くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞   作:高嶋ぽんず

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くノ一の魔女〜ストライクウィッチーズ異聞 九の巻 その一

 夕暮れが近づいたサン・トロン基地は、自分が訪れたことで一騒ぎが起きていた。

 事前にここへ訪れることは伝えていたし、作戦指示書も届いていたはずだ。

 キ一〇六の整備とそれにかかる費用は扶桑皇国が出すことになっているので、資金面は問題ないし、かかる資材も後日皇国が補填する手筈になっている。

 それでも騒ぎになっていたのは、この基地が特殊な部隊の本拠地となっているからだろう。

 なぜなら、ここはハイデマリー・ヴァルプルガ・シュナウハー大尉ただ一人が所属する第一夜間戦闘航空団第四飛行隊の基地で、彼女以外のウィッチが駐屯することなどこれまで一度もなかったという。

 そこに、扶桑のウィッチがいっときとはいえ駐留し、しかも、その目的が名目上とはいえベルリンの調査任務だ。

 事前通達があったとしてもちょっとした騒動になるのも当然だろう。

 もちろん、作戦目的は他にある。

 人型ネウロイの壊滅。

 それが自分の望みだ。

 そして、もしあるならば人型ネウロイの製造工場のようなものが、ネウロイの大本営と目されるベルリンにあるとふんでいる。

 今回の調査任務は、これが作戦目的であった。

 

 自分は、発進促成装置にユニットを格納してから、若干騒がしい格納庫を後にした。

 中に入ると、みかけたカールスラントの空軍兵士に声をかけ、隊長がどこにいるのかと居場所への道順を尋ね、彼女が夕食を取るため食堂にいると聞いてそこへ向かった。

 ここにいるウィッチが隊長ただ一人なのだからか、ウィッチ用の食堂はさほど大きい作りではなく(それでも、二十畳ほどの大きさがあり、内装も充実しているのだが)、部屋と同じくさほど大きくないテーブルで、黒パンとソーセージ、それにザワークラウトを食べている白髪メガネの女性がいた。

「食事中に失礼します、シュナウファー少佐」

 自分は、ドアのついてない食堂の壁をノックして声をかけた。

 名前を呼ばれた赤目の彼女は、伏せ目がちの顔を上げると食事の手を止めて咀嚼中のものを飲み込み、

「あ、初美あきら少尉ですね。サン・トロンへようこそ」

 そう答えて椅子から立ち上がった。

「初美あきら扶桑皇国陸軍少尉、本日サン・トロン基地に着任しました」

 そう言って陸軍形式の敬礼をすると、彼女はカールスラント空軍形式の敬礼で返してきた。

「わずかな間ですが、お世話になります」

「着任書類と同封されていた作戦書を見ましたが、本気ですか?」

「でなければ本基地に作戦協力を要請しません」

「作戦司令部からも協力命令が下りてるので、よほどのことがない限り協力はします。が、理由をおしえてくれますか?」

「自分は、人型ネウロイの壊滅を目的としております。そのためには、人型ネウロイの製造基地壊滅が必須で、その場所が現状わからない以上、ベルリンにあると考えるのは当然です。そして自分一人ならば、どんな場所だろうとネウロイに発見されはしません」

 確信を持って言い切った。

「それでも、あの作戦はとても承認できるものでは……」

 うつむいて、懸念をあらわにする。

「自分の固有魔法、《迷彩》はレーダー波を吸収し、ネウロイの認識を阻害するものです。自分を捉えるにはストライカーユニットからの廃熱を探知する以外にありません」

 自信を持って断言した。

 これで納得してほしいものだが。

 最悪、少佐の承認がなくても総司令部からの承認を得た本作戦は実行できるが、隊長の許可があるのとないのとではいろいろ物事がスムーズにいく。

「それでは、今夜の夜間哨戒に付き合ってください」

 ふむ、そういうことか。自分の固有魔法がどういうものか、実地で確認してもらうのが一番かもしれないな。

 幸い、五〇一にいたとき、エイラとサーニャに連れられて夜間哨戒を経験したし、

「了解しました。では、仮眠させていただきたいのですが、部屋を用意していただけますか?」

 

 それから、自分は仮眠室へと案内された。

 夜間哨戒の準備のための仮眠はほんの数時間だが、その時間で哨戒をやるための体力は回復できた。

 自分は、哨戒の発進時間からは少しばかり早いが格納庫へと移動して、発進準備が整えられていた木製疾風が用意されている発進促成装置の手すりに体を預ける。

 五〇一に身を寄せていたとき、エイラのすすめもあって夜間哨戒を経験したが、よもや早速役に立つとは思いもよらなかった。

 経験はなんであろうとしておくものだな、と思えた。

 扶桑皇国で空戦ユニットを扱うための速成教育を受けていたときは、飛行経験が少ない自分では習得が困難とされて夜間哨戒の教育は受けなかったわけだが――同時に、推測航法を学ぶ必要なしと判断された――人の奇妙な縁によって哨戒を経験できたのは大きい。 何しろこうして今、ハイデマリー少佐の要請に従うことができるのだから。

 背後に何者かが近づいてくる気配を感じたので振り返ると、そこにはハイデマリー大尉が立っていた。

「お待たせしました、アキラさん」

「いえ、自分も今来たところです。参りましょう」

「ええ、本日はベルリンの方角の偵察を行います。アキラさんの作戦目標の下見にもなるでしょう」

 む、これは気を遣わせてしまったか。

「少佐」

 言葉を詰まらせてしまう。

「あきらさんの望みは聞いています。人型ネウロイを壊滅させたいんですよね」

「ええ。感謝します、少佐殿」

 自分はそう頭を下げて木製疾風に足を通した。

 ヴン、と空気がうなる音が格納庫に響いて、青い光がストライカーユニットを中心に広がる。隣のハイデマリー少佐も、同様にユニットを履くと同様に床が魔法陣に輝き、呪符プロペラの出現に続く。

 二人のユニットが、同時に魔道エンジンの轟音を響かせ、プロペラは颶風を巻き起こし髪の毛や軍装をはためかせる。

「管制塔、これよりハイデマリーと初美少尉は夜間哨戒に出る」

『了解しました、少佐』

 耳にはめてあるインカムから、管制官の声が聞こえてくる。

「ハイデマリー、進発する」

「くノ一の魔女、発進する」

 十分にプロペラの回転数が高められたユニットは、発進促成装置から解き放たれ、自分たちを庫外に飛ばして空へと舞い上げた。

 


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