避難した生徒は教職員の指示によって解散が告げられた。
穏健に物事が済んだ、それは別に構わなかったが、それでも期待した終わりではなかったのを彼等は肌で感じ取っていた。
そんな予感が彼の脳裏によぎっていた。
かつて、世界最強と呼ばれ、誰からも称賛の視線を受けていた実の姉。
その姿と技術を模倣されたことは腹立たしかった、忌々しいとさえ思った。
だが、たとえ模倣された技術であったとしても…忌々しいと思う者同士で勝手に潰しあってくれるというのなら、多少は留飲が下がる思いだった。
姉である千冬を模倣した姿、VTシステムの正式名称を知ったのは、後になってからだった。
だが、腐っても模倣品というのなら、それに近い力を持っていると思い込み、憎い相手を焚きつけた。
だというのに…
「…は?アイツ、生きてるのかよ…?
しかも五体満足でいるってどうなってんだよ…!」
絶対防御に守られている、そんなことは百も承知だった。
だがSEも枯渇し、あの黒く染まった刀で八つ裂きにされ、大量の血に塗れて、這いずっているのが当然の結果だと思っていた。
それこそが、織斑千冬の前に立ちはだかった愚者の末路であると確信していた。
それを見下ろし、踏み躙りながら笑い飛ばしてやるつもりでいた。
打ち勝てるのは、実弟である自分だけだと信じていた。
だというのに…少女達に肩を支えられて保健室に連れて行かれているであろう彼は、僅かな擦り傷があれど、死んでなどいなかった。
吐血していた跡のようなものが見えたが、外傷によるものではなく、その操縦技術による反動であるというのを知ったのも後になってからだった。
織斑千冬と刃を交えて
それが…殺意を剝き出しにしてしまうほどに苛立たしく、許せなかった。
そして…
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
昼前、何か騒ぎがあったのだろうかと窓の外を見た。
だが、その30分後にはその騒々しさは消え失せた。
首を傾げながらも、謹慎処分とされ軟禁されている自室の中では、その騒ぎの原因を掴む事など出来なかった。
今後、私はどうなるのだろうかと考えながら、コーヒーを淹れる。
自室で過ごす謹慎生活の中ではコーヒーくらいしか娯楽がなかった。
ニュースもそんなに見るほうでもなく、ラジオなど論外。
気に入ったテレビ番組もあるわけでもない。
昔から暇があれば竹刀を振るっていたが、このIS学園の寮の中では竹刀を振るうには狭い。
「いつまでこんな日々が続くのだろうな」
食事の時だけは真耶の監視がついた状態ではあるが、食堂に行くだけは出来る。
だが、自由な時間などそれだけだ。
食事が終われば再び寮監室へと蜻蛉返り。
ここ数日は常時がこのような状態だった。
過ぎた退屈は苛立ちに変わると言うが、私にはこの退屈な時間が救いだった。
食堂に出向いたとしても、他の教職員の視線がまるで氷のように冷たく、刃のように突き刺さってくる。
そんな視線に襲われないで済むとなると、私にはこの時間は救いだった。
居場所を失った、信頼を失った。
そして今は沙汰を下されるのを待つ罪人のような心証だった。
コン!コン!コン!
三度、ノックの音がした。
これまでこの部屋に来訪者が来ることなど無かった。
全輝や箒であったとしても、だ。
学園にいる以上は、教師と生徒という関係を周囲に見せなくてはならなかったから。
だから、好き好んで来訪するものなど、よっぽど物好きな生徒くらいだっただろう。
だが、謹慎させられている身の者によって来る者など…
「誰だ?」
ドアロックとチェーンを外し、ドアを開け、外に出た。
ジャカッ!
そんな音が大量に聞こえた。
視線の先には…
「…なっ…!?」
教師部隊によって大量の銃口が私に向けられていた。
「な、なにを考えているお前達は!
