「で、なんなのコレ?」
整備室にて改めて作戦会議を開き、クロエから送られてきた兵装を展開した後のティナの第一声がそれだった。
まあ、気分は判る。
何しろ、デカい。ISを展開した際の全高程の大きさを持つ楯、そんな外見だからだ。
とはいえ、実際には楯ではない。
テンペスタの本領は、『回避』『翻弄』にある。
だからこそ、世界最速の翼の名をほしいままにしている。
「ティナの搭乗するテンペスタにも搭載出来る用意がある。
そのために
「え!?いいの!?」
構わない。
その旨も、クロエが渡してくれたデータに入っていたのだから。
そもそも、コイツは『対IS戦用』というわけでもないからな。
なんら問題にはなりえないだろう。
「コレを作ったビーバット博士って何者なんだろうな…?」
その人物と唯一コネクションを有しているというクロエも大概謎だよな…。
さて、ここからもう一働きをしないといけない。
ティナが搭乗するテンペスタⅡにこの兵装『ミネルヴァ』を登録させる作業が出来てしまった。
「テンペスタⅡにデータの登録を始める。
それと同時に使い方を教えるからしっかり覚えてくれ」
「う、うん、ま、ま、任せなさい!」
頼りにしているぞ。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「アレ、どういう風に使うの?
それにしてもテンペスタに楯って、スペックに合わないと思うんだけど?」
私の眼前でお兄さんがティナさんに新たな兵装『ミネルヴァ』の説明を始めている。
鈴さんからすれば、見た目通りの
そんな感じに驚かすことが出来たのなら、私としても満足です。
「テンペスタは
「じゃあ何よアレ!?」
「使い方は…秘密です♪」
そのまま喚き散らす鈴さんをいったん無視してお兄さんの様子を見てみる。
兵装の説明をしているお兄さんはなんだか楽しそう。
それを真剣に聞き入るティナさんは…どうやら鈴さんと同様に驚いている。
誰だってあの兵装を見ればあんな感じになりますよね。
「うわ、結構えげつないわね。
でもこれって…」
「ああ、これでテンペスタⅡのシェア率も上昇するだろうな。
まだ試作兵装の域を出ないから確実なことは言えないけどな、それでも効果は覿面だと思う」
お兄さんが楽しそうなら私としては言うことはありません♪
釣りや機械いじりに夢中になりすぎて相手をしてもらえないのは不満ですけど、それでもお兄さんの笑顔が見られるのなら、それでも良いかな、なんて。
テンペスタⅡへのデータインストールが終わり、私のミーティオにもデータが届く。
これを確認してみれば、確かにコレなら今後はテンペスタⅡのシェア率が大きく上がりそうだと思える。
そして…学園内における訓練機の使用率が著しく変動する可能性が見えていた。
「メルクもこの後の試合で使ってみるか?」
「いえ、お兄さんが先に使ってください。
それに実戦投入は今回が初めてになりますから形式上はお兄さんに最初に使ってもらわないと」
「それもそうだな」
試作兵装の稼働試験は、形式上はお兄さんが最初に執り行うことになっている。
先の試合で私が使用した『フィオナローズ』も最初はお兄さんに合わせて槍の形状にされていました。
それを私が使用するにあたり、剣の形に鍛え直してもらっていた経緯があった。
お兄さんが隠していた『ウラガーノ』は現在は本国に於いてテンペスタⅡの標準兵装として塗り替えられている。
今回の『ミネルヴァ』も、
『
『後付式外装腕 アルボーレ』
『取得情報共有機構 リンク・システム』
『高速走行ブーツ プロイエット』
そして今回の『ミネルヴァ』
その全てがお兄さんの柔軟な発想から考案され、早くも実際に実装されるに至っている。
今後、お兄さんはどんなものを作っていくのだろう、そんな未来が今から楽しみです。
「あ、だがこれを大きく世界に販売しようものならそれはそれでダメになるな。
ここのところは企業にも打診を入れておかないとな。
さもないと市場を混乱させてしまうし、世界レベルで軍事バランスも崩れるか…」
「フィオナローズだけでも既に大混乱が起きると思うけど…?」
特にミネルヴァは不用意に使用したら大変な事になりますからね…。
企業としても本当に信頼できる相手でなければ取引しないと思うので大丈夫、と信じたいです。
「調整完了、と」
「それで、作戦はどうする?」
「ミネルヴァでの速攻も良いかもしれないが…あ、でもシャルロットの弾幕が面倒だな。
シャルロットを最優先で倒そうか。
ボーデヴィッヒが妨害してくるだろうけど…その際には
「了解♪
じゃあミネルヴァの使い時はアイリスさんを追い込んだ後ね!」
お兄さん…参謀役任されっぱなしなんですか…?
「ティナ、アンタが作戦考えなさいよ…」
「アハ♡」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
カタカタと叩かれるキーボードの音に視線を向ける。
私の視線の先にはシャルロット・アイリスが居る。
彼女の視線の先には、先日のウェイル・ハースの試合の映像が流されていた。
「凄いなぁ…あんな補助腕、どうやって操作してるんだろう?」
「あの補助腕なら、ドイツにも少数だけだが提供されている。
無論、ISに搭載させるなどの試みは実践されてはいたが満足に使いこなせる者は
そう、誰も満足に使えなかった。
それどころか、黒兎隊の皆が「機体の重心が傾き扱えない」と言い、搭載させる事すら嫌がった。
なのに、ウェイル・ハースはあれを十全に使いこなしているかのように見えてしまう。
あの男は何者なのだろうか、本当にただの技術職なのか…?
軍人ですら使えないどころか嫌がるものを、なぜあんな風に使いこなせる…?
