「あの…なんで私はここに呼ばれたんですか…?」
食堂で朝食を食べて終わった後、SHR前だというのに生徒会室に連れてこられた。
「安心しなさい、ちゃんと担任の先生にも伝えてあるし、トーナメントに遅れる事は無いから」
心配しているのは、そこじゃないんだけどなぁ…。
ため息を零す私の右側には…ラウラ・ボーデヴィッヒ、左側には…シャルロット・アイリスが同じように座っていた。
「さてと、今回の話だけれど」
「待ってくれ、私から話す」
遮ったのはボーデヴィッヒだった。
視線を伏せたまま、ラウラは語り始めた
「シャルロットに関してだが、やはりというべきか最初はウェイル・ハースを殺害するつもりでいたが、計画は頓挫した。
そもそもの計画が杜撰で、シャルロットは捨て駒だった。
ここまでは理解していると思う」
「ドイツ側がシャルロットを引き取ったところも含めて、ね。
暗器や毒物なんかも全部処理したのは私も見てるから、理解はしてる。
あんな命令を唯々諾々と従ったところは…納得が出来てないけど」
「それは…うん、そうだろうね」
シャルロットは苦笑いをしている。
自分の未来すべてまで投げ捨てられたってのに、なんでそんな表情が出来るんだか。
仮にウェイルの殺害に成功していたとしても、シャルロットにはその時点で後も先も無い。
どうせトカゲの尻尾切にされていただろうに…。
「フランスでは既に、国全体で瓦解が始まっている
それに伴い多くの役人が見せしめにされるであろう事も予見された」
「中国はそれには干渉出来ないわよ。
管轄地というわけでもないし、欧州の問題は解決できないと思うけど?」
そんな当たり前のことを言わせたくて私を呼んだ…わけじゃないと思うけど…。
「巣くっていた政府中枢の人間も一掃されるでしょうけど、それじゃあ国が無政府になるわね…」
無政府の国なんて、それこそ国として成立しない。
政治の問題なんて私には、完全に門外漢で問題解決方法なんて想像もつかない。
でも、今回は完全にデュノア社社長婦人の問題であって、民衆はその余波を受けてしまっている状態だろう。
「だから、フランスには、国民の為に腕を振るえる人物が必要になるんだ」
「そこで、欧州連合がフランス政権に対して一時干渉する事になった」
フランスの現在の政治機構を無視して、より巨大な組織が干渉する…そんなイメージかしらね?
成程ね、今のフランスの政治家の顔を民衆が全て把握しているわけでもないから、民衆の手によって始末されるよりも前に外部の政権所有者が併呑するつもりか。
でも、それって…
「以後、フランスは欧州連合の属国になるってことだよ。
酷い言い方をすれば傀儡国家かな?」
「大がかりな話になったわね…」
正直、無茶苦茶だろうなとは思う。
これでフランスの民衆は納得するのだろうか?
6年前の事件を黙殺しながらも、露見して経済崩壊。
今年に入って国営企業の暴走によって属国化。
もう国として形だけを残してるだけだものね。
このままだとイギリス同様に首都以外の全ての国土領有権の放棄も免れないんじゃないかとも思えてしまう。
「さて、ここからが本題よ?」
楯無さんが紅茶を飲みつつ鋭い視線を向けてきた。
あの視線は少し苦手だ、どうにもこっちの腹の内を探ってきているような気がして来るから。
「イギリスとフランス、この二つの国家にはある共通点が存在しているのは察しているかしら?」
共通点、とか言われてもすぐには反応が出来ない。
ラウラとシャルロット、その二人を見てもいまいちピンと来ない。
どちらも欧州連合に属しているし、かつては欧州統合防衛機構への参加国家だとか?
