自分は、昼間だというのに薄暗い森の中を背負子とそれに乗せてる燃料缶を背負いながらカールスラント陸軍のIII号戦闘脚で進んでいた。
ネウロイがいなければ、きっと鹿や猪、狼もいただろうこの黒い森を慎重に、ゆっくりと。
緑と土のにおいが漂う。扶桑の森と違って、馴染みのない植生ではあるが、このあたりの可食なキノコや野草は一通り頭の中に入れているので問題はないだろう。
そんな中、遠くから怪鳥の声が聞こえてきた。
おそらく、陸戦ネウロイが何体かそう遠くない場所をうろついているのだ。ここはまだ人類が取り戻していない、ネウロイの支配地域であるが故に、それは当然ということだろう。
自分は、固有魔法の《迷彩》を使いながらこの危険極まりない森を進んでいく。迷彩色のフィールドが発生し、電波をシャットアウトするのだ。長時間使えるが、難点はこれを使ってる間、無線通信が不可能になる。
報告によるとこの先、数キロの地点にカールスラント空軍のウィッチが一名墜落しているはずだ。なんでも、初陣を飾って数日の新米ウィッチで、偵察の途中でネウロイと交戦、撃破するも、混乱のうちに進路を誤りこの辺りに燃料切れで墜落したのだという。
通信は可能だったようで、アンテナ持ちのウィッチが彼女の居場所を割り出し、自分にそのウィッチの救出を依頼して来たのだ。
新米ウィッチは、目印に白いスカーフを隠れてる木の枝に縛りつけておくと言っていたらしい。
一応、自分は扶桑陸軍の遣欧部隊所属ではあるのだが、上の指示なしでは動くこともままならない。
そこをおして、と言われたあげくに自分の上官にもこちらから話を通しておくから、とまで言われたのでは仕方ない。
ならばせめての条件として、III号戦闘脚と砲弾の用意をしてくれるなら、と言ったら一時間で揃えてもってきたのだから大したものだ。
「そろそろ新米さんがいる地点なのだが……」
エンジンオイルの焼けたにおいがしないか、人間の声が聞こえないか、空軍のカールスラントグレーの制服が見えないか、そして目印の白いスカーフか木の枝に縛られていないか、五感を研ぎ澄ませてあたりをさぐる。
とはいえ、簡単に見つかるものでもない。
「さてはて、どこにいるやら」
戦闘脚を待機状態にしておりる。そして、手頃な近くの木にのぼってあたりを見回した。巣がさほど遠くない場所にあるからか、木の間に大型の陸戦ネウロイが見え隠れしていた。
「くわばらくわばら、と……ん?」
視界に、白い何かが目に入った。普通の人間なら、まず気づかないような白い点だ。
おそらくあれだろう。巨大な木の枝に目標は結ばれていた。前方、およそ百メートルといったところだろう。
するすると下に降りて陸戦ユニットをはくと、スカーフの木の下へむかう。
木の根元、ウロの中に救出対象は隠れていた。
「待たせたな。自分は扶桑陸軍少尉、初美あきらだ。貴君がジークリンデ・レムケ少尉か」
ジークリンデ少尉は、ウロの中で身を丸め眠っていた。体力温存のためだろう。いい選択だ。
「ん……ああ」
眠気まなこをこすって、純朴そうなウィッチは顔を上げた。
「おはよう。先ずは水とこいつだ」
首にかけていた水筒と、携帯していたポーチから携帯食料の乾パンとソーセージを一本取り出し、渡した。
そして、あたりを警戒する。
「ありがとう、初美少尉」
水を飲み、乾パンやソーセージを食べる音が聞こえる。
「貴君の教官や友人が自分に依頼をしてきたのだ。感謝はありがたいが、彼らにこそ感謝を捧げてほしい」
がさ、と前方で音が聞こえる。
蛇だ。
すぐさま、懐から棒手裏剣を取り出して、頭に向けて打つ。手裏剣はずどんと音を立てて蛇の頭を貫通し地面に縫い付けた。
蛇はうねるようにのたうつ。
「初美少尉、いまなにを」
「蛇がいたのでな」
直ぐにそいつを回収して口を一気に引き裂く。すると、皮と内臓が剥がれる。蛇は、こうすれば腑分けをする必要がなく、楽に食せる。
「蛇?」
「ああ、蛇は山の滋養。味も悪くない。味噌もあるから、味噌焼きなどがいいだろうな」
師匠曰く、山を歩くなら味噌は持ち歩け、だ。
「味噌?」
「扶桑の大豆の発酵食品だな。携帯の調味料として最適だ。クセはあるが、美味いぞ」
味を想像して、にや、と笑ってしまう。しかも、贅沢品としてなかなか市場に出回らない八丁味噌ときたものだからたまらない。こんなものを配給してくれるのだから、扶桑陸軍も嬉しいことをしてくれる。
「まずは、今はここから離れないとな」
近くにあったストライカーユニットには、最新式の時限信管の爆弾をしかけてネウロイに情報を渡さないようにした。ついでに、自分たちが脱出するための陽動にする。
そして、燃料が心もとなくなってきたIII号戦闘脚に補給し、燃料缶を放置されたストライカーユニットのそばに置いておく。
「ジークリンデ少尉、脱出するから自分の背負子に座ってくれ」
彼女は言われた通りしゃがんだ私の背負子に座る。
ひと一人なら、そんなに重くない。
自分は立ち上がると《迷彩》で隠れながら基地へと帰還するのだった。
とはいえ、簡単に帰還できるものでもない。行きは問題なくやってこれたが、それでもここに来るまで半日を費やしてきたのだ。帰りもすんなりいくなどとは考えられない。
勝ってなどいないが、兜の緒を締めるつもりで進み始めた。