「ねぇ、ウェイルをドイツに勧誘してみない?」
「試してみたが断られた、あいつはイタリアで生涯を全うするつもりらしい。
技術職として、開発陣の端に名が載れば満足だ、ともな」
「欲が無いなぁ…」
そうでもなかろう。
軍役こそ生涯の全てだと思っていたつもりの私からすれば違うかもしれないが、民衆の視線で見れば、「平和で、穏やかな日々が長く続けばいい」と考えることは誰もが抱く極当たり前の願望だろう。
だが、ウェイル・ハースはそれを望むことも難しい環境下にある。
この学園に在籍する愚者によって、日々の平穏すら怪しく、また、テロリストに名前が露見してしまっているとも聞いている。
それに関しても多少は調べてみたが、事実であるとも判明している。
織斑千冬は…それに対して何もアクションを起こしていないことも。
「欧州統合防衛機構としてもドイツはイタリアを敵対視しているわけでもないが…」
「じゃあ、スカウト出来ないって事じゃないよね!?」
それに関しては…スカウトを遮る相手をどうにか懐柔せねばならんだろうがな。
「難しいだろうな…」
「そっか…」
そもそもウェイル・ハースがスカウトに応える気が全く無い、それだけでなく、テロリストにまで命を狙われているのが厄介だ。
やはりテロリストを一掃するべきだが…奴らはどこに潜伏しているのかが判明していない。
今回、デュノア社とも繋がっている点が指摘されているが、既に蜥蜴の尻尾切りの状態だった。
奴らがどこかに潜伏している以上は、ウェイル・ハースをドイツに迎え入れるのも至難だと考える。
「ラウラ?どうしたの?」
「やはり、テロリストが目障りだと思ってな…」
イタリアで数人が捕縛されていたとの情報は耳に届いている。
だが、それだけだ。
この国、日本国内でもすでに構成員は忍び込んでいるはずだ。
それらの身柄が確保されているのか怪しいところではあるが、あの生徒会長を名乗る人物がその話をしていなかったのを察するに、逮捕には至っていないのだろう。
「面倒だな、やはりテロリストどもが目障りだ」
「そこで僕に視線を向けながら言われても…」
デュノア社長夫人が繋がっていたとされているテロリストは今も行方知れず。
トカゲの尻尾にされたデュノア社長夫人がどれだけ知っているのかは知らないが、警戒を続けていても足りないことはないだろう。
ただでさえ、国際IS委員会に対し、欧州統合防衛機構や欧州連合は発言力が劣ってきてしまっている。
目障りな障害は一掃すべきだ。
再び整備室の中は打鍵の音が響くだけになる。
この沈黙は私としては好ましいものだった。
賑やかなものが嫌いというわけではないが、静かなほうが集中力が出るような気がした。
基地にいる頃には
私はあの人に近づこうとしていたというのに…出会ってから日の浅い男との少ない言葉を交わした程度で訣別してしまうとは…。
私は薄情な人間だったのか…それとも真実から目を背けていたのか…。
どちらでも構わない、これからは…自分の目で見たものを信じよう。
「ラウラ~、こっちのメンテナンスは終わったよ~」
「こちらももうすぐ終わる、そのまま少しだけ待っていてくれ」
シャルロットはそのまま整備室の隅にあるドリンクサーバーで紅茶を用意し、ベンチに座って静かにこちらを眺めてくる。
その視線には少し落ち着かないものを感じるが、怪しい様子はないので放置しておく。
それから3分ほど遅れて、シュヴァルツェア・レーゲンのメンテナンスは完了した。
ウェイル・ハースの戦闘方法は先の試合を見て大体は頭に入っている。
両手に握る槍、変形させて構築されたアサルトライフルとハンドガン、脚部の仕込み槍と鉤爪、最後に右肩に搭載された副腕による自在な攻撃。
戦術を多く持ち、高機動のテンペスタでそれをフルマニュアルでのリアルタイムでの機動操作をしているというオマケ付きだ。
確かに、人材育成のためにも欲しい逸材と言える。
実際にスカウトをしたが応えなかった、それどころか身内を名乗る者も全力で拒否をしてきたのだから、これ以上のスカウトは出来ないだろう。
だが、参考にするべきなのかもしれないな。
「メンテナンス終わった?」
「ああ、これで完了だ」
差し出された紅茶を一口飲む、…ふむ、アイスティーにしてくれていたようだ。
そのまま一気に呷り、紙コップの中身を空にした。
「試合時間までは…40分程あるか。
この後は…ピットで作戦会議に移ろう」
「判ったよ、えっと…今回は東側のピットになるみたいだね」
正反対方向か…仕方ない、歩くか。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
自室謹慎になってから随分と経った気がする…まだ1日しか経過していないというのに、だ。
1年生の寮監室から教職員専用寮の一室に移り、外出は食事の時だけ、それも真耶の監視が常に張り付いている。
長年かけて築き上げた信頼は根底から失われた、手にしていた立場も奪われた。
過去に頼りにしていた人達とは連絡すら取り合えないのが現状だ。
スポンサーになっていた筈の人も居たが…次々と手を切られていく。
私が得ていたものが…まるで砂のように崩れ、指の隙間から抜け落ちていくかのようだった。
「何故、こんな風になってしまうのだろうな…」
この学園での立場は、すでに風前の灯火同然だろう。
身の振り方も改めて考え直さなければならない。
「その為にも…全輝と箒、か…」
信頼していたはずの身内の二人。
だが、この学園にいる間にその二人が、見知らぬ誰かに思えてきてならなかった…。
今回はリアル側の都合上短いのです、申し訳ない。