IS 速星の祈り   作:レインスカイ

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第75話 告風 大旋嵐

「下がれ、ティナ」

 

ミネルヴァの隙間から溢れだした泥のような何かがとうとう人の形をとった。

その姿には見覚えがあった。

いつかの日、向かい側にピットから見た女の姿だ。

 

「お前なんかが勝てるわけねぇだろ」

 

俺自身、距離をとったつもりではいた。

だが、どうやらアリーナのグラウンドの端にまで来ていたらしい。

そこには避難すらしていなかったのか、織斑が居た。

 

相変わらず人を見下したかのような薄ら笑いを浮かべている。

 

「あの姿を見れば判るだろ。

あれは織斑千冬の姿なんだよ、初代『世界最強(ブリュンヒルデ)』と言われた千冬姉だ。

お前が搭乗しているテンペスタ(踏台)を切り刻んだんだ」

 

あの人が初代勝者…ということは、姉さんを下した人だと…?

 

「千冬姉に勝てる奴なんざここには誰も居ないんだからな」

 

「どうかな?

戦闘方法は映像からでも解析はできる。

切り崩す方法なんて幾らでも作れるだろう」

 

「貴様ッ!千冬さんを侮辱するなぁっ!

あの人に勝てる者など存在しないというのが判らないのかッ!」

 

話が通じない輩も居たようだな。

話では軟禁されているんじゃなかったのか?

 

「どうせお前が惨敗するのは確定事項だ、精々切り殺されるまでの時間まで逃げ惑うんだな!」

 

そう言って織斑は高笑いしながら立ち去って行った。

 

誰も勝てない(・・・・・・)、か。

 

「チッ…」

 

気のせいか、額の傷跡が疼く気がした。

だがそれも一瞬、即座に気持ちを改める。

 

「ウェイル君、アレって…」

 

ティナが一歩下がったその瞬間だった。

 

「ッ!」

 

大きく踏み込んでくる!

 

「飛べっ!」

 

ティナが大げさなほどの距離を飛び退る。

それを確認次第俺も真後ろに下が…

 

「冗談だろっ…!」

 

俺が下がる距離と同じだけ踏み込み、横薙ぎにブレードを…ちょっと待て!

そのブレードはどこから引き抜いた!?

ブレードであるのならば、それを収納させるための鞘が何処かに在るはずだ。

なのに、あの黒い泥人形は抜刀した瞬間すら見せずに横薙ぎに振り払ってきた。

両手に握るウラガーノを銃の形態に切り替える。

それを見越したのか、ティナも両手にアサルトライフルとサブマシンガンを構えた。

 

「合わせるわよ!」

 

「ああ!頼む!」

 

アサルトライフル、サブマシンガン、ハンドガンが一度に銃火を吹く。

その回数だけ鉛弾が発射される。

手加減などしていられない。

これがボーデヴィッヒの意思に沿って動いているわけではなさそうだが、少なくとも…危険な存在だということだけは理解できた。

 

「下がりなさいウェイル君!」

 

通信が急遽開かれる、音声限定通信のようだ。

通信をしてきた相手は…どうやら楯無さんのようだ、だがどうにも声が慌てふためいているのが察してとれる。

 

「試合の途中…なのかは知りませんけど、こんな時に何の用ですか!

話は後回しにでも…」

 

「出来ないわよ!今はこっちも生徒達を避難させている途中だから!」

 

生徒達の避難、ともなると学園側でも想定外の事象らしい。

無い知恵を絞って考えた結果としては…どうやら緊急事態にも匹敵する事態に陥っているということか…!

 

「もうすぐ教師部隊がそちらに介入するわ!

それまでなんとか耐えて!」

 

「そりゃ耐えますけど、俺たちが何と相対しているのかそっちは知っているんですか!?