教職員寮の中で戦争でも起こすつもり」
か、とまでは言わせてもらえなかった。
「織斑先生、貴女の身柄を拘束させていただきます」
眉間に皺を寄せた学園長が鋭い視線を私に突き付けていた。
普段の好々爺とした風貌ではなく、その表情は、悪鬼羅刹を思わせるほどの形相で
「抵抗なさらぬように、生徒の眼前で荒事を起こすわけにもいきませんので」
なにが、何が起きている…!?
何故こんなことになっている…!?
「ま…、待ってください、いったい何が在ったと…いきなり銃口を向けられるような事を…この様な事をされる謂れなど…」
ガシャァンッ!!
背後で…部屋の中、机の上に置いていたマグカップが砕け散る。
発砲された音は殆ど聴こえなかった、ともなると、サイレンサーを装着させた銃での射撃。
それを用いての射撃ということになる…!
「今のはゴムスタン弾での威嚇射撃よ、でも次は無い」
そう言って視線を突き刺してきたのは…レナ・ティエルだった。
ティエルは今度はレーザーポインターを起動させ、両手の拳銃から発せられる燐光を私の心臓と額に向ける。
「最終警告よ、
身柄拘束に応じなさい」
ベランダの方向に視線だけ向ければ、開きっぱなしにしていたそこからも教師部隊が…真耶の姿もそこに見えたが…両手にアサルトライフルが握られているのが見えてしまう。
何故、何故…こうも何もかもが私を追い詰める…?
判らない…!私がいったい…何をしたというんだ…!?
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「それで、頼まれた仕事は完遂したぜ、これで良いんだろう?」
日本本土、首都、東京のある一角のビルの屋上に彼女は居た。
ボディラインを露わにした衣装、『ISスーツ』を身に纏った彼女は夕日が沈んだ海洋と…そこに浮かぶ学府を視線を向けながらも通信をしていた。
「とか言いたかったんだけどな…相手の数が数だったからな、『撃墜』ではなく『撃退』だった。
それでも良いのか?」
〈勿論、構わない
モニターの向こう側の相手は見えない。
音声限定通信が彼女達の現段階での連絡手段だった。
「ったく、アンタが出向けば良かったんじゃないのか?」
〈私が日本に居ると思われてしまったら厄介だったからサ。
不信に思われないようにヘキサを向かわせた意味がなくなるだろうサ。
だけど、アメリカ人のアンタなら何も問題は無いことにも出来る〉
日本とアメリカが交わされている国際条約もあり、今回はイーリスが派遣された。
ただ、今回は彼女が一人で出向く形に無理矢理押し通した。
これによって辛うじてだが
「
だけど、こんな偶然が何度も続くとは思えないぜ?
今回を機に日本の政府が腰を上げると思うか?亅
〈上げなければ…全世界からのバッシングに遭うだけサ。
偶然も奇跡もそう連綿と続く事は無いというのは誰もが判っている話だろうサ〉
その言葉を最後に音声限定通信は切られる。
イーリスはここでため息を一つ零す。
かつて、自分はその通信相手に敗北した。
だから、と言うわけでもないが…頼まれて動くというのも実のところでは吝かではない。
癪に障るが、敗者の末路の一つだろう、と。
あの海上の学府には少なからず教え子や後輩も居るには居る。
だから、それに害を及ぼそうとする何かを討つ事に迷いは無かった。
「さて、仕事の時間はこれで終わりだ」
カシュッ!
缶を開き、その中身の発泡酒を一気に胃袋へと流し込む。
数秒後には缶の中身を飲み干し…
「…クハッ…!仕事終わりの一杯は格別だな…!
さて、帰るか…面倒なことは考えたって答えは出ないのは判りきっているんだ」
そのまま彼女は…『イーリス・コーリング』は海上の学府に背を向け、空き缶をビルの上から投げ捨てた。
ビルの屋上の扉が閉じられる音と
バタン!
カコーン!
