、それで構いませんわ」
ペリーヌは、そう言って年相応の笑顔を浮かべたのだった。