IS 速星の祈り   作:レインスカイ

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学園の今後の予定について
新宿爆撃テロを受け、今後は学園に砲火が向けられると考慮された。
1年生が臨海学校に向かっている間に、第二、第三学年の生徒を帰国、帰郷させ、当面休学にするべきでは、との話はすでに上がっていた。
なお、新宿爆撃テロによって家族を失ったであろう生徒達に対しては、各自治体へ保護や集団住宅などの生活保護を要請する予定もしていた。
それに向かって、各国の大使館、自治体との話し合いを進めるための準備期間中にテロによって攻撃を受け、在籍生徒、教職員は深夜に攻撃に晒されることとなった。

被害状況
アリーナ、学生寮、教職員寮、校舎は全て倒壊。
港湾施設 崩壊
大橋 倒壊
モノレール 大破

奪われた訓練機
日本製第二世代機 打鉄 20機
イタリア製第二世代機 テンペスタII 16機
フランス製第二世代機 ラファール・リヴァイヴ 20機
ISコア 学園に配備されていた総数36個
それ以外にも、各パッケージ、兵装、火器、弾薬、イコライザなど学園に配備されていたものの殆どが奪取されたと思われる。


第90話 腐風 そこに  は無く

それは、ティエル先生が…胸の谷間から持ち出した携帯端末から始まった。

なんでそんな所から、とは思ったが口には出さないでおいた。

即座にメルクと鈴の二人が小さな手で俺の両目を覆い隠したからだ。

だから俺はこの件については口に出さず見なかったフリを決め込むことにした。

ああ、俺は何も見ていない。

 

両目を覆う目隠しの向こう側で、ティエル先生が数回の会話をした後、訓練は中止される事となり訓練機は収納された。

 

訓練の為に外に出ていた生徒達も今は自室にて待機を命じられ、1組の座学授業も中断されたらしい。

織斑教諭と例の二人は一室に放り込まれ、軟禁状態。

篠ノ之は簡単な応急処置だけされて、手錠をはめられ、柱に縛り上げられている。

織斑も同じ部屋へ放り込まれた。

ついでに織斑教諭も同様に部屋へ軟禁された。

 

そして俺たちは一角の部屋に集合させられている。

どうやらこの『梅の間』が臨時の対策室…もとい、作戦本部になるらしい。

 

「現在、アメリカ製第三世代型最新鋭無人機である『白銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』がハワイ沖で暴走、搭乗者が居ない状態で、日本へ急速接近しているとの事。

IS学園は大至急、この機体の撃墜をせよ、そう上層部から命令が下されたわ」

 

などという命令が胡散臭い組織から命じられているみたいだった。

 

「命令を下された以上は、これにあたる義務が私達には在る。

けれど、これは実践(・・)ではなく、実戦(・・)よ。

また軍の機体ともなれば、その脅威は未知数、無論…学園の成績に響く事は無いわ。

たとえ、学園が機能出来ない状態にあるといっても、ね。

軍の機密情報にも触れる事になるでしょう、対応は各自の判断に任せます。

出撃したくない人は、今から部屋を去っても構いません」

 

 

そう言われ部屋を去るものは誰も居なかった。

だが、それでも

 

「ウェイル、アンタは部屋に戻って」

 

「そうです、これは軍務ですから、企業所属のお兄さんは対応義務は在りませんよ」

 

鈴とメルクからはこの言い様である。

 

「いや、それでもだな…」

 

出撃せずとも出来る事は在る筈だ。

通信機越しにオペレーターを努める程度は出来るだろう。

それに、このまま放置すればまた何の罪の無い人が危険に晒される。

それを見過ごす事は、どうしても俺には出来なかった。

新宿の人達も、俺を狙ったテロで殺されたというのだから、尚更に。

だから、目の前の事態から目を背けたくなかった。

 

「宜しい、ではこれから知る事は軍の機密情報にもなるわ、今後は何かしらの体制で監視がつくのでそのつもりでいるように。

何か作戦進行について質問はあるかしら?」

 

「はい、敵機体のスペックデータを要求します」

 

メルクのその声にホロモニターが新たに展開される。

そこで見た具合であれば…

 

「遠距離大火力砲撃兵装は山積みだな」

 

「そのようだ、だがコレはあまりにも…」

 

「そうね、スペックデータが伏せられてるわ…」

 

「もう!アメリカ代表候補生だっているんだから開示してくれたいいのに!」

 

ラウラは一瞬で察したらしい、俺は気付けなかったぞ…。

鈴も理解していたらしいし…ウンウンと頷いているシャルロットも理解していたらしい。

あれ?伏せられているのに気付けなかったのは俺だけか?