ビルの下にある公園の屑籠に空き缶がホールインワンするタイミングは完全に同時だった。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
声が、聞こえた
私を呼ぶ声、ではない
ただただ騒いでいるだけのような
それでいて楽しげで
私があまり好まないものの筈
なのに、まぶしく見えた何処かの光景を思い起こさせる
「…む…」
何処かの病室、だろうか…?
真っ白な蛍光灯が、私の視界の中心に映り込んだ。
「…ぎぃッ!?」
体が動かなかった。
半身不随だとか、麻痺だとか、そんな類ではない。
近いものを挙げれば、『筋肉痛』、だろうか。
だが、こんなにも全身に強く感じたことは…今までに無かったが…!
起き上がろうとしたが、辞めた。
体全体が痛むからだ。
たったそれだけで息を荒くするかのような無茶な運動はするべきではないと判断した。
悔しいが、視線だけを声のする方向へと向けた。
「ウェ~イ~ル~く~ん?
あんな無茶な動きはしちゃダメだって言ったわよねぇ?
内臓が圧迫されるどころか破裂する危険性があるからやめなさいって言ったわよねぇ~?」
「いや、あのタイミングはああでもしないと…」
「君が血反吐吐いて倒れてメルクちゃんは泣き出すし、ティナちゃんも鈴ちゃんも真っ青になっていたのよ?
一度に女の子三人を大混乱に陥らせるだなんて何を考えているのかしらぁ?」
「全くよウェイル、イタリアはウェイルが集積させたデータを欲しているのは確かだけど、自殺行為に近いデータまで要求しているわけじゃないのよ?」
生徒会長を名乗っていた人物と、ウェイル・ハースの身近な人物だろうか、亜麻色の髪の女性がそこにあった。
だが、肝心のウェイル・ハースはベッドの上で上半身を起き上がらせているような様子だった。
その周囲にはメルク・ハースと凰 鈴音がベッドに頭をのせて眠っていた。
そしてやや離れた場所でティナ・ハミルトンが苦笑している。
「まったく、反重力制御ユニットの稼動停止、絶対防御の出力低下、パワーアシストの半分以上の停止に付け加えて搭乗者保護機能のシャットダウンしてまでのあの動き。
禁じ手のオンパレードよ、最悪の場合は脳や内臓が潰れて死んでいたってのになんでそんな風に笑っていられるんだか」
「あの時にはもう無我夢中で…」
その様子を見て…我が黒兎隊の同僚を思い起こす。
似たようなことがあった気がした。
「データ採取と集積が終わりました、アルボーレの修理作業は本国側に一任する旨の手続きをしていますので、その件はご了承を」
「判った、このまま機体本体側は数日徹夜で修理作業にアダダダダダダ!?」
「無茶な事は辞めなさいって言ったばかりよね?」
…騒がしいな、眠れない…仕方ないな…声をかけるか。
「お目覚めですか?」
声をかけようとした瞬間に、銀髪の女が私の眼前にまで近寄ってきた。
見覚えは…不思議だが、ある気がした…?
どこかで見ただろうか?思い出せない…?
「…ああ、騒がしくてな…」
「機体をお返しします、貴女はこの機体に愛着を持っているようですが…何が起こったかは覚えていますか?」
ボンヤリとだが…なんとなく。
レーゲンの内側から誰かの声がして、レーゲンが溶け始め…飲み込まれた。
「霞んでいるようだが、記憶はある」
「では、順番に説明しましょう」
隣のベッドではウェイル・ハース達が騒がしくしている。
その騒がしさに負けたのか、メルク・ハースが目覚めた途端に泣きつく始末。
ああ、なんとも騒がしいが、どこか羨む光景だ。
そして銀髪の少女の説明が始まった。
だがその説明は掻い摘んだものった。
「3日!?私は3日間も昏睡状態だったというのか!?」
「はい、ウェイルさんが目覚めたのも数分前でしたよ。
さて、話を戻しましょう」
レーゲンにはVTシステム、アラスカ条約で明記された禁忌のシステムが搭載されていたこと。
それが私の心の奥底からくるものに反応し、織斑千冬へと変貌し、暴れ、ウェイル・ハースを襲い続けたのだと。
簡単に話してもらったが…
「私はあの人を嫌悪していたんだがな…」
だが、その姿へ変貌してしまった理由は察する程度は出来る。
嫌悪しながらも、憎悪しながらも…私の中ではあの人こそが『力』を具現した姿だったんだろうと…。
「それで、此処は何処なんだ?医務室ではないようだが…?」
「此処は学生寮のウェイルさんの部屋です」
…なぜ医務室ではなく個人の部屋に搬送されているのだろうか…?
