IS 速星の祈り   作:レインスカイ

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久々にあのセリフを入れたかったんです…。
そして軽度キャラ崩壊ありなので要注意
今回もウェイルの秘密兵器の紹介もあります。


臨海学校強制敢行
臨海学校に関しては事前に決められていた話ではあるが、今回は日本政府の強硬姿勢によって強制的に敢行された。
予定を取りやめれば、当然だが莫大なキャンセル料を支払うことになり、日本政府はそれを断固として拒絶。
学園側も、篠ノ之 箒が繰り返し学園内の備品の破壊行動を行い、物資補填につき予定外の出費を繰り返すことになり、年内予算が限界に至っていた。
そのタイミングで臨海学校に対しての190名近くの生徒と教師陣のキャンセル料負担は出来ないと判断し、やむなく1年生を臨海学校への出向を決断した。
また、強制退学処分となり、出向けなくなったイギリス人生徒、並びに病院への入院中、現状行方不明(実際には死亡)になっている生徒達の代わりに、第二学年、第三学年の教職員をメンタルヘルスカウンセリングの役目を兼任することで同行させている。
それに伴い、学園は当面休校、それを口実とした2年生、3年生の生徒達の帰省、帰郷、帰国を促す準備に入っている。
1年生は臨海学校終了後にその予定に入ることになっている。
その為、一学期期末試験、終業式は取りやめになった。


第84話 海風 蒼に染まる

夢を見た。

粘着く闇の中、男の子が蹲っている。

俺はそれを見下ろしている。

男の子の体はボロボロで、着ているどこかの学校の服は泥だらけだった。

 

『誰かが傷つくのを見たくない…なら、俺が代わりになっていれば、誰も傷つかずに済む…』

 

夢の中の子供はいつもボロボロだった。

体だけじゃない、心もだ。

自分が傷つく役目を負って、自分以外の誰かが傷つくのを防ごうとしている。

あんまりにも悲壮な覚悟にも見て取れた。

 

『家族という言葉が嫌いだった(・・・・・・・・)

それは、俺には手の届かない幻だから』

 

『家族という存在に憧れた(・・・・・・)

誰もが当たり前に話すそれが、あまりにも眩しかったから』

 

蹲る男の子の言葉が何故か俺の胸を突く。

思い返せば俺には血縁者なんて誰一人居ない。

俺は拾われた子供で、もともとは何処の誰だったのかも俺自身にも判っていない。

 

突如、暗闇が深くなる。

もともと暗かった暗闇が殊更に。

暗闇の向こう側に誰かが見えた。

 

「あの女は…!」

 

黒いレディーススーツに、長い黒髪の女。

会話などまともにしたことは無かった、遠目に見たことがあるだけだった。

足音もさせずに近づいてくる。

それが判っているのに…俺の足が動いてくれない…!

 

あの女の手が俺の喉を掴み………

 

 

 

   ニ

 

 

      ガ

 

 

                    サ

 

 

     ナ

 

 

                    イ

 

 

            オ

 

 

 

 

 

            エ

 

 

 

                         ハ

 

 

 

            ワ

 

 

               タ

 

 

 

                     シ

 

 

 

            ノ

 

 

 

        モ

 

 

 

                  ノ

 

 

 

 

                      ダ 

 

 

 

「…ッ!…ハァ……ハァ…ハァ……ハァ………」

 

暗闇が消え、視線の先に見えるのは学園の私室の天井と…泣き顔になったメルクだった。

釣りを楽しみに眠っていたはずだったのに、飛び起きてしまっていた。

部屋が暗い…のは当然か、時間を見ればまだ真夜中だ。

 

「良かった…気が付いたんですね…」

 

隣で眠っていたであろうメルクが泣き顔で抱き着いてくる。

また、俺は悪夢に魘されていたらしい。

悪夢に魘されるだなんて、いつ以来だっただろうか。

 

「いったい、どんな夢を…?」

 

「……悪い、思い出せない」

 

悪夢を見たのは判っている。

なのに、俺はいつもそれを思い出せなかった。

 

それはそれとして

 

メルクが抱き着いていても判る。

今の俺は汗ビッショリだ、それにもかかわらずメルクは抱き着いていて離そうとしない。

着替えたい、その前にシャワーを浴びたい…けどこうなったらなかなか放してくれないんだよなぁ…。

 