まあ兎に角だ、次だ次!

 

「速度は亜音速、速すぎるだろ、それでこの火力ってことは一撃強襲離脱型って事か?」

 

さながら音速の爆撃機だ。

今後はコレが世界各地で同じ事が起きるかもしれないな…。

 

「アプローチが出来るのは僅か一回だけと考えられ…今度は何の用よ!?」

 

扉がゆっくりと開けられ、そこには軟禁状態になっている筈の織斑教諭がそこに立っていた。

そして、突き出された右手に、ホロモニターが展開され…そこには

 

「国際IS委員会から任命され、ここから先の現場指揮監督権限は私が請け負うことになった。

ティエル、貴様に指揮権限は既に無い、部外者は速やかに退室しろ」

 

どう考えても理不尽が過ぎるだろう。

委員会から指名って、どこで何があったとしても悪い方向にだけ向かいそうだ。

 

「到底信用出来ないわね」

 

「貴様の信用など不要だティエル。

もう既に貴様に指揮権限は無い。

再度言う、部外者は速やかに退室しろ。

さもなくば、軍法会議にかける」

 

両者揃って目が据わっていた。

これってどうしろと言うのか。

だが、これには俺達には干渉が出来なかった。

言わばこれは上層部のパワーゲームだ。

しかも、織斑一人による独断と裁量が与えられているという横暴が許容されているというオマケ付きで、だ。

 

「これより私が指揮を執る、作戦自体は非常に簡単だ。

一度のアプローチで確実に仕留める、その作戦上、参戦するのはウェイル・ハース、そして織斑 全輝だ」

 

碌でもない作戦が投下されていた。

 

「そういう訳だ、俺が作戦の要だ」

 

続いて聞こえた傲慢な声、それと共に入ってきた一人の男。

悪質な扇動者、織斑 全輝その人だった。

 

「ちょっと待ってください」

 

「作戦概要を説明する、ハースが織斑を作戦領域にまで運搬してもらう」

 

「待てと言っているでしょう!」

 

「接触と同時に織斑の単一仕様機能(ワン オフ アビリティ)『零落白夜』を直撃させ、シールドエネルギーを一気に枯渇させる、作戦は以上だ」

 

「それのどこが作戦だ!」

 

「黙って従え!!」

 

あ、この女は暴君か、今更になって知ったよ。

というか、それが作戦?『何が作戦は以上』だ、どう考えても『作戦が異常』と言ったほうが正しいだろう。

 

「で、それで本当に撃墜出来ると思ってんの?

そもそも代用案はちゃんと用意してるんでしょうね?」

 

「直撃させれば問題はない」

 

「直撃させられるかがどうかが問題だって言ってんのよ!

失敗に終わったらどうする気?」

 

「織斑、出来るな?」

 

「ああ、大丈夫さ。

刀身には問題は無い、出力装置の部位も無事でしたから。

俺を運んでくれる側が仕事をしてくれれば何も問題ありません」

 

この糞野郎、俺に全責任を押し付けようとしてやがる…!

 

「副次案を提案するわ」

 

「提案は却下だ、現場指揮官に従え」

 

もはや作戦なんて言えるものでもないと思う。

完全に自身の独壇場にしようとしている。

 

「しっかりと働けよ、運搬係」

 

いい気になりやがってこの糞野郎…!

 

「現場指揮官殿、異議がある」

 

「異議は却下だ、早急に現場へ赴け」

 

こっちもこっちで頭が沸いている…。

 

「待って下さい!

代案も副次案も用意させずに一発勝負に持ち込むだなんて危険過ぎです!」

 

「そうだ!そもそも現状では成功率も低すぎる!」

 

「成功させれば問題はない、黙って従え!」

 

簪からもラウラからもシャルロットも糾弾するが一切聞く耳を持とうとしない。

なら、こっちからも言ってやる。

 

「だったらこっちからも要求する事がある、運搬をしている間は、織斑を運ぶ際には機体と兵装を展開させるな」

 

「織斑を信用出来ないと言いたいのか?」

 

「当たり前だろう!アンタを含めて信用できる要素なんざ何一つ無い!」

 

作戦概要としてはあまりにも稚拙だと言わざるを得なかった。

俺が織斑を作戦領域へと運搬、戦闘領域に入れば、織斑を現場へ放り込み、白式の単一仕様機能(ワン オフ アビリティ)『零落白夜』で一撃必殺を図るというもの。

直撃させるまでの過程は一切考慮なし、失敗に終わった場合の作戦変更内容も用意が無い、追いつけず振り切られた場合も考慮なし。

それを糾弾したものの『他に確実な撃墜手段は無い』の一点張りだった。

代案、副次案は、提案も発現も全てが却下され、発言すら許さないと来た。

どう考えても「死んで来い」と言われているような気分だ。

それとも「死ぬ気でやれば何でも出来る」という精神論か?