う~ん、それもなんか違うような気がする。
「ちょっと思いつかないです」
イギリスは国土放棄、フランスは財政崩壊に続けて治安崩壊と内紛暴動か…最悪は国土と国民を手放すか。
どちらも自業自得というか…学園にやってきた生徒が暴走している件は共通してるかもしれないけど…。
「どちらの事件にも、共通して干渉している人物が一人居るのよ」
その言葉に思い当たる節があった、…ウェイルだった。
イギリス出身のセシリア・オルコットは暴走した挙句にウェイルを討とうとした。
本人は退学させられた挙句に本国への強制送還。
その後の行方は杳として不明。
また、イギリス出身生徒も『危険思想所持の疑い』によって17名全員退学となった。
IS研究機関でもあったBBCは倒産しそこの技術やコアも没収されている。
更にその後にイギリスはロンドン以外の全ての領土・領海を放棄した。
フランスはシャルロットを利用してウェイルを殺害しようとした。
あろうことか企業トップとも言える人物によって。
計画は頓挫し、欧州連合によって取り締まられる形になっている。
確かに、『巻き込まれる』という形ではあるけど、ウェイルが存在していた。
だけど、巻き込まれているというだけでそう断じるのは早計にすぎると思う。
「ただの偶然じゃないの?」
「僕は、そうは思わないんだ」
私の反応に返してきたのはシャルロットだった。
本人は思いつめたような表情で視線を返してきた。
「命を狙った本人が何を言い出すの?」
「ウェイルに濡れ衣を着せていた噂話が蔓延し始めた頃に、僕に接触してきた人が居たんだ」
先日の話も在ってそれが誰なのかは察しがついた。
全輝の事だろうと。
「爆発物を学園全土に仕掛けていた、とかいう下らない噂話ね。
今更あの噂が何だっていうの?濡れ衣だと証明されたし、アイツが流し始めた話だっていうのも証明されていたでしょ?」
「デュノア社とセシリアちゃん、どちらも
そして、ウェイル君に対して、同じような視線を向けている人が今も居る」
どちらの事件にも共通している人物と言っていたのは、…『織斑 全輝』だという事か。
「でも、イギリスはどうするの?
全輝が干渉しただなんて証拠は今になっては残ってないじゃない」
「…そこだ、我々が悩んでいるのは」
でも、確かに考えられないことじゃない。
あのクソ野郎がウェイルを目障りに思っているであろうことは私にだって判る。
理解なんてしたくないし、納得なんて到底できる事でもない。
全輝は他人を利用するのが上手い、私達だってその被害に遭ってきていたのだから、猶更に。
ウェイルを排除するためにセシリア・オルコットを唆したのだとしたら…?
「他人の思いを利用し、他人を動かし、自分は動かず、自身の目的を達成する、か…。
アイツらしいといえば確かにそうね。
で、シャルロット、アンタにも接触しに来ていたわよね?」
「『ウェイル・ハースが爆発物を大量に学園内に仕掛けようとしている。
学園生徒に危害を加えられるのを防ぐために力を貸してほしい』って言っていたよ」
あのクソ野郎…!
それでもシャルロットの話は続いた。
「それで?」
「『模擬戦で徹底的に叩き潰してやってくれ、ヤケになって行動に出た所を取り押さえよう』って言っていたよ。
学園から排除すれば、暗殺だってやりやすいだろうとも思って僕はその案に乗ったんだ。
…録音とかしていないから、証拠は何も残って無いんだけどね」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
他人の気持ちを利用し、他人を動かし、自分は動かずに目的を達成する。
それが織斑 全輝の…いえ、織斑姉弟のやり方だとは把握していたけれど、露骨すぎる。
シャルロットちゃんを利用したのは、ウェイル君に対して多くの事前知識を有していなかったからだろう。
オマケにシャルロットちゃんは、転入してきた時点では『シャルル・デュノア』の名で男子生徒としての登場もしていた。
なら、そんな人物を利用したという事は…
「なるほど、危うくシャルロットちゃんは此処でも捨て駒にされていたという事ね」
「ど、どういう事ですか…?」
おっと、思ったことが口から零れ出てしまったらしい。
鈴ちゃんは…うん、「察した」と言わんばかりの表情ね、理解が早いわ。
「シャルロットちゃんは、織斑 全輝君に対してはどんな印象を持っているのかしら?」
「それは…不思議な人物かと…。