メルクが泣き止んだのは太陽が昇り始めるころだった…。

 

 

 

 

 

 

その日、あれ以降は一睡もせぬままに俺達は本当に臨海学校に赴くことになった。

あんな事があったのにも拘らず、それでも学園から外出させるだなんて上層部は何を考えているんだろうかと頭を疑った。

これに関してはメルクが言い出した事だが、俺も同じような意見ではある。

 

「ここからバスの旅か」

 

朝練を終え、朝食をとった後は校門近くに待機されているバスでの移動になった。

クラス毎にバスに乗り込むため、ティナ、ラウラ、簪、シャルロット、そして鈴とは別々のバスに乗る形になる。

 

「メルク、忘れ物は無いな?」

 

「はい、昨晩しっかりと確認しましたから!」

 

この旅行には、1年生全員が参加している。

精神状態を鑑みて、少しでも気分を持ち直せるようになれば、との配慮もあったそうだ。

実際、真夜中にはあんな状態になってしまっていたメルクも今は気丈に振舞ってくれている。

更には2年生、3年生の担当になっている筈の教諭も、カウンセラーとして同行をしている。

それに関しては俺からは言う事も無い。

そう思い、バスに乗ろうとした瞬間だった。

 

「…?」

 

視線を感じた。

その視線に目を向ければ

 

「………」

 

二つ隣のバスに乗りこもうとしていたであろう織斑、篠ノ之の二人だった。

僅かに強張った表情をしているようにも見えたが、気にせずにバスに乗る。

俺の思い違いかもしれないし、そもそもあの二人には関わりたくない。

それに、折角のバカンスなんだ、少しは楽しい気分になりたいと思う。

 

「どうしました?お兄さん?」

 

「いや、何でもない」

 

事前にクラスメイト達と話し合い、俺が獲得した席は最後列、進行方向から見て左側の窓際の席だった。

肩から提げたバッグは既に荷物室に入れ、手元には何も持っていない。

強いて言えば、待機形態のアンブラだけ。

シートに座して俺はすぐに目を閉じた。

乗り物酔いの心配は特に無い、ヴェネツィアでは大きく揺れる船に乗っていても、どうという事は無かったのだから。

向かう先は東京都からは随分と離れた場所らしいが、この時期だし暖かいだろうなとは思う。

向こうに到着したら気分転換に釣りをしようと心の中で決めていた。

皆の釣り竿も完成し、アンブラの拡張領域に収納している。

ああ、数か月ぶりの釣りだ、思う存分に楽しもう!

 

そのためにも体力を温存をするべきだろう。

 

「悪いが少し寝る、到着したら起こしてくれ」

 

そう言ってさっさとシートの上で寝る事にした。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

青い空、輝く太陽、白い砂浜、寄せて返す波!

正しく夏のビーチ!

 

旅館『如月壮』に来てから直ぐに各自水着に着替えることになり、ビーチに集合となった。

先日はショッキングな事件があったけど、こういう時にはせめて楽しもうと決めていた。

 

「さて、全員集合したわね」

 

3組の担任のティエル先生はといえば、かなり大胆な白いビキニの上からパーカーを羽織っている。

キリッとした表情こそしているけれど、南国のような麦わら帽子を被っている時点で満喫するつもりでいるのは明白だった。

 

「先生ー!1組の皆が居ませ~ん!」

 

嘲笑交じりにティナが素っ頓狂なことを言っている。

これには他の皆もクスクスと笑っている。

皆はそろって理解しているし、これは暗くなりがちな雰囲気を明るくさせようとしてのことだとは理解している

 

「はいはい、1組の皆は旅館の中で通常授業をしているわよ。

これを機に成績で大きく抜かれるかもしれないし、学期末試験で赤点を取らないように皆は頑張りなさいね!」

 

「いや、ここでそんな現実的な話をしなくても…」

 

私のツッコミなどどこ吹く風、ティエル先生は言葉を続ける。

尤も、学期末試験は現時点では取りやめとなっている。

2年生、3年生も今は授業自体が休講、各自帰国や帰省の準備に入っている。

私達1年生もこの臨海学校が終わり次第、同じように帰省の準備に入ることになっている。

 