だったら自分で行ってこいってんだ!

 

結局、織斑教諭は頑として何一つ聞き入れず、副次提案、予備の作戦も無しに決行されることになった。

軍人ではない俺としても理解出来ない。

これは、ただの無謀な突撃だろうと察していた。

 

 

「ハース、お前に与えられた選択肢は二つに一つだ。

『こいつらを反逆罪で軍法会議に付き出し、この国の人間を見殺しにする』か、それとも『何も無かったものとして、快諾して出撃する』か。

迷う事でもないだろう?」

 

 

国際IS委員会が何を考えているのかは俺は知らない。

何故こんな奴に指揮権限を与えた、何故俺を利用しようとするのか。

だが、これは明らかなまでに脅迫だ。

もしかしたらアメリカの無人機とやらにも何かしらの干渉をしているのではないかとも勘繰ってしまう。

胸倉を掴んでくる腕を掴み返す。

 

「アンタが用意した作戦とやらに確実性が見当たらない以上、了承出来ないな。

この国にもISで編成された部隊が存在しているのなら、それまでに時間稼ぎをした方が遥かに安全だ」

 

「ならば仕方ない、コイツらをまとめて軍法会議に突き出すだけだ」

 

交渉すらする気が無いのか、この女は…!

話は平行線、とまでも行かない。

徹底的にこちらからの要点を潰すつもりらしい。

 

「お前も知っているだろう、上官に故意に危害を加えた者が軍法会議でどのような沙汰を下されるかを」

 

「テメェ……!」

 

軍というのが上下関係の繋がりを持った組織というのは俺だって理解している。

敵前逃亡やクーデターは極刑に至る事も理解している。

この女はそれを利用しようとしている。

自らがその被害者であると騙り、俺に選択権を押し付ける形で……!

だが、こんな無謀な作戦に俺を駆り出したところで…!

 

「アンタ、国際IS委員会とグルになってるわね…!?」

 

銃を構えたま鈴が唸るように声をあげる。

その言葉に俺もようやくその可能性に気付いた。

無人機の暴走もそれに繋がっているとするのなら…

 

「そんなにも俺が目障りかよ、アンタは…!」

 

「…?私はお前を目障りなどと思った事は無い」

 

仮に…そう、その言葉が偽りで無かったとしても、だ。

到底信用など出来るものではない。

それ以外の思惑が存在している筈だ。

そうでなければ、イタリア本国があんな文書を学園に送り付けてくる事は無かった筈だ。

 

それにこれは、どちらを選ぼうともこの女の思い通りでしかない。

 

「お兄さん、作戦から下りてください!」

 

「ウェイル、お願いだからここは引いて!」

 

「お前は企業所属だ!作戦への参加は義務ではない!」

 

メルク、鈴、ラウラの叫びが聴こえる

 

「ウェイル君!応じる必要は無いんだよ!」

 

「僕達が出れば済む話だから!」

 

「ウェイル!誰も咎めたりなんてしないから!」

 

ティナ、シャルロット、簪までもが叫んでくる。

だから

 

「俺は作戦に参加するつもりは無い」

 

「それは日本国民を見捨てるって事だぜ?」

 

織斑の言葉が場に響く。

また、罪も無い人が殺される。

それを見捨てるというのか…?

そんな迷いが出てくる。

 

「そうだ、お前が出なければ被害はより拡大する。

だが、お前が全輝と共に出撃すれば、それを防げるだろう」

 

俺は…………!