「理由としては、警護の必要性があるからだそうです。
医務室の様に誰でも気軽に入れる場所に搬送、および入院させておくと、積極的に襲撃しようとする人が居るそうですから」
………まあ、理由があるのなら良いのだが…。
「御安心を、そのベッドはメルクさんのベッドですから」
「いや、そんなことは聞いていないのだが…」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
目覚めた後にやってきた保健室の
だが、アルボーレは摩耗が酷く、本国に送り返してオーバーホールをする事になっている。
たった5分程度でこの始末だった、姉さん本人はどんな躯体構造をしていたら、あんな動きが出来るというのだろうか。
改めて姉さん独自の特訓方法に恐れをなすことになったが、泣き言など言っていられなかった。
なにしろメルクは姉さんに追いつき、追い越すことを最終的な目標にしている。
まあ、それよりもだ…目下の問題は。
「で、ボーデヴィッヒが何故此処に来ているんだ?
合同訓練の依頼は出していなかったと思うんだが…?」
メルク、鈴、ティナがグラウンド、ついでに楯無さんが観客席にいる状態で訓練をしていたら、ボーデヴィッヒが堂々とグラウンドに入ってきていた。
いや、制服姿のままなのだから訓練のつもりは無いのだろうが…?
「謝罪と…感謝を伝えておきたくてな」
「…謝罪?」
俺が首を傾げている間にもティナ、鈴、メルクは即座に攻撃態勢に移れるように姿勢を整えている。
君らは攻撃的にも限度があるだろう、ちょっとは爪を引っ込めなさい。
「クロエと呼ばれる人物から聞いた。
シュヴァルツェア・レーゲンに仕込まれていたVTシステムが起動し、お前に襲い掛かった、と。
…本当にすまなかった」
真っ正直に腰を直角90°にまげて謝罪してきた。
思った以上のまっすぐな態度に正直…驚かされた。
「ああ、その件か。
俺も存在を知ったのは初めてだったよ。
とうていマトモな奴が作ったとは思えないシステムみたいだな」
搭乗者をその都度使い潰すとか、人間のやる事じゃねぇよ…。
人間を使い捨てのパーツ扱いか?生体CPUとでも言い張るのか?
どっちにしても頭が沸いているとしか思えない…。
「ああ、だから…と言うわけでもないが、そのプログラムは機体から完全に切り離した」
「それは…ラウラちゃんがやったのかしら?」
話に口を入れてきたのは楯無さんだった。
視線としては…警戒してきている…か?