こんな形状になる機体だなんて、カタログでも見たことが在りませんよ!」

 

『機体が溶け落ちる』

『搭乗者を飲み込む』

『人の姿に変容する』

こんな事をしでかす機体こそ知らないが、それを実行させるプログラムがあるとしたら、到底マトモではないだろう。

 

「ウェイル君、私は知ってるわよ、コレ」

 

俺の疑問に返してきたのはティナだった。

技術者程度では知ることもできないが、国家代表候補生を目指す人物であれば知っている、ということは…機密関連らしいな。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

来賓が試合会場を見下ろすその席で、彼女は周囲の学園教師に視線を向けていた。

 

「さて、そろそろ説明をしてもらえるかしら」

 

『ヘキサ・アイリーン』

イタリアからやってきた彼女はゆっくりと立ち上がる。

視線を周囲に向けながら、睥睨する。

それは、挑発と威圧だった。

 

「VTシステムの恐ろしさはここにいる皆さんとて理解している筈です。

その戦闘能力、学習能力もまた然り。

だが、禁忌とされている理由…それは『搭乗者を使い潰す(・・・・・・・・)』、その一点。

使用した搭乗者はいずれも心身共にが限界まで酷使され、再起不能に陥る。

また、繰り広げた惨劇に精神が耐えられず、コアとのシンクロも出来なくなる。

それ故に、VTシステムはアラスカ条約でも禁止となっている、それはこの学園で講師をしている貴女達も理解されているはずよ?」

 

「それは、確かにそうです」

 

返答したのは、ウェイル達の担任でもあったレナ・ティエルだった。

 

「現状、代表候補生総員で生徒たちの避難を促しています。

ですから、貴女も…」

 

「質問をしているのは私達です。

話題を反らさないでくださいください」

 

同じく来賓席に座していた少女、クロエは振り向くこともなく再度同じ問いを繰り返す。

 

「質問内容を覚えているでしょうが、あえて再度問います。

『開発』『研究』『機能搭載』『所持』『使用』、そのすべてが禁忌とされているVTシステムが、何故…織斑千冬の姿をしている(・・・・・・・・・・・)のかを、答えていただけますか?

映像解析だけで搭載にまで持ち込めるほどの存在ではないことを皆さんも理解している筈です。

本人の稼働実績データが提供されていれば話は別ですが…?」

 

その言葉に、教師陣は声を詰まらせた。

この学園の講師には簡単になれるものではない。

国際条約という強力な規律を守ることを前提にしている彼女らは、その同僚の中に違反者が居るのか?という疑問が浮かぶ。

だが、疑問は疑いへと姿を変える(・・・・・・・・・・・・)

今、この場に居ない彼女への疑いは、根拠のない確信へと。

否、根拠なら前例という形で存在している。

彼女の身内が何をしても、その処罰が幾度も軽減され続けた。

なら、身内ではなく本人であればどうなのだ?と…。

 

「…この件は今後こちらでも調べさせていただきます、ですので今は…」

 

「では、後々に欧州連合、欧州統合防衛機構を介して、日本政府の返答を期待しておきましょう」

 

「ああ、それと…我が社の搭乗者の試合を録画するうえで、先ほどの会話においても録音していますので、下手な事をお考えにならないように」

 

曖昧になどさせない、非常時とはいえ言質をとる。

織斑千冬に変貌したVTシステムとこの場での会話の記録をも利用して外交するのだ、と。

そこまで徹底していた、言い逃れも許さない、と。

 

「では退避しましょうか、ヘキサさん」

 

「ええ、そうしましょう。

弟妹(・・)の無事を確認したいけれど、今回は貴女の護衛役だものね。

上層部の指示には従うわ」

 

その言葉に教師陣は絶句するしか無かった。

弟妹(・・)が誰を指すのかは、嫌でも理解してしまっていた。

これはもはや、国際問題である、と。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「私達もいきますよ鈴さん!」

 

「判ってるわよ!」

 

私達が担当したクラスの皆はアリーナ外への避難が完了した。

そこでおおよその見切りをつけて私たちは再度アリーナへと突入する。

 

「来なさい、甲龍!」

 

「来て、嵐星(テンペスタ・ミーティオ)!」

 

人気が無くなった通路をお互いに飛行しながら駆け抜ける。

普段なら絶対に出来ない事だけど、一分一秒を争う今は四の五の言ってられない!

