IS 速星の祈り   作:レインスカイ

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第7話 緩風 兄妹

アリーシャ先生の飼い猫であるシャイニィだが、とても賢い。

怒ったりすることも少なく、アリーシャ先生のいうことは忠実に守るし、物言わぬ筈の猫にもかかわらず、俺からすれば良い話し相手。

俺がプールで泳いでいても、飛び込み台からじっと見てることもある。

料理を作っていれば、テラスで背を伸ばして待っている。

学校の登下校中でも、カバンや俺の肩に飛び乗ってくる。

メルクが相手でも、体を擦り付ける。

懐く相手に見境がないのかと思えばそうでもない。

あくどいことを考えている相手では、寧ろ威嚇をしたりして判別している様子すら見せる。

 

学校でもそうだった。

誰かをいじめているような奴を見かけたりすると、しっぽを太くしてまで威嚇する。

 

「ふぅ…こうしてると落ち着くな…」

 

アリーシャ先生が留守にするときには、シャイニィは我が家に来る。

ブラッシングをその都度してるけど、なぜか俺がブラッシングをするのを気に入ってくれている。

体を洗うのは嫌がるけど、ブラッシングはOKという区別をつけてるからよくわからない。

動物用のソープが気に入らないのだろうか?

 

「よし、綺麗になったぞ」

 

「にゃぁん」

 

おっとそろそろ家から出ないと遅刻になる。

今日は休日ではなく平日。

朝からシャイニィが家に来てブラッシングを要望するから少しばかり夢中になってたみたいだった。

 

「メルク、そろそろ出発するぞ」

 

「はぁい!」

 

机の下に置いていたカバンをつかみ、肩から提げる。

ドアに鍵をして、これで良し、と。

自転車にまたがるとメルクは荷台に横座りに、シャイニィは前籠に飛び込んでくる。

どうやらそこも気に入っているらしい。

俺とメルクが学校に通う時にもシャイニィは同行してくれた時が結構あったりする。

シャイニィは一緒に通う光景が今では馴染みになってきてるらしく、学校の先生も何も言わなくなってしまった。

授業中は、教室後ろのロッカーで先生の講義をBGMにして寝てたり、俺やメルクの机の上で背筋を伸ばしてたり。

猫とは思えないほどの賢さだ。

 

「ハース君、シャイニィ撫でさせて!」

 

「ああ、良いよ」

 

図書室や廊下、シャイニィ目当てで寄ってくる人もいる。

ブラッシングは欠かさないから、手触りが良い。

 

「人気者だな、シャイニィ」

 

「ナァ?」

 

首を傾げて、俺の手元からメルクの肩に飛び乗る。

俺としては人気者の気分というものはよく判らない。

 

「人気者はといえばメルクも同じか」

 

「私は…人気者なんでしょうか?」

 

学年も上がり、メルクは正式に『国家代表候補生』の候補者として名前を連ねた。

今年の夏から、合宿だの、専用の講義だのを受け続ける事になる。

家族なのに、一緒にいられない時間が増えるということだ。

それに関しては、俺も抵抗がある。

 

思い出すのは病院での入院生活。

俺が『ウェイル・ハース』の名前を貰いながらも、病院での入院生活が続き、家族といられる時間すら常に制限され続けた。

あれはかなりキツい。

それを今度はメルクがこなしていかなければならないという訳だ。

俺がメルクと同じように合宿生活を強いられたら脱走しそうだ。

シックハウス症候群って言うんだっけ?

