「まずは、《ぎっくり腰》作戦で重要な任務を見事こなし、作戦を成功に導いたこと、ガリア貴族を代表して、感謝しますわ」
執務室。クロステルマン侯爵は、大きなマホガニー製の机を前に、事務的にこう言った。ブリタニアにいた時のような棘はないが、それにしても信用されていないようだ。
「はっ。騎士は、民を守る盾であるならば、当然のことです」
自分は騎士としてこの場に馳せ参じたのだから、軍人としてではなく、侯爵として自分に対応するのも当然だろう。
それにしても、威厳はまだ足りないが、立派なものだと言葉に出さずに嘆息した。501で戦い続けたその経験が重みとなって、重い机に負けぬ風格を醸し出している。
始めて見かけたあの時に比べたら、なんと人間として成長したことだろう。
それは、まさしく瞠目に値した。
「おやめなさい、初美少尉。白々しいですわ」
腹芸は勘弁だ、と言わんばかりにそれを制した。
「どうせ貴女の事です。なんの腹づもりもなしに、無償でここにきたわけでもないのでしょう?」
「そんな。これでも騎士の端くれ。本心にございます」
年若いなれどさすがは侯爵といったところか。腹の読み合い探り合いに関しては先達の教えがあるのだろうが。あるいは自分の素行の悪さが招いた結果か?
いすれにしても欧州の社交界も、京都のようになかなかに魑魅魍魎が跋扈する魔窟のようだ。
自分としては、ここで本来の目的を話してもいいのだが、今回の任務は欺瞞行動だ。クロステルマン侯のことだから、こちらの事情を含めた上で、自分を受け入れてはくれるのだろうか。
「そこが白々しいといっているのです、まったくもう。初美少尉、よほどのことがない限り、処罰を下すことはしませんし、口外も致しません。その為に、私一人で会うことにしたのです。さ、お話なさい」
こうまで言われては、答えざるを得まい。
「……委細は申せませんが、裏はあります」
それを聞いてやはり、と頷く中尉。
「それは、クロステルマン中尉にも関わりがある事で、今自分が帯びている任務は、ガリアの為にもなると信じております。少なくとも、二枚舌の好きにさせるよりはましではないかと」
自分は、軍人としてのクロステルマン中尉ではなく、クロステルマン侯の才覚に期待する。これでわかってくれるなら、あとはもうこの地での復興作業にのみ注力すればよく、暇を見つけては港に出向き、意味ありげな行動をしていればそれですむ。
「なるほど。506について、ですわね。確かに、いくつかの国がきな臭い動きをしているのはわかっていましたが」
疲れたようにため息をつく。想像するに、西部方面統合軍総司令部から、隊長になってくれと矢の催促なのだろう。
「……」
自分は沈黙をもって答える。
「わかりました、初美少尉。クロステルマン侯爵の名において、貴女を受け入れます。どのみち人手はいくらあってもたりないのです。しのごの言っている暇はありません。ブリタニアで見せてくれたくノ一の知恵、貸していただきますわ」
「もちろんです。それに、騎士が駆けつけたとなれば、色々な面で宣伝にもなりましょう。自分の名前でよければ、存分にお使い下さい」
そこで、中尉はこほんと咳払いを一つ。
「ところで、初美少尉はその、確か扶桑陸軍でしたわよね」
「確かに自分は扶桑陸軍に所属していますが」
「で、では、海軍の坂本美緒少佐のことは、その、ご存知ありません、よね」
やはり聞かれたか。ブリタニアにいた頃は、最初は突っかかっていったものの、紆余曲折の末に彼女は坂本少佐を信頼し、501に入隊することになるのだが、その頃から彼女の心酔っぷりは傍目にもそうとわかるほどだった。
内心苦笑しつつも、
「ブリタニアで一度顔を合わせただけで面識らしい面識はありませんが、一応は。風聞ですが、今は扶桑で後進の指導にあたっておられると聞いております」
念のため、元501の部隊員の動向は頭に入れておいたが、役に立つこともあるのだな。
それを聞いた彼女は、ほぅとため息をついて、
「よかった。ご無事なのですね、坂本少佐……」
このまま放置していたら、坂本少佐にうわその空で自分のことなどすっかり忘れてしまうだろう。
「それで、クロステルマン中尉。自分はどうしたらいいでしょう」
「え?ああ、そ、そうね。まずはアメリーやリネットさんを紹介しますわ」
忘れていたようだ。