「先日の大事件の事もあって、心が沈んでいる子がいるのは百も承知よ。

でも、今回この臨海学校に来たからには少しは気を持ち直してね、悩むことは後でも出来るから」

 

そんなありがたいお言葉をいただきながらも私は周囲に視線を向ける。

見渡す限り水着姿の女の子達ばかり。

けど、何事にも例外がある、そもそも女子でもなければ、どう見ても水着姿ですらない人物がそこに一人…。

 

「なんでアイツは…」

 

ウェイルだった。

頭の上にはキャップ、目元にはバイザー型のサングラス。

トップスには肘まで丈のあるカッターシャツの上からジャケットを羽織っている。

その背中には『爆釣日和』とか書かれているけれど、ウェイルはそれを理解しているんだろうか…?

ボトムにはデニム、左手には釣り竿が握られ、右肩からはクーラーボックス、右手には釣り道具が収納されているであろう道具箱が。

そして海岸沿いには旅館から借りてきたらしい小舟が一艘。

どう見ても『泳ぐつもりなど一切無い』と言わんばかりであり『釣りをしに来た』と全身で語っていた。

そんな立ち姿をしているからか、周囲の女子生徒はため息をついてたり落胆してたり…。

アイツ、本気で釣りを楽しむつもりでいるらしい。

 

「水着姿のウェイル君を拝めると思ったのに…」

 

「逆三角形の上半身を期待してたんだけどな…」

 

「折角サンオイルまで準備したのに…」

 

そして女子生徒は文句を言ってる人が多いこと多いこと…

 

「それじゃあ、解散!

夕方には旅館の入り口に集合よ!」

 

パンと手が鳴らされ、全員が散った。

準備運動をする人、それすらせずに海に飛び込む人、日光浴を勤しもうとする人、砂遊びをしようとする人も居る。

はたまたビーチバレーをしようとする人も居れば…

 

「ちょっとティナ、アンタはなんつー恰好をしてんのよ!

アンタのソレは水着じゃなくてどう見ても『着ぐるみ』でしょうが!」

 

「やっぱり?

この前生徒会室に居た本音って子からもらったんだけど、どう見ても着ぐるみよね」

 

引っぺがすことにした。

そして着ぐるみの中は白黒のビキニとか大胆なことをやってるし…このホルスタインが!

 

そんな事をしている間にウェイルは姿を消しているし…。

 

「って、アイツはどこに行ったのよ!?」

 

「ウェイル君なら、メルクちゃんと小舟に乗ってアッチに行ったわよ?」

 

「止めといてよティナァッ!」

 

「まあそれよりウェイル君からの預かりものよ♪」

 

手渡されたのは、ウェイルお手製の釣り竿だった。

…喜ぶべきか、それとも怒るべきか…!

その後、釣り竿を甲龍の拡張領域に収納しておいた。

聞けば簪やラウラやシャルロットにも手渡されていたとか。

なんでプレゼントが釣り竿なんだろうか、とか色々と言いたい事はある。

後でちょっとお説教しようかなぁ…?

アイツが本当に一夏と同一人物なのか、少しだけ自信がなくなってきた。

本当は昨日の内に弾や数馬や蘭と逢わせてみようかとか考えていたんだけどなぁ。

事件のせいで、その予定は台無しになった。

 

「それより、ビーチボールをやるんだけど、頭数が足りていないのよ。

鈴も参加して♪」

 

「あーもー!仕方ないわね!」

 

その後はと言えば、ひたすらビーチボールに勤しむことになった。

キッツイ…!

そうやってビーチボールをはじめてから1時間半、ようやく別の子と交代することになった。

もっと早くに交代すれば良かったなぁ、なんて今更後悔しながらに考えた。

 

それからウェイルとメルクが行った場所とやらに向かってみる事になった。

それは兎も角として

 

「なんでアンタ達まで着いてきてるのよ?」

 

「ウェイル君の様子が気になって…」

 

「ウム、右に同じくだ」

 

簪、シャルロット、ラウラ、ティナの面々も動向を申し出てきていた。

断る理由もないため、やむなく同行することに承諾し、岩場を乗り越えていき、そこには

 

「ハ――――――ハッハッハッハッハッハッ!」

 

大きな笑い声が聞こえてきた。

聞きなれた声だけど、まるで別人のような笑い声だった。

笑い声が聞こえてきた場所に視線を向けると…

 

Ottimo punto di pesca!(最高の釣り場だ!)