後でメルクから「ホームシックです」と訂正された。

 

今でこそ父さんと母さん、それにメルクやアリーシャ先生にシャイニィが居るが、それこそ誰もいない家に帰るとなると、正直…心が折れる。

完全に圧し折れる。

ホームシックのついでにファミコンかな、俺は。

メルクがそうならないことを祈るばかりだ。

将来俺は、一人暮らしが出来そうにないな。

 

「なぁ、夏からの合宿だけど…合宿生活にシャイニィを連れて行ったりとか、どうだ?」

 

「えっと…ペットは同伴出来ない、とのことなので…」

 

「そう、か…」

 

ペットは、か。

俺からすればシャイニィは家族の一員だけど、世間一般から見れば『ペット』という事になるらしい。

そのシャイニィは自転車の前籠から飛び出し、俺の腕を足場にしてメルクの頭の上へと飛び移る。

ふぅむ、俺よりもメルクに懐いているのだろうか?

アリーシャ先生の話だと、今年で3歳。

性別はメスだ。

 

時折人の頭の上に飛び乗るなどの自己主張をしたりする賢い家族だ。

絶対に俺よりも賢い。

 

なんかさっきから考えてることがメルクのこととシャイニィのこととでフラフラしてるなぁ。

 

「なぁぁぁ!!」

 

今度は俺の肩に飛び乗り肉球で頬をペチペチと叩いてくる。

 

「お兄さん!前!前!」

 

「うおっと!?」

 

ハンドルを急に右に回す。

危うく運河に落ちるところだった。

再びシャイニィが俺の頬に肉球でプニプニ。

「気をつけなさい」と言わんばかり。

…絶対に俺よりも賢い。

傍から見れば肩に乗るサイズの小さな子猫だけど、頼もしい家族だよ。

 

「キース、クライド!」

 

「よう!」

 

「おはよう、ウェイル、メルク」

 

「おはようございます!」

 

通学中、親友のキースとクライドに追いつく。

二人も同じクラスになり、毎朝こうやって通学している。

四人揃って、進級祝いに、近所の釣り好きのオッサン達に釣り竿を貰ってたりする。

俺はかなり嬉しかったんだけど、なんでこの二人は微妙な顔をしてたんだろうなぁ。

 

「今週末、また釣りに行かないか?」

 

「お前また釣りかよ」

 

「ヴェネツィアの魚全部釣りあげる気なのか?」

 

「お、いいなそれ。

一都市の魚全部釣りあげるとか、大きな目標に出来そうじゃん」

 

「お兄さん、そんなことしたら、お父さんにスシバーに連れて行ってもらえなくなりますよ」

 

「ああ、それは困る、とても困るな」

 

父さんにも進級祝いという事で、街の中央部に構えたらしいスシバー、そこに連れて行ってもらった。

何か「スシ」なるものとは違う気がしたけど。

だって片っ端から、白米の上に焼き魚が乗っているものばっかりだったし。

そこは…俺が『ニホンジン』だったかもしれない頃の記憶が言ってるのだろうか?

 

 

店の隅で汗だくになりながら『マーボー』とかいうものをかっ喰らっていた人が店主らしかったけど。

あの人、居場所がなさそうだったな…。

理解者も居ないのかもしれない。

何故か親近感が沸いたけど、近寄りがたかった、特に匂いが。

 

 

閑話休題(話を戻そう)

 

「ウェイルも釣りが好きだよなぁ…」

 

「雑誌から影響されたんだっけ?」

 

「地元の新聞に載ったのは嬉しかったような、恥ずかしいような、そんな気分だけどさ。

写真掲載はされなかったけど」

 

理由は知らないけど、写真を映したUSBメモリはアリーシャ先生が持って行ってしまった。

写真をPCで現像、コピーしたのは俺たちにもくれたから文句なんてありはしないけど。

釣り場にいたオジサンたちもこぞって写真に入り込んでたっけ。

俺が写真から出ようとしてたけど、釣り人衆がこぞって押し出して俺達が写真の中央に入る形になった。

あれはあれで良い思い出だ。

 

「最近のウェイル、よく笑うようになってきたよな」

 

「なんだよキース?