 

「先導します、しっかり掴まってください!」

 

「任せるわメルク!」

 

テンペスタ・ミーティオの爪先部分の装甲が変形して鉤爪状になり、甲龍の腕を掴む。

そのままテンペスタシリーズ特有の速度で一気に通路を駆け抜けた。

 

「射撃開始!」

 

教師部隊が合図を出し、一斉に銃口から弾丸が射出されるのが見えた。

まさか、もう終わってるの?

そう思って視線を横に向けると…

 

「やっぱり、この程度では無理みたいですね…」

 

黒い人影は弾幕を回避し、切り込んで来ていた。

 

「私達も加わるわよ!」

 

メルクが私の腕を放し、銃とブレードを引き抜く。

私も双剣を抜刀し、連結させる。

視界の中では、ウェイルとティナの無事も確認できた。

シャルロットは…戦闘不能状態に陥っていたようだったけど、教師部隊に保護されているらしい。

試合の中でのことだったから文句は言えないわね!

 

「鈴ちゃん、合流してくれてありがとう!

戦力が少しでもほしかったのよ!」

 

「これだけ居るのに…!?」

 

圧倒出来ないどころか、抑制するのが限界だっていうの…!?

だけど、文句を言っていられない。

このまま放置してしまえば…

 

「ボーデヴィッヒが死んでしまう…!その前になんとか分離させないと…!」

 

ウェイルはラウラの心配をしているらしい。

多くの人よりも、目の前にいる誰かを助けようとしている、か。

 

「ウェイル、アンタは大丈夫なの?」

 

「何とかな…ミネルヴァも試したけど、半数以上が叩き斬られた、

エネルギーは…残存量が25%程だな」

 

「少し休んでいてください」

 

「そうも言っていられないんだよ、さっきから俺ばかり付け狙っているんだからな…来るぞ!」

 

ウェイルを集中的に狙ってる…?どういう事よ!?

VTシステムにそんなプログラムが仕込まれているとか…?

軍で話は少しばかり聞いたことがあったけど、それこそ暴れる際には見境がない凶悪なものだと耳にしたくらいだった。

まさか、それこそ本人の思考パターンを模倣しているとか…?

あーもう!だとしたらあの女(織斑千冬)ってば面倒すぎるわよ!

 

「吹き飛べ!」

 

左右の衝撃砲を連続で発射する。

メルクも両手にレーザーライフルでの射撃に切り替える。

それでも…直撃しない(・・・・・)、すべて回避されている。

不可視の衝撃砲にまで対応してきている。ウェイルですら1分以上必要としていたのに…!

それだけ私の視線を観察されているということか…!

 

「メルク!ウェイル!支援射撃頼むわよ!」

 

だったら直接剣で切り伏せる!

 

「待て!分が悪すぎる!」

 

ウェイルの言葉を背にしながらも双剣の連結を解除させる。

私はあの女が嫌いだ、あの女に向けられている賞賛だって気に入らない!

ちっぽけなプライドかもしれないけど、私はあの女が一夏の家族であるという事すら認めたくなかった。

あんな…家族の思いすら汲み取ろうとしなかったあんな女(織斑 千冬)なんかにぃっ!

 

「おぉらぁっ!」

 

右の剣を横薙ぎに…弾かれる。

左の剣で逆袈裟斬りに…これは回避される…!だけど予測済み!

最大出力の衝撃砲で…これすら上体をそらすだけで避けられた。

 

「ちぃっ!」

 

脚部のサブスラスター最大出力!

