くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞   作:高嶋ぽんず

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この小説はpixivに投稿していたものの再投稿になります。

諸般の事情で、出だしを若干付け足しました。


くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞 三の巻 その六

 パ・ド・カレーの葡萄畑をこえたところに、鹿やウサギがいるという大きめの森はあった。そこは、地下鉱物の貧弱な土地らしく、ネウロイに荒らされずにいた場所で、そのおかげで動物達も生き残っていたのだという。

 ストライカーユニットならば、そこに行くまでに30分とかからないのだが、途中、葡萄畑の上空を飛んだ時には胸が痛んだ。

 領民達の家は、ペリーヌの出した、素早く的確な復旧指示のおかげで、ところどころ破壊されたままだが、寝るには困らない程度にまで修繕されていた。

 問題は畑である。

 見るも無残とはあのことだった。

 無事な場所は全体の三割程度で、ワイン蔵はそれほど被害にはあってなかったがーーそれでも、上空から見る限り、ワイン蔵の半数は破壊されていたーー、家屋は無残なものだ。

 領民達の暮らしが楽ではないのは、それだけで痛いほど理解できた。

「これが扶桑だったら、どうなっていただろうな……」

 葡萄畑を田畑に、ワイン蔵を穀物蔵に置き換えて見ると、背筋が震えてくる。

 扶桑海事変のおり浦塩が壊滅的打撃を受け、その被害は絶後のものだったという。そして、その時の航空写真を見たことがあるが、今自分が見ているパ・ド・カレーの風景は、リアルに見ているぶん圧倒的だった。

‪ ともかく、そうやって上空を飛びながら被害状況を確認していると、目的地の上空までやってきていた。

 

 自分の目的となる獲物は、ストライカーユニットで目的の森の上空に差し掛かるとすぐに見つけられた。

 眼下に一頭うろついている鹿がそれだ。

 季節を問わず、地上をうろついてては狩猟に熟練していない限り、なかなか見つけられるものではないが、空からならばそう難しいものではない。

《迷彩》を使って獲物の上までやってくると、目標の鹿の頭を魔力を込めた棒手裏剣で打った。手裏剣は見事首を貫通し、一撃でとどめをさせた。

 鹿は、普通なら手裏剣で倒せるような相手ではない。手裏剣でどうにかなるのは、野うさぎがいいところだ。

 だが、そこはウィッチならではである。

 魔力を込めてやれば、かなりの威力を出せる。

 ネウロイのコアが見えている状態ならば破壊も可能なのだから、ましてや鹿程度など、ということである。

「これなら、しばらくは持つか。とはいえ、先々のことを考えると、あと三頭ほどは狩って保存しておかないとまずかろうな……」

 そうひとりごちながら着地すると、腰にさした短刀で血抜き処理の後、腑分けをしていく。短刀は陸軍工廠製の数打ちなので、多少欠けても気にする必要もない。

 臓器、特に肝臓は、新鮮なうちならば滋養の面から言っても是非とも食べておきたい部位だが、胃や腸は、食べるための下処理がかなり面倒なので、その場に捨ててしまう。どうせすぐに狼や野犬が始末してくれるだろう。

 ともかく、そうやって下処理を済ますと、鹿の四肢に綱を結わいてなんとか持ち上げ、クロステルマン邸まで運んでいく。

 途中、木製疾風の誉45魔道エンジンが、不満気に何度か咳き込んで高度を落とすも、なんとかごまかして館まで運びこめた。

 その頃にはすでに夜の帳が下りていて、夜目に慣れていないウィッチならば、戻るのもなかなか難儀したに違いない。

「しかし、これ、あの三人はさばけぬだろうなぁ」

 と、呟きながら、ストライカーユニットの倉庫前に降りていくと、インカムからクロステルマン侯爵の声が飛んできた。

 エンジン音か、あるいは翼端灯で自分が帰還したのがわかったのだろう。

『デイム初美、お帰りなさい。首尾はいかがでしたの?』

「大きめの鹿を一頭仕留めましたよ。腑分けも済んでます」

『そうですか。心より感謝しますわ、デイム初美』

 インカムから聞こえてくる声は、若干上ずり気味になっていた。

 恐らく、彼女たちの食事は、保存がきくように焼き締めた固いパンと味の薄いスープのみで、ソーセージなどはもってのほか。贅沢といえば、たまにスクランブルエッグがつく程度だろう。香辛料もないから、寂しい食卓なのは想像に難くない。

 そんな食事事情のところに、鹿肉がしばらくの間追加されるのだから、そりゃあ嬉しいだろう。自分が料理をする場合、味付けに関しては、ガリア風ではなく扶桑風になってしまうが、そこは我慢してもらうことにする。

 自分も経験があるからわかるが、軽い飢餓状態の時のタンパク源は、なんであれ死ぬほどありがたかった。ちんけなハムの一欠片やネズミの肉一切れで、無限の力が湧き出たような気分になったものだ。

「食料に関しては、自分のためでもあります。それから、すみませんが探照灯かそれに類するもの、なければ車を一台、大きめの広場に持っていっていただけますか? そろそろ扶桑からの支援物資が届くはずで、物資投下の目印にしたいのです」

 そう言いながら、ストライカーユニットを発進促成装置に収める。

『それはこちらで準備させました。先ほど輸送機からも連絡があり、もう三十分もかからないうちに到着、支援物資を投下するとの事でしたが……』

「よっと……侯爵、何かありましたか?」

 鹿肉を背負いながら尋ねたが、言いよどむ侯爵の態度になにやら不穏なものを感じてしまう。

『その、輸送機護衛のウィッチのサトウ准尉、ですの? 若干呂律が回ってないようなのですけど……』

 あの飲兵衛め! 飛びながらひっかけやがったな!


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