Non avrei mai pensato di (こんなに良い)potermi imbattere in un posto così meraviglioso!(場所に巡り合えるとはな!)

Sono mesi che non pesco!(釣りなんて、何か月振りだ!)

Valeva la pena venire i(極東の島国にまで)n un paese insulare dell'Estremo Oriente!(来た甲斐が在ったぞ!)

 

高らかに叫ぶ釣り人がそこに居た。

白い髪を穏やかな海風に流しながら、釣り竿を操る男が一人。

釣り上げた魚からルアーの針を外し、再び糸を海に投げる。

ものの数秒後には次の魚が釣れる、理由は知らないけれど入れ食いらしい。

 

傍らに居るメルクは何が楽しいのか、そんなウェイルを見てニコニコとほほ笑んでるし…。

 

「誰?アレ?」

 

そんな様子を見たシャルロットの言葉がそれだった。

 

「むぅ…普段の様子とはかけ離れているな…」

 

「爆釣日和って事かな…?」

 

「あんなに釣って、後はどうするのよ…?」

 

ラウラ、簪、ティナもそんな苦言を好き勝手に言っていた。

それは私も気になるんだけど…。

よくよく見れば、クーラーボックスが幾つも並んでいる。

拡張領域に大量に入れていたわね、あのバカ…変な所で頭を使っているわね…。

 

「釣りが趣味とか言ってたし、学園に来てからは一度も出来なかったから、ハジけてるんでしょ…。

そっとしておいてあげましょうよ」

 

これが私なりにできる最大限のフォローだった。

 

「ウェイル、メルク、隣、お邪魔するわよ」

 

私も釣り竿を取り出し、ウェイルの隣に立ってみる。

ルアーもリールも付属させてくれていたお陰で、すぐにでも釣りが出来る姿勢だった。

 

「あら、鈴さんも来たんですね」

 

「まぁね、他の皆も居るわよ」

 

糸を垂らしてみるけど、一向に手ごたえは感じない。

糸を垂らしてすぐに釣れるものではないらしい。

これが経験の差というものなのかもしれないわね。

 

私の言葉が聞こえたのか、ラウラ達も茂みの中から姿を現し、各自釣り竿を取り出した。

 

「皆は釣りの経験は在るのか?」

 

「私は…人がしているのを見た事があるだけよ」

 

シャルロット達は経験は皆無だと潔く応えていた。

さて、誰が一番釣れるかしらね。

 

「ウェイルはどれだけ釣ったの?」

 

「黒鯛が40尾、ヒラメに、カンパチ、ブリ、アカハタ、イソマグロ、カツオ、カマス、キンメダイ、クロマグロ、サワラ、ホッケ、マダイ。

こんなところか」

 

黒鯛が釣れ過ぎでしょうが…。

そして見境がないと言うか、種類が多いというか

なんでたったあれだけの時間でここまで釣り上げる事が出来るんだか…?

 

「クーラーボックスがこれで20個は使い切ってるかな」

 

近くに停めてあるボートにはクーラーボックスが敷き詰められていた。

どれだけ釣るつもりなのよ、コイツ…。

 

「メルク、アンタはコレをみてどう思うの?」

 

「久々に楽しそうにしていて、私も嬉しいですよ!」

 

このブラコンめ…。

この兄にして、この妹在り、か。

 

「お、きたきた!」

 

ウェイルが竿を振り上げると、そこにはまた大きな魚が。

キンメダイ、と後になって教えてもらった。

 

「でも、海まで来たのに泳ごうともしないなんて勿体無いんじゃないかな?」

 

「俺とメルクの故郷、ヴェネツィアはそもそもが海と繋がった都市だ。

夏になれば海で泳ぐ機会なんて日常同然なんだよ」

 

シャルロットの疑問にも丁寧に答えている辺り、ウェイルは泳ぐ事よりも、釣りを優先したいらしい。

この思考は…まだ私には理解するには及ばなかった。

 

「では、何故今回は海で泳ごうとしないんだ?」

 

「ISを動かせると判明した時点から、そっちに掛かりっきりになっていたんだ。

休みの日も仕事ばかり、釣りが趣味だが、する時間の殆どが無くなってな…」

 

「GWも、企業に通い詰めで、釣りをするのは数ヶ月振りなんです」

 

…さっき大声で絶叫(?)していたのは、その鬱憤晴らしみたいなものかもしれない。

もしくはストレス解消かな?