俺が仏頂面しかしてないみたいじゃんか」

 

「実際そうだったぜ、学校に途中編入してきた頃とか、なんかやけに表情が硬くてさ」

 

「そうそう、何を考えてるかわからない奴だって思ってたよ。

相手をするのは専ら、メルクとシャイニィだけでさ」

 

ふぅむ、そんなに表情が硬くなってたのだろうか?

自分のことなのに、まるで自分が判らない。

 

「そうだったかな、メルク?」

 

「今では…以前よりもすっと柔らかくなってる気がしますよ」

 

「そう、なのかな…?」

 

う~ん、やっぱりよく判らない。

試しにメルクの頭の上のシャイニィに視線を向けると

 

「ふにゃぁ?」

 

肯定とも否定とも取れない返事を返すだけだった。

今この時に限っては、コイツらの連携には素晴らしいものが感じられる。

けどまあ、俺も多少は変われたのかもしれない。

入院していた頃に比べれば、ずっと…な。

 

自転車を駐輪場に停め、上履きに履き替え、廊下を歩く。

シャイニィを連れているからか、やっぱり目立つ。

メルクもいるから殊更に目立つ。

俺は…そう目立たなくていいや、あの時の写真でお腹いっぱいです。

 

俺達一年生は教室は3階にあるから上るのが結構面倒。

その間に色々と話が出来るから良いけど。

教室に入れば…わざわざ教室にまで来て寝ている生徒も居たり、授業に備えて予習復習する人も居たり。

あ、今日は小テストが在るんだった。

 

「どしたウェイル?」

 

「小テストだったよな、今日?」

 

「明日、ですけど?」

 

「あ、そう」

 

やっぱり俺って物覚えが悪いなぁ。

あ、じゃあ曜日間違えてカリキュラムの用意しちゃったってことか。

 

「悪い、忘れ物取りに帰る!」

 

あたりまえだけど遅刻した。

せっかく間に合うように家を出たはずなのに。

もののついでに放課後居残りだった。

何このコンボ。

 

忘れ物した→取りに帰った→遅刻した→放課後居残り

 

居残りにはシャイニィも付き合ってくれたからいいけど。

やっぱりシャイニィは賢いなぁ。

 

「お前は賢いよ、本当に」

 

そんな訳で、今日のシャイニィの夕飯はロイヤル猫缶なんだが…見向きもしない。

カリカリだとかは普通に食べることも在るんだが、最近は缶詰には興味がないらしい。

 

「どうしたんだ、シャイニィ」

 

「ナァ…」

 

視線が向かうのは、キッチン。

ああはいはい、焼いた魚をほぐしてくほしい、と。

焼き魚ですっかり味をしめてるらしいな、このグルメめ。

 

 

 

そんなこんなで、シャイニィ好みの焼き加減を今日も母さんに教えてもらうことになった。

アリーシャ先生がいない日に関しては、そんな毎日。

夜、眠るときにもシャイニィは俺の部屋とメルクの部屋を勝手気儘に行ったり来たり。

寝苦しく感じて目を覚ますと、胸の上で寝てることも在る。

床には、父さんに教えてもらって作ってみた、小さな揺り籠が置かれている。

時々シャイニィが気に入ったかのように使ってる時があるけど、ここ最近は人と一緒に寝るのが良いらしい。

俺が朝まで寝てると、シャイニィの肉球パンチで目を覚ますなんてのも昨今では珍しくもない。

人間の俺よりも、シャイニィのほうが健康的な生活をしているように見えなくもない。

 

「お兄さん、もう起きてますか?」

 

「ああ、起きてるよ」

 

おっと、さっさと着替えよう。

 

夏からはメルクは合宿だとかの都合もあり、普段からジョギングをしている。

俺も負けないようにジョギングには同行している。

春先の朝はまだ少しだけ寒いけど、これくらいなら、少し重ね着をした程度で良いだろう。

 

「おはよう、メルク、ウェイル」

 

「ジョギングに行ってくるの?気を付けてね」

 

「行ってきます」

 

「行ってきます!」

 