宙返りの要領でサマーソルト!

 

ギャガァッッ!

 

「下がれ鈴!」

 

その声に嫌な予感を感じ、咄嗟に上下逆になった姿勢のまま背面スラスターを最大出力で噴かせ、一気に下がった。

 

ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッッ!

 

すかさず支援射撃が入ってきた。

いい瞬間だったと思う、だけど…

 

「やってくれたわね…!」

 

蹴りを入れた筈の右足装甲に深く抉れたかのような痕跡が。

絶対防御が働いていないギリギリの範囲を見切られたらしい。

どうやら洞察力すら本人のものが模倣されているということか…!

 

パチン!

 

乾いた音が響く。

それに呼応するかのように

 

ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

 

「『熱き情熱(クリアパッション)

例え見えなくても、回避しきれない程の範囲攻撃であれば、足止めくらいには使えるわね…」

 

楯無さんの攻撃によるものらしく、泥人形の周囲で爆発が起きている。

何なのかよくわからないけど、足止めがされているらしい。

そしてそこに教師部隊とウェイル、ティナ、メルクの射撃攻撃が叩き込まれている。

 

「鈴ちゃん、油断とは言えないけれど、甘く見てしまったかしら?」

 

「…否定はしないわよ」

 

私はあの女が嫌いだった。

だから自分の手で叩き潰したいとも思ってた。

忌々しいけど…これが私怨による無謀な吶喊だったとは反省している。

 

「少し休んでなさい」

 

「私はまだ」

 

ボンッ!

ザシャァッ!

 

…は?

 

その音の音源は、右肩のスパイクアーマーからだった。

 

「嘘でしょ…?」

 

右肩の衝撃砲が…輪切りにされていた。

いつの間に…!?判らない、その刹那はどこに…!?

改めて冷や汗が流れる。悔しいけど…腕っぷしでは…今の私でもあの女には届かないっていうの…!

 

「クッソォォォォッ!!!!」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

鈴が一時戦線離脱することになった。

衝撃砲が破損し、右足は中破だがスラスターが作動しないため、戦闘続行が出来なくなっている。

先程の動きは今まで見た中で激烈なものだったとは思う。

現状、学園に在籍している専用機所持者の中でもトップクラスの実力者だとは思う。

それでも、か。

 

「チィッ!」

 

何を思っているのか…そもそもマトモな思考を持っているのかすら判断しきれないが、この泥人形は終始一貫して俺一人を付け狙っている。

そのせいか、先生達が射撃支援を入れるにも弾幕が途切れるばかり。

どうやらソレも狙っているらしい。

 

「面倒臭いなぁっ!さっきから!」

 

槍の間合いを把握しているからか、先ほどから防戦一方だ。

満足に槍を振るえずイライラしてくる。

 

アウルで視界外からの不意打ちにも対応され、執拗に懐に入り込んでくる!

 

ギィンッ!

 

「うおっ!」

 

左肩の装甲に刃が食い込む!

背面瞬時加速(バックイグニッション)で一気に間合いを開く!

それと同時に左手に紅槍(クラン)を連結させた状態で展開!

 

「調子に…!」

 

颶風と猛火が石突から噴き出す。

それを逆手に握り

 

「乗るなぁっ!『Cardinale Meetior(茜の流星)』!」

 

音速を超えた槍の投擲。

その一撃は

 

ボシュッ!

 

泥人形の頭部をぶち抜き、貫通していった。

だが、そこにラウラの頭は無かった、どうやら胴体の部分に丸呑みにでもされているらしい。

その様子を見て、蛇を連想する。

ああ、まさしくそういった人物なのかもしれない。

他人の気持ちを利用し、他人を動かし、自分は動く事も無く、自身の目的を達成しようとする。

その執念と狡猾さは蛇のようなソレに近いだろう。

まったく、姉弟揃ってウンザリさせられる。

なんで俺ばっかりこんな目に遭わなくちゃならないんだ!