学園に編入した以降は騒ぎに巻き込まれ続けていただろうし、その分も考慮すれば、ね…ようやく理解出来た。

 

「ティナ?そっちは釣れてる?」

 

「少しは、ね」

 

「簪は?」

 

「さっぱり…ラウラは?」

 

「こちらもさっぱりだ…」

 

「初めての経験なんだし、そういう事にもなるだろうな。

気長に楽しめば良いさ、おっとまた来た!

これは…大物だなっ!」

 

なんでウェイルばっかり?

その考えが全員に共通して発生していたと思う。

でもそんな事は口に出していられなかった。

私達が見ている先で釣竿が大きくしなり、糸の先が右に左にと激しく揺れている。

水面の僅か下には…

 

「何よアレ!?」

 

大きな影。

その大きさは、ティナの背丈をも超えてる!

 

「つ、釣れるの!?」

 

「糸が切れるぞ!?」

 

「本当に大丈夫なの!?」

 

「嘘でしょっ!?」

 

皆が騒いでいる中、ウェイルとメルクだけが冷静に見せていた。

手が真っ白になる程に釣竿を強く握り、糸を巻いて魚を力強く引き寄せる。

皆が慌てる中、私はウェイルの手に自分の手を添えた。

 

「釣り上げるつもりなのよね?」

 

「当然だ、今日一番の大物、コイツを逃すつもりは…無い!」

 

二人がかりで釣竿を振り上げる。

それでも魚を持ち上げるにまでは至らなかった。

 

「大物釣ってやるから待ってろよ、フッフッフ…」

 

また変な事を言い出してる始末…。

釣りがよっぽど好きらしいわね、ウェイルは…。

でもそんな事を言う暇があれば釣竿を振るう方へ集中しないと!

それにしても重いわね、どれだけ重さがあるのよ!?

 

「ウェイル、頑張って!」

 

「網、用意するね!」

 

シャルロットと簪からの激励が聞こえる。

 

「後少しだ!」

 

「鈴、もうちょっとよ!」

 

「お兄さん!頑張って!」

 

ラウラ、ティナ、メルクも応援をしてくれる。

 

「さぁて、そろそろ釣り上げるぞ。

手の力を抜くなよ!」

 

ウェイルもサングラス越しに視線を合わせてくれる。

頭の上からの声というのは少し変な感じだけど、今だけはその声が心地よかった。

 

そろそろ釣り上げると言っているんだし、私も改めて力を入れなおさないと!

 

「モチロン!ウェイルも気を抜くんじゃないわよ!」

 

痺れそうになる手で竿を握り直し、ゆっくりと引き寄せる。

ウェイルがはリールを巻き、魚影をどんどん岸へと近づけていく。

それにつれて海面の向こう側にいる魚の姿がハッキリと見えてきた。

 

「大きい…1mは超えてるわよ…!?」

 

「初めてでこの釣果だ、凄いじゃないか」

 

シャルロットが網を使って魚をとらえようとするけど、当然入らない。

ウェイル以外のメンバ-でも持ち上げる事すら出来ないなんて、どうすればいいんだか。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

クーラーボックスにも入らず、仕方ないので小型ボートに直接乗せることにした。

大きさとしては173cm、重量に関してはこの場で測れないから省略。

まさかこんな大きさのマグロが、こんな所に迷い込んでるとか…運が良いんだか、悪いんだか。

釣り場で平坦な場所に焚火を熾し、釣り上げた小さめの魚を選んでは串に刺し、焼いていく。

調味料は持ってきていないから海水に含まれる塩分が唯一の風味なるかもしれないが、まあ良いだろう。

 

「こういう騒がしい釣り場は、ヴェネツィア以来だな…」

 

気づけば悪夢のことなど忘れるくらいに楽しんでいた。

 

 

 

そのまま久々の釣りをみんなで楽しくしていれば時間は早くも夕刻になってしまっていた。

それに付け加え、並ぶクーラーボックスとこの特大のマグロのせいでボートの上がいっぱいになってしまってる。

それによって生じた問題が一つあった。

夕方近くまでの釣り三昧、皆も少量だけど魚を釣り上げたことで、用意していたらしいクーラーボックスはすべて使い切り、全員がクーラーボックスを肩から提げて帰ることになる。