 

赦さない

 

そうやって他者の命を、誇りを踏みにじるアンタ達を絶対に赦すものか

 

あの映像の中の人物がコイツ等を『恥知らずの腐れ外道』と言っていたが、今になってそれを理解出来た。

他者を人間と見ない、他者を平然と踏み躙る。

あのクソ野郎も、あの女も、そしてこの暴君も………他者など道具としか見ていないのだろう。

 

「迷う必要など無かろう、お前が出れば、この連中の反逆罪を見逃してやる、そしてこの国の国民をも救える。

全て守りきるか、全て見殺しか(All or Not)だ。

だがまだ子供もような駄々を言うのであれば……」

 

救える命の数は、All or Not。

怒りが限界にまで至りそうだった。

この女は理解していない、『All or Not』とは詐欺師の常套句(・・・・・・・)だ。

技術者の俺に、そんなものの片棒を担げだと?

今までに無い侮辱だ、だが担保とされているのは人命。

 

新宿の悲劇を繰り返したくないだいだろう(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

爪が肌に食い込み、血が滴るのを感じた。

他者の気持ちを利用し、他者を駒の様に動かし、自らは動く事も無く、自身の目的を達成する。

 

例え、それによって他者が死のうとも構わないか。

 

怒り狂いそうな頭の中で必死に策を弄する。

この女は俺に出撃を命じている。

そして作戦に於いて頼みの綱にしているのは織斑による撃破だ。

 

そうか、だったらその穴を突いてやるよ。

 

「…………条件を出す」

 

俺が出す条件、それは

 

・織斑を運搬している間は、『白式』及びその兵装の展開を禁止する。

 

・俺自身は戦闘領域に入らず、戦闘に参加しない。

 

・運搬は帰投も含まれる、その際のために戦闘領域外で待機。

 

・俺個人の判断で、単独の撤退判断の許可。

 

その4つの条件だった。

皆は必死に俺を止めようとしてくれていた。

だが、それでは皆の経歴に傷を入れる事になる。

皆が今後の進路を目指すにはそれは枷になってしまう。

そして、その枷とは俺だ。

なら、皆を傷付けるくらいなら、傷を負うのは俺一人でいい。

 

「この条件を呑むのなら応じる」

 

「……ふん、まあ良かろう」

 

胸倉を掴んできた腕がようやく離される。

呼吸が楽になる、だかそれは俺としては好都合だった。

頭が狂いそうになるほどの溢れる怒りを力に変え、左手に込める。

 

「…作戦に於いて必要なものが在る、お前の機体に登録しておけ」

 

プロジェクターの下に置いていたであろう、突き出されたトランクが1つ。

それのロックが開かれる。

そこに入れられていたのは、刀剣(ブレード)型兵装だった。

 

「俺には剣なんて使えない。

今までの試合をアンタも少なからず見ていた筈だ。

俺が振るっていたのは剣ではなく槍だ」

 

「作戦に於いて必要だと言った。

つべこべ言わずに登録して持っていけ、これは命令だ」

 

従わなければ命令違反とする、視線でそう言ってくるのを悟る。

権力の暴走だろう。

戦闘には参加しない点は了承させている以上、使う事も無いだろう。

だが

 

「他国の機体に、本国の了承も無しに兵装登録の強要は条約違反なのは理解しているのかアンタは?」

 

「緊急時であれば例外だ」

 

コンソールを操作し、已む無く登録させる。

だが、戦闘に参加する予定も無いのにこんな物を持たせる理由が判らない。

まだ何か考えが在るかもしれない、それを考慮しなくてはならないだろう。

 

「話はまとまった、貴様等はいつまで上官に銃口を向けているつとりだ?

ハースに庇われたというのに、それを無下にするつもりか?」

 

これは、明らかなまでに裏切りだった。

裏切ったのは……まれもなく俺だ。

作戦から降りろと叫ぶ皆を、そしてこの国の国民を秤にかけられ…俺は…皆を裏切った。

 

「ごめん、皆……!」

 

きっと冷たい視線を突き刺してきているだろう。

落胆されているだろう。

 

銃口を最初に下ろしたのはメルクだった。

ティナも、ラウラも銃口を、刃を下ろす。

例え、それが俺に向けられたとしても構わない。

だが、これで皆が行いを見逃してもらえるのなら…

 

全員が武器を下ろしたのを見越し、目の前の女が勝ち誇ったかのように顔を歪める。

背後からは織斑の笑い声が聞こえてくる。

 

他者の気持ちを利用し、他者を駒の様に動かし、自らは動く事も無く、自身の目的を達成する。

 

そらがコイツらのやり方。

それは判っていたというのに……!