 

「あんまり使いたくなかったんだけどなァっ!

起きろ!アルボーレ!」

 

右肩から外装補助腕が展開される。

それと同時に足元にミネルヴァのマガジンが展開され、地面に落下した。

当然だ、ミネルヴァの自動制御のためにアルボーレ用の演算領リソースの全てを費やしていたんだ。

アルボーレを展開すれば、ミネルヴァの維持に使うリソースは不要とみなされ、捨てられる。

これ以降、ミネルヴァは使えない。

 

両手にウラガーノを再度展開。

アルボーレは深紅のブレード『クラウディウス』を全自動で抜刀する。

 

「ウェイル君!無茶をしないで!」

 

楯無さんの声が聞こえてくるが、あいにくと無視する。

 

「アルボーレ、タイプ『大旋嵐(テンペスタ)』!」

 

先の試合で使ったものとは動きを変える。

織斑相手に使用したのはヘキサ先生の動きを模倣したもの。

だが、今回はそれをも越えるもの。

 

「合わせます!」

 

メルクが隣に並び、両手にブレード『ホーク』を抜刀する。

 

「頼むぞ!」

 

かつて、イタリアで訓練をしていた時のことを思い出す。

姉さんを相手にしていた時のことだ。

俺たち一人一人で戦っていては、当然だが、姉さんには届かなかった。

なら、どうすれば姉さんを超えられる?

世界最強の名を手にした人を超えられる…?

その答えがコレだ。

 

世界最強には世界最強を(・・・・・)ぶつける。

そこにプラスして、俺達の全力をぶつける。

それで得た結果は、時間切れによる引き分けだった。

ここまでやってようやく、姉さんのテンペスタのSEを40%を削っていた。

その代償として、アルボーレは激しい摩耗状態に陥る事にもなってしまったが、そのあとの修復作業で数日徹夜した。

アルボーレを片腕だけにしているのは、模倣できる限界だったというのも含まれてしまっている。

それに、全自動(フルオート)でなければパフォーマンスが発揮出来ないというもあった。

 

メルクが切り込み、薙ぎ払う。

その刹那に真上からアルボーレが刃を振り下ろす、これは想定範囲内。

 

ギャッガガガァッ!!!!

 

刹那の上段下段からの4連の斬撃。

姉さんが偶に使ってきていた武装破壊を狙う連続攻撃、『虎の爪牙』。

更なる追撃として左腕に握るウラガーノで渾身の刺突を繰り出す。

狙うは右肩、槍の穂先が突き刺さる。

まるで泥の塊にでも突き刺したかのような感触がして気持ち悪い。

 

ドォンッ!

 

側面に回ったメルクがライフルを連結させた状態で砲撃を撃ち込む。

野太い光線が左足を吹き飛ばす。

 

そうだ、この連携だった。

 

「…再生しています!このまま攻撃を続行します!」

 

「ああ、判った!」

 

吹き飛ばした頭部、切り落とした右肩、消し飛ばした左足、その断面が新たに泥が溢れ出し、再生していた。

この泥にはまさか際限が無いのか!?

 

「ぜぇりゃぁっ!」

 

突如とした飛来する双剣。

ソレが泥人形の左腕を斬り落とした。

 

「これは、鈴の武器かっ!」

 

視線を向けると、予備パーツで機体を再度展開させた彼女がそこに居た。

旋回する双剣を受け止め、視線を泥人形に突き刺している。

 

搭乗者(ラウラ)を引きずり出すのよ!

どんな機体だって搭乗者が居なければ動かないでしょ!?

VTシステムが搭乗者を使い潰すのなら、今はアイツが心臓の代わりになっている筈!

手足を切り落とすよりも、アイツを中から切り離すのを優先して!」

 

「…それもそうだな」

 

いったん距離を開けたが、その時間すら惜しい!