メルクは俺よりも元気がいいね。

その元気を分けてもらいたいくらいだ。

 

朝食はジョギングの後。

このタイミングには時にはアリーシャ先生も来てくれるんだけど。

 

「お、来たサね、二人とも」

 

今日はちょうどその都合のいい日だったらしく、家を出た途端に出迎えてくれた。

とは言え、その服装が目に毒だ。

マラソン選手のように、へそ出しタンクトップと丈の短すぎるズボンだもんな。

 

「私だって…私だって何年かすれば…!」

 

メルクも隣で暗雲漂わせてるし。

 

「二人共、どうしたのサ?」

 

この人、自分が原因になってるのが判ってないらしい。

先日のプールでもそうだったけど…。

身内贔屓といえばそれになるかもしれないけど、メルクもアリーシャ先生も揃って美人だと思う。

それに引き換え俺は…この年で白髪だもんな…。

この髪色はちょっとばかり気にしている。

 

「…はぁ…」

 

最近、コレが原因でお年寄りだと勘違いされて、バスの席を譲られたのは軽いトラウマだ。

髪、染めようかなぁ…母さんや父さんは似合うって言ってくれてるから、白髪のまま放置してたけどさ…。

 

「さぁ、今日もジョギングを始めるよ」

 

「「はい!」」

 

ジョギングのコースはアリーシャ先生が前もって決めてくれてる。

商店街を通り、ご近所さんに手を振り、見慣れた釣り場で見慣れた釣り人仲間に挨拶を。

五月にはいってから、そんなコースを毎朝3周走ってから、自宅に戻り、シャワーを浴びて、朝食を食べてから学校へ。

登下校中も、家での生活でも一緒に居る事の多いシャイニィだけど、ジョギングには一緒に来てくれない。

 

「なぁ…」

 

今日も窓際で手を振る代わりに尻尾をユラユラと振るっている。

「いってらっしゃい」と言ってるのかもしれない。

そのつもりでいよう、うん。

 

「さてと、今日も頑張るか」

 

少しだけ肌寒い早朝、俺は見慣れた街並みを走り抜けることになった。

最初はキツかったけど、毎朝続けていると余裕が出来るようになり、先生からいろいろと追加でメニューをもらってる。

緩急をつけながら、つまりは、途中で全速力になったり、緩やかなスピードにしたりと切り替えたり、そんな感じ。

俺も少しは体力がついてきたんだろうな。

 

「お~い!」

 

「ほら、ウェイル、手を振りな」

 

手を振ってきたのは釣り場でよく見かけるオジさんだった。

この場所を通ると、アリーシャ先生もメルクも目が白ける。

なんでだろうなぁ…。

 

「おはようございます!」

 

言われたから、というわけじゃないけど、手を振って返した。

あのオジさんからはルアーを一つもらった覚えもあり、感謝してるし。

そのルアーを使ってあの日、大きな魚を釣り上げたから、尚更かな。

 

「今週末も此処で待ってるぜ!」

 

釣りの心得も教えてもらったんだよなぁ…。

釣り竿の手入れの方法とかも。

 

「お兄さん、釣りにハマりすぎです…」

 

「あとは料理に機械いじりにも、サ」

 

母さんと父さんから教わってるっていうのもあるけどさ…。

だって楽しいから…。

 

 

朝食の時間は、アリーシャ先生も一緒に過ごし、学校に行く頃にはシャイニィと一緒に仕事に出かけて行った。

アリーシャ先生の仕事先に関しては詳しくは知らないけど、シャイニィの同伴が認められてるのだろうか?

シャイニィと一緒に過ごす時間が多くなってたからか、自転車の前籠が空なのは少しばかり寂しい。

その分、と言わんばかりに後ろからメルクが抱き着く力が強くなるのは…きっと俺の思い違いなんだろう。

家族という領分には俺は甘いのかな…?

自分で自分がよく判らない。


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