けど、当然楽して帰りたいもの、だから

 

「乗れるのは二人が限度だな。

ボートの操縦は俺がするとして…乗れるのはあと一人。

それ以外のメンバーは歩いて帰ってもらうことになるわけだが…」

 

残り一人の枠を取り合うことになった。

だけどせっかくの臨海学校での争いを起こすわけにもいかないので

 

「「「「「「ジャンケン!ポイ!」」」」」」

 

とまあ、平和な争いが起きたのだった。

言ってて矛盾してるかもしれないけど。

 

ボートは旅館で借り受けたもの。

操縦方法をレクチャーしてもらってから使用してみたが、わりと古風なもので操縦自体は難しくはなかった。

モーターエンジン式で、舵もエンジンの向きを変えれば簡単に動かせる。

4か月振りの釣りは昼前から夕方まで堪能し、俺としては実に満足だった。

皆は釣りが初めての経験だったらしいが、それでも釣果は上々だったようだ。

俺も今回の釣果には満足している。

大物が数匹釣れ、クーラーボックスをいくつも一杯に出来たからな。

ヴェネツィアでもそうだったが、日本の釣り場も悪くはない。

 

「わっほー!気持ち良い!」

 

船の先端部分で鈴が座って叫んでいる。

ボートに乗って感じる海の風が相当心地よく感じるらしい。

夕方近くなので、体を冷やさぬようにと俺のジャケットを貸しているが、前部分のファスナーを閉めようとしないので、裾の部分が風によってバタバタと揺らいでいる。

彼女のトレードマークのツインテールも同様に揺られているが、ついついそちらに目が向いてしまう。

思えばこの一学期は、彼女と出会ってから随分と生活の彩りがよくなったと思う。

ヴェネツィアでは普段から誰かを探していた感じがしていたのに、今ではそれすらめっきりとしなくなった。

夢の中に現れていた誰かも今では姿を見せてはくれない。

 

「どうしたのよウェイル?ボーッとしちゃって?」

 

「いや、何でもないよ」

 

「釣り上げた魚はどうするの?小さい魚はあの釣り場で焼いて食べたけど、この大きいマグロとかさ…」

 

「旅館に寄贈しよう、食事にも出してもらえるかもしれないぞ」

 

「お人好しねぇ、持って帰ってもいいと思うのに」

 

こんな量は持って帰れないだろう。

ここに有るものだけでなく、陸路を歩いて帰っているメルクたちにも持たせているんだ、処理しきれないさ。

 

「ヴェネツィアでもこういう事はよくやっていたんだ。

週末には多くの魚を釣って、母さんがそれを捌いて、多すぎる分量は近所の人に分けたり、とかさ」

 

「ふぅん、楽しそうな日々ね」

 

実際、とても充実していた。

メルク、シャイニィ、姉さん、母さん、父さんと一緒に過ごす日々は俺にとっては輝かしい日々で、かけがえのない時間だ。

昔の俺はどうだったかは知らないが、ハース家に引き取られてからの俺のほうがよっぽど暖かな日々を過ごしているとは思う。

 

「近所にも釣り場が有って、釣りで知り合った人が多く居るんだ。

尤も、年上のオッサンばっかりなんだけどな、釣り糸の結び方も教えてもらったっけな。

メルクが生餌を見て悲鳴を上げたことがあって、皆はそれを境に疑似餌(ルアー)に変えたりとか…」

 

「優しい人が沢山、か…。

私も観光でイタリアに行ってみようかな…?

言葉の壁が在るかもしれないけど、そこは翻訳用のアプリを使ったりとかすれば何とかなるかも…?」

 

「ああ、それも良いかもな。

ローマには観光出来る所が沢山有るぞ」

 

ローマはそれこそ過去と現代が交差した都市で、見るものは数えきれないほど有る。

それを一つ一つ見て回っているだけでも一か月くらいは少なくとも必要になるだろう。

 

「ローマは良いぞ。

俺の眼鏡もそこで買ったものなんだ」

 