 

「まったく、仕方ない後輩達ね!」

 

言いながらも楯無さんもランスを構える。

メルクも右手にブレード、左手にライフルのスタイルに切り替える。

鈴も双剣を連結させた状態で投擲の構えに入る。

ティナは…支援射撃に徹するつもりで居るらしい。

簪は…生徒の避難のためかこの場に居ない様だ。

 

「いくわよ!」

 

楯無さんの合図が皮切りとなった。

教師部隊とティナの支援射撃が始まる。

その弾丸の驟雨の中を俺とメルクが突っ切る。

直撃するコースも幾つか在った筈だが…見れば水が障壁のようになり、防いでくれている。

それもごく少量の大きさに制御しているようだ。

 

泥人形の両手がブレードになっているのが見える。

厄介だな、その泥の両腕。

 

バシュンッ!

 

投擲された鈴の双剣がその両腕を手首部分から吹き飛ばした。

 

「行きます!」

 

メルクのブレードが左腕を斬り落とし、銃撃が右足に風穴を開ける。

 

「これで…!」

 

両手に握る槍で残る腕と足を串刺しに、アルボーレが同時に胸元にブレード突き刺し、一直線に振り下ろす。

斬られた断面の奥底に…まるで手首を縛られ、吊り下げられたかのようなボーデヴィッヒの姿がそこにあった。

 

「戻ってこい、このバカ!」

 

乱暴だろうがこの際だ、預かり知ることではない。

ボーデヴィッヒのISスーツ、その胸元をマニピュレーターでつかみ取る。

 

「受け取れ、ティナ!」

 

そのまま彼女の居場所も確認せずに右後方へと力任せにブン投げる。

 

「ちょっとぉっ!?」

 

受け取ったかどうかの確認もせずに一歩下がり、アウルの爪先部分へと伸ばし

 

「ブッ飛べぇっ!」

 

脚部サブスラスターの出力全開にして、残る胴体の部分を横薙ぎに薙ぎ払った。

ビクン、とアルボーレが反応をする。

胴体を輪切りにされても尚、再生をしようとしているのが見える。

だが、先程までの再生スピードが遅い…?

それならそれで好都合、恐らくだが搭乗者を奪われた事による機能不全だろう!

この好機を見逃す気はない!

 

「このまま削りきる!」

 

相手は禁断のシステム、その力は世界最強クラスだろう。

おまけに胴体を輪切りにしてもなおもしつこく再生しようとする。

 

ギャギィィンッ!

 

現に、この状態になっても俺の槍に対して平然とブレードで対応してくる始末。

 

「だったら…!」

 

槍を左手だけに握り、右手でコンソールを呼び出す。

戦闘をしながらも運動プログラムを書き換えいく。

 

「反重力制御ユニット解除、パワーアシストを70%カット、絶対防御範囲縮小。

これで得たリソースの40パーセントをアルボーレに移譲、残存60パーセントをスラスター出力へエネルギー転換、これで!」

 

両腕両足に感じる装甲の重みが一気に増える。

今までパワーアシストによって支えてくれていたのに、それが半分以上も失われたのだから当然だ。

 

「終わらせるぞ!」

 

背面のスラスターの出力が一気に増え、瞬時加速(イグニッション・ブースト)並の速度で駆け抜け、槍と刃が振るわれる。

泥の塊に叩き付けたかのような奇妙な感触は一瞬だけだった。

駆け抜けた先で、背面スラスターが一瞬停止し、前方へと激風が逆噴射射される。

その勢いのまま方向を180°転換、禁止された技術『瞬時旋回(イグニッションスピン)』バランスをとるよりも先に一気に瞬時加速(イグニッションブースト)へと持ち込む。