俺は、コイツらの思う通りに利用された………。

 

「では、早速作戦を開始する。

小娘どもはこの作戦本部で待機。

織斑、ハースは迅速に行動を……」

 

目の前の女が背を向ける。

その瞬間を待ちわびていた。

 

強く握り続け、血が滴る拳を叩き込む為に、この女へ大きく一歩踏み込み----

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

ドゴオオオォッ!!!!ガシャァァン!!!!

 

それは、一瞬の出来事だった。

鈍い音に続き、視線の向こう側にあった障子を越えてそれは吹き飛ばされる。

 

「……な…?」

 

一瞬感じた殺気に対して振るわれた私の拳。

それによって吹き飛んで行ったのは白い何か。

それは今の瞬間まで目の前に居た男だった。

 

「………お兄さんっ!」

 

私の拳は私の弟(ウェイル・ハース)の胸の中央に突き刺さり、吹き飛ばしていた。

手加減が出来ていたのかと問われようと、(Yes)とは答えられる自信は無い。

 

「アンタ、何をやってんのよ!」

 

周囲が再び非難の声を私に向けてくる。

違う、こんな事をするつもりは無かった。

だが私の体は反応してしまっていた。

 

「ゲボッ…ゴホッ…!」

 

ハースは小娘達に支えられながら、ゆっくりと起き上がりながらも血反吐を吐き出していた。

全輝も、誰もがその様子に言葉が途切れていた。

私は、突きだしていた拳をゆっくりと下ろす。

殴り飛ばした感触は未だにこの右手に残っている。

 

「……これで満足かよ、アンタは…!」

 

血反吐と共に吐き出される憎悪の言葉に、私の足が一歩下がりそうになるが堪える。

垂れた白髪の隙間からは憤怒の眼差しが突き刺さってくる。

ここで私が怯むわけにはいかない。

 

「…織斑、すぐに準備に移れ。

時間が無い、即刻作戦行動に入る」

 

「あ、ああ、判った。

さっさと準備しろよ運搬役」

 

そう言って全輝は砂浜へと向かっていく。

そるを確認して私は再びウェイル・ハースへと視線を向けた。

 

「お前からあれだけ条件を出してきたんだ。

今になって『辞める』などとは言わせんぞ」

 

「待ってよ!こんな状態の彼を行かせるなんて無茶だ!」

 

「すぐに手当てをすべきです!」

 

シャルロット・デュノアと更識 簪が叫ぶのが聞こえる。

だが

 

「黙れ!

この程度で動けなくなるような軟弱者ではないだろう!」

 

私のこの言葉は殆どがブラフだ。

だとしてもそれを悟らせるわけにはいかない。

ハースもまた、血反吐で胸元を汚しながら立ち上がる。

良かったと思う半分、作戦遂行可能だと判断を下す。

 

「これで、上官に手出しをしたのは俺一人、だ。

こっちが出した条件を守ってもらうが、皆の事はこれで見逃してもらうぞ」

 

「…これが狙いか、お前は…!」

 

互いに互いの弱みを掴んだ状態に持ち込んだ。

それが狙いだったのだろうと察しをつける。

だが、その為に自分一人が傷付く。

一夏は、そんな人間だっただろうか…?

 

「時間が無い、即刻作戦行動に移れ」

 

再び私は背を向け、モニターへと向き合った。

その後、二人は作戦の為に出向いた。

作戦実行の最中にその言葉が響くなどとは欠片も思わなかった。

 

「お兄さんが撃墜されました。

白式の攻撃によって」

 

冷たい宣告を放つメルク・ハースの声が響いた。

信じたくなかった、それは…全輝だけでなく、私の希望が絶望へと反転した瞬間であるなど。

 




雪片参式
白銀の福音討伐作戦に於いて、無理矢理にウェイルを参加させるにあたり、織斑千冬がウェイルに所持を強要したブレード型兵装。
一見、織斑 全輝が所持している『白式』の唯一の兵装である『雪片弐式』と同じ形状ではあるが、色彩が逆転している。
刃部分は白、峰の部分は青に染まっている。
ウェイル自身は刀剣型兵装を扱う事が出来ないと頑なに断ろうとしたが、ウェイルが提示した条件を吞み、鈴やメルク達を軍法会議や審問から避けさせるために、渋々所持して作戦に参加することになった。
ウェイルの専用機がイタリアで用意されていた事を知り、倉持技研による製造後、この兵装は千冬によって都内の貸倉庫に収用されていた。

なお、製造費用だが、簪の専用機である『打鉄弐式』の予算を掠め取り、白式を建造した際の余剰金を全額使用している。

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