「いや、先日に学園に訪れていたというクロエと名乗った人物だった。
システムのどこに隠蔽されていたのかも解説してくれていたから、正直助かったと思っている」
へぇ、すごいなあの人…。
技術者としては俺よりもずっと先を歩いているような人みたいだ。
「だが、私とあのシステムを剥離させてくれたのはお前だ、ウェイル・ハース。
心より感謝する、お前が引き離してくれなければ、私は今、此処には居なかっただろう」
「お、おう…。
まあ、助けられたのなら何よりだ」
こういう風に公の前で感謝の言葉を口にされるのは正直苦手だな…。
どうにも照れ臭い…。
あ、それよりも、だ…。
「モンド・グロッソで織斑千冬がアリーシャ・ジョセスターフ選手を下したというのは…本当なのか?」
隣に居るメルクが息をのんだのが判った。
正直、察しが着いた…いや、織斑のあの言葉で、それは確信へと変わってしまった。
俺の言葉にボーデヴィッヒは頭を上げ、まっすぐに俺に視線を向け…
「そうだ、第一回大会に於いて、織斑千冬は、イタリア代表選手だったアリーシャ・ジョセスターフ選手を下し、頂点に君臨した」
「…次だ、第二回大会で棄権したらしいが、その理由は?」
「弟である織斑全輝が誘拐され、その救助を最優先したからだ」
…その言葉は俺の予想の裏付けに…それと同時に俺を落胆させた。
かつて姉さんを下すような人物、それがどんな人物なのかと考えた事もあったが…その正体はアレだ。
「…もういい、訊きたくない…!」
自分から振った話だが…この話は姉さんにとっても、俺やメルクにとっても猛毒だ…!
こんな話はもう耳にもしたくない…!
「感謝と謝罪の言葉は受け取った、話はコレで終わり、それで良いか?」
「う、うむ…」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
気分が優れないらしいウェイルを鑑み、早朝訓練を早めに切り上げ、朝食をとることにした。
ラウラから訊いた話は実際には真実だった、私もその点については確かなことだと裏付けまでして知っているから。
けど、ウェイルはどうにも知っていることに関しては継ぎ接ぎの状態らしい。
それはメルクが手を回したことなのか、はたまた昨日のヘキサさんが何かを隠しているのかは判らない。
「まあ、考えすぎは加害妄想に繋がるか…」
早朝訓練で結構な運動をしているからか朝食時にはもう空腹。
注文したチャーハン定食を一気に搔っ込み、スープを一気に呷る。
「ふぅ…」
「鈴、もうちょっと味わって食べたら?」
同席しているティナから妙な視線を向けられるも、この際は無視した。
私にとっては考え事の方が最優先だから。
でも、自分で料理を作る時だってこんな事はしないわよねぇ…。
「なぁんか、落ち着かないのよねぇ、このまま何も起きないなんて都合の良い事なんて…」
そうそう無いだろうな、とは思う。
ウェイルを見れば…メルクと同席して朝食を食べている。
ウェイルの朝食のメニューは…シーフードサラダらしい、朝からそれって…なに、ダイエットでもしてるの…?
メルクはシーフード定食らしい。
港街育ちになるとあんな朝食を頼むのが常道なんだろうか…?
訓練の時には気分を悪くしていたみたいだったけど、今では気分が良さそうに見える。
なら、私が悩むのは辞めておこう。
けど、考えていかないといけない事もあるのよねぇ…。
さて、朝食も食べて終わったし、そろそろ移動しようかしら。
空っぽになったお皿やトレーを返却口に突っ込み、鞄の肩紐を掴んで走り出した。
あの日、行方不明になった一夏の鞄は今ではすっかり体に馴染んでいる。
もしかしたら、コレを返せる日が来るのはもうすぐなのかもしれない。
「ウェイル、メルク、一緒に教室まで行きましょ♪
ほらティナ、遅れないで!」
「はいはい、判ってますってば」
ウェイルの手をつかもうとすれば、相変わらずというかメルクが必ず間に入ってくる。
そんなインターセプトは要らないっての。
「相変わらず仲が良いな、メルクと鈴は」
そしてウェイルは相変わらず暢気なこと、ウェイルらしいと言えばそこまでなんだけどね…。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
何故、此処に居るのだろうか、私は…?
夜分、消灯時間後になり、私は教師部隊によって身柄を拘束された。
訳が分からなかった、理解が追い付かなかった。
何が起きた…?
何故こんなことになる…?
何一つ、身に覚えがなかった。
何故、私ばかりがこんな目に…?