絶対防御が発動していようと関係ない、これはISを使用する上での最大クラスの禁じ手。

瞬時加速(イグニッションブースト)中の方向転換』をも超えた、『瞬時加速(イグニッションブースト)を乱用した連続方向転換と瞬時加速の連続起動』、その総称を『連続瞬転加速(メトロノーム・イグニッション)

 

「まだまだぁぁぁぁっ!!!!」

 

2度、3度、4度、5度、6度

 

こんな動きを繰り返せば、脳や内臓が圧迫され、最悪は潰れて瀕死になる。

それでも、俺は迷うことなくこの選択をした。

 

絶対に許さない(・・・・・・・)

 

人をまるで使い捨てにさせるようなこんなプログラムの存在を。

こんなプログラムを機体に搭載させた誰かも。

そして…そのプログラムに使用されたであろう誰かを。

 

織斑 千冬(あの女)

 

あの日、初めて織斑 千冬(あの女)を見て傷跡が痛んだ。

目が合っていないのに、だ。

まさかこうしてこんな形で相まみえるとは思ってもみなかった。

 

「ゲホッ…!」

 

俺の体も無茶な動きに耐え切れなくなり始めている。

それでも、再び相見えてしまう時が来たとしても、真っ向から立ち向かえるほどの気概を持てるようになるなのなら…安い話だ!

 

禁じ手、連続瞬転加速(メトロノーム・イグニッション)を乱用しながらの連撃を40回を超える。

それでようやく再生能力が限界に達したのか、上半身、胸から上だけの形を維持するにとどまっていた。

 

「終わりだ!」

 

連続瞬転転換(メトロノーム・イグニッション)の方向をさらに捻じ曲げ、真上に飛び上がる。

両腕をクロスさせれば、アルボーレもクラウディウスを握ったまま、逆袈裟斬りの構えに移る。

泥人形は再生に集中させながらも 踏み込んでくる。

それに合わせ、俺はなけなしの残存エネルギーを使い切るかのように連装瞬時加速(リボルバー・イグニッション)で駆け抜け、その速度のままスラスターを瞬間的にOFFに、そのまま噴出方向をを変えてからの最大出力!

足元をギリギリに泥人形の刃が掠めながら

 

「『Stimmate di eresia(異端の聖痕)』…!」

 

全ての刃を振りぬいた。

アルボーレに握られた紅蓮の刀身、両腕に握られた鋼色の槍が、首、胴、両腕を切り裂く。

泥人形を見下ろしながら、連装瞬時加速(リボルバー・イグニッション)の速度のまま姿勢制御に移る。

 

「ガハッ!ゲホゴホッ!」

 

度重なるように内臓が圧迫されて血反吐を吐き、今だけは…倒れる事だけは意地で耐える。

スラスターを逆噴射させてようやく停止した時には気を失いそうになっていた。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…!」

 

霞む視界の中、状態を確認する。

 

バシャンッ!

 

溶けた泥の中、レッグバンドが一つ転がった。

見覚えはある、ボーデヴィッヒの機体であるシュヴァルツェア・レーゲンの待機状態だ。

なんとか、終わったらしい。

激しい疲労感を覚えながら俺は後ろ向きに倒れた。




『クラウディウス』
『薔薇の皇帝』の銘を冠した片刃の長剣型兵装。
第一世代兵装である長剣型兵装『グラディウス』から発展された兵装として扱われており、使用者はアリーシャ・ジョセスターフの名が知られている。


ウェイルは普段はこの兵装の登録を秘匿しているが、本当にやむを得ない状態の場合、命の危険の場合のみ、本人の意思で展開することが許可されている。
その際には、アルボーレの起動プログラム『モード:テンペスタ』への音声入力による切り替えによって行われている。
その際に、メルクの動きのトレースである『モード:ミーティオ』から切り替えられる。
モード:テンペスタによるアリーシャの動きのトレースは更に苛烈となり、パーツの摩耗がひどく、使用可能限界時間が5分とされている。
だが、その間はまさしく世界最強と言っても過言ではない。

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