「…へぇ、それはそれで歴史が感じ…られるわけないでしょ!」




バタフライエッジ
雑誌で応募者全員サービスとしてキャンペーンが開かれ、ウェイルも応募して入手した艶やかに黒光りする釣り竿。
かつて、『黒の釣り人』が若かりし頃に使用していた物品と同じデザインであり、ハッキリ言ってしまえば大量生産品。
だが、ウェイルにとっては宝物の一つ。
昨今でも釣りをする際には用いる事が多い。
性能でいえば中の上、使い勝手や耐久性も悪くはないらしい。


オケアノス
父、ヴェルダから譲られた竿。
青い輝きを放つ優美な一品。
若き頃のヴェルダは釣りをしても成果はなかなか得られなかったが、釣りに没頭しようとする息子にその竿を託した。
それによって、その釣果は本人の予想を遥かに上回り、とんでもない人脈を創り上げてしまっていた。
今でも釣り場に行く時には必ず持っていくようにしている。
性能も非常によく、しなり具合、耐久性も申し分ない。
なお、ヴェルダの若き頃、大物の魚が釣れたフリをして、釣り糸の先に結びつけられた指輪を、傍らに居た女性、ジェシカに贈り、プロポーズを申し込んだという伝説がある。
なお、それを知るのはハース夫妻とその釣り竿だけである。
臨海学校に持ち込んだのはこの釣り竿


リヴァイアサンテイル
企業や学園にて排出された廃材をもらい受け、自作した鈍色の釣り竿。
ウェイルがヘキサやクロエに渡した竿は、やや重量が在る。
学園でできた友人達に渡したものはそれを改良して重量をギリギリまで抑えて、尚且つ耐久性も増した一品となっている。
乙女達一人一人の手のサイズに合わせてグリップの太さも調整を施しているので使い勝手は抜群。
だが、ウェイルのこだわりによって、電動リールは搭載されておらず手動式になっている。
また釣り糸に関しては自作出来なかったとの事で市販品が搭載された。
なお、ネーミングはヘキサによるもの。


ビアンコ・ネーロ
和訳『黒白』
13歳の誕生日に『緋の釣り人』からもらい受けた高級銘竿。
先端部分は白く、グリップ部分は黒に染まっている。
ナノカーボンファイバーがこれでもかと練りこまれ、しなり具合、耐久性、手触りも抜群の品。
電動リール『スーパーオートメーション』はウェイルの好みではないから着けられていないが、そちらも左利きに合わせて調整してもらった手作り感が込められた品が搭載されている。


アトゴウラ
13歳の誕生日に『碧の釣り人』から贈られた、歴史感じさせる一本釣り用の深紅の竿。
リールも竿立てもなく、使用者の腕力を試し、鍛えてくれるかのような努力家への贈り物。
贈呈してくれた本人は、『コレが男の釣りの醍醐味だ』と笑っていたという。
この竿に合わせて竿立てをウェイルが自分で作った。


ゴールドクラウン
『黄金の王冠』の銘を冠した豪華絢爛な銘竿の中の銘竿。
14歳の誕生日に『黄金の釣り人』から下賜された超高級竿。
一説によると、製造コストの問題で、試作段階にて販売中止に至った幻の釣竿と言われている。
贈ってくれた張本人がどこからソレを入手したのかは不明。
竿の先端からリールは勿論、グリップに至るまでキラキラと金色に輝いており、使い具合もまさにゴールデン。
なお、電撃ガマカツよりも上品質。
だが、そのギラギラと輝くその外見に、アリーシャ曰く『悪趣味な外見』と言わしめさせた。


シャトー・ディフ
艶消しの群青色に染まった超高級銘竿。
生成素材も使い具合、耐久性などすべてが5つ星であり、超高級品質であり大富豪や石油王御用達とも言われる。
全世界に現存しているのは10本もない。
ヴェネツィアに立ち寄ったという投資家がウェイルの釣りの技量を見て気紛れに与えたという。
大物を釣り上げた際には「クハハハハハ!」と高笑いしたくなる衝動に襲われるとか。


グラディウス
14歳の誕生日にスパーダ・クィントから贈られた海釣り用極太ロッド。
重量感たっぷりであり、耐久性抜群、海釣りに適しており、大物をも釣り上げることができるもので、海釣りに行く際には必ず持っていく。
これでマグロもカジキも一本釣りにした経験もある。
なお、ISの第一世代兵装と同名なのは、ただの偶然。

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