「どうしてだ…?」
簡易ベッドに身を横たえ、天井を見上げた。
学園職員棟の地下に存在する狭い部屋…いっそ独房といっても差し支えない場所が、今の私の寝床だった。
部屋と廊下の間には太く頑丈な鉄格子だけが区切りとして存在しているが、壁と言えるわけでもなく、プライバシなど一切存在していない。
常時、煌々と光り続ける蛍光灯が瞼をも貫くようで、マトモに眠りにも就けない。
私は…どこで間違いを犯してしまったのだろうか…?
コツコツと鉄格子の向こう側から足音が聞こえてくる。
ただそれだけで、ただでさえ浅い眠りから現実へと引きずり戻された。
「真耶、お前は…」
「学園長がお呼びです」
今の彼女は、かつては私を慕ってくれていた人物…の筈だった。
だが、今の表情からは…到底あの時の真耶とは懸け離れ…別の人物ではないのかと思えるほどだった…。
「…今、何時だ…?」
「早朝の6時です、身柄拘束をしてから3日目になりますが、未だに真実を教えていただけませんか?」
部屋の照明が切られることもなく、外の様子も見えず、時計すらないこの部屋では時間の感覚など早々に狂ってしまった。
その部屋で最初に問われた事が
『何故、国家の許可も無く自身の稼働データをVTシステムに流用したのか?』
だった。
そんな事をした覚えなど無かった、何一つ身に覚えが無かった。
『VTシステム開発に何故協力したのか?』
『ボーデヴィッヒの機体になぜVTシステムを組み込んだのか?』
その類を訊かれ続けた。
本当に身に覚えが無いと叫び続けたが、私の叫びは聞き入れられることは終ぞ無かった。
だが…そうか、あれから三日も経っていたのか…。
それだけ時間が在ったのなら、私の無実も証明出来ているかもしれない…。
そう、思っていたんだ…
連続瞬転加速
通称『メトロノーム・イグニッション』
難易度の高い『イグニッション・ブースト』の技術の更に先にある技術。
順番としては
1.『スラスター全機最大出力で瞬時加速』
2.『スラスター一瞬だけ全機停止』
3.『スラスターの半分を最大出力、残る半分を最大出力で逆噴射による方向転換』
4.『スラスターを一瞬だけ全機停止』
5(1).『スラスター全機最大出力で瞬時加速』
これを延々と繰り返す事になる。
だが、3.および4.の工程では『瞬時加速』の勢いそのもので方向転換することになり、搭乗者は非常に強い負荷を受けることになる。
転回から次の転回を行う距離が短ければ短い程、肉体負荷が大きくなる。
それを幾度も繰り返そうものなら、当然だが、脳や内臓が様々な方向に圧迫され、最悪の場合は内臓破裂、脳圧迫になる危険性がある。
当然だが死亡事故につながる危険性が高く、常に死と隣り合わせにるとも言われている。
このような操作が出来ないように『搭乗者保護機構』にプログラムされている。
非常に危険な技術でもあるので、禁止項目に分類される事となり、これを使う搭乗者はまず居ない。
アリーシャでも猛特訓を重ねても5回が限界だったと言われている。
今回、ウェイルはアルボーレの稼働性と反応を無理矢理向上させるために、搭乗者保護機構を解除させてまでこの操作をフルマニュアル稼働でメトロノーム・イグニッションを尋常ならざる回数を繰り返した。
これにより、莫大な負荷を受け、体内で内臓圧迫による出血が発生してしまっていた。
意識が回復したとしても、罷り間違っても室内で騒いではいけない。
学園にて緊急オペを行い、治療用ナノマシンも投与済み。
三日間の昏睡に陥りながらも、意識が回復した。
ベッドから出られるようになった後は担任から雷を落とされた。
なお、この後に「猶予も鑑み、二か月間は激しい運動は禁止」とも言い渡されている。
だがウェイルとしては自分よりもメルクや企業のためのデータ集積を優先しつつある思考回路の持ち主であるため、この口約束を守れるかは保証が出来ない危険性が…。