食堂でも気さくに話しかけてきましたから…」
悪い印象を持たせていなかった、そんなところかしね。
最低限だったかもしれないけれど、怪しい雰囲気を持たれることは避けたと考えておきましょう。
「本題に入りましょう。
先程、君のことを『捨て駒』と言ったけれど、言葉通りよ」
捨て駒と呼ばれた張本人は未だに理解が出来ていないらしく、首を傾げている。
話に追いつけないのか、理解が及んでいないのか、それとも頭が拒絶してしまっているのか…、まあ、そこはどうでもいいわ。
「織斑君にとって、ウェイル君は目障りなのよ」
「それは、どうして…?」
「あのクソ野郎にとっては理由はなんだっていいのよ。
自分以外に同じ場所に立つ人間がいるのが気に入らない、だから蹴り落とす。
その程度の考えで動いてるって考えれば話は早いわ」
「ふん、あの時に殴り飛ばしておいて正解だったな」
ラウラちゃんは行動が早すぎたのよ。
けど、それに関しては牽制にはなっていたかもしれないから、この際は聞かなかったことにしておきましょう。
「独善的で傲慢、そして傲岸不遜、それが織斑全輝だと思っときなさい」
鈴ちゃんはすごい怒りを抱えているわね…。
友人ともどもひどい目に遭ってきたのだから、その怒りは正当性がある。
いっそ憎悪を抱えているとさえ言ってもいいかもしれない。
「シャルロットがウェイル相手に不祥事を起こさせるつもりだったんでしょうね」
「そ、それって…」
「うむ。
それによってウェイルが大怪我を負い、再起不能になればいいと考えていたのだろう。
さらに言えばシャルロットは捨て駒、その責任を押し付けておけばシャルロットもこの学園から去るようになる。
奴はお前を唆しただけだったのだから、知らぬ存ぜぬを押し通して切り捨てる考え。
そういう考えでいいか?」
ラウラちゃんがバッサリと言い切ってくれたわね…。
けど、それを言い切ってくれたのなら説明が早くて助かる。
シャルロットちゃんは…顔を伏せ、表情が読めない。
多分、無実の人間にとんでもない濡れ衣を着せようとしていたことが分かって罪悪感があるのだろう。
ただでさえ、面識も関わりも無いのに、『かもしれない』という疑心暗鬼だけで殺害を教唆されていた。
それも相まって、面識もない人物に砲口を向け、殺害一歩手前にまで及んでいたのだから。
「君から見て、ウェイル君はどんな印象だった?」
「よく判りません…。
少なくとも…彼も悪人には見えませんでした。
でも、一緒にいる女子生徒は…」
「…ああ、メルクか…。
気にしなくていいわよ、度を越えたブラコンってだけだから。
メルクを間に挟んで考えなくていいわよ」
鈴ちゃん、さっきから辛辣ね。
その度を越えたブラコンのせいで二人きりにもなれないのを拗ねてるのかしら。
「再度問うわ、ウェイル君に対してどんな印象を持ってるのかしら?」
「…悪い人じゃないと思います…。
用心深くしてる様子は確かに見受けられますけど…それでも、噂話にされていたようなテロリストめいた事をするような人ではない、そう思います」
そうね、テロリストに狙われるハメになった人物がテロリストめいたことをする筈が無い。
世界で最も安全な場所とされるこの学園を戦場にしようとした人物は別に居るのだから。
二人目の男性搭乗者として発掘されたのは2月、唐突に力を得てから、未だ半年にも満たない。
そして、彼は唐突に得た力を遠因として命を狙われることになってしまっている。
力を手放す選択をしたとしても、危険因子が離れてくれるわけでもない。
それでも執拗に命を狙い続けるだろう。
「さてと、もうそろそろ移動しないとトーナメントに遅れるわね。
今はこれだけにして解散しましょうか」
シャルロットちゃんはいまだに深く思考しているようだけれど、今は口を出すべきではない。
考えてもなお、歪んだ思考を捨てきれなかった際には、再びこの場に呼び出してしまえばいい。
前回もそうだったけれど、必要とあらば…刃を向けることも厭わない。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「よし、調整終わり!」
解散した後に部屋に戻り、夜なべしてデータ調整にかかりきりになった。
クロエ女史が持ってきてくれたのは…情報だけではなかった。
FIATでの最新技術でもあるそれだった。
「昨晩、ティナとの作戦会議が終わった後に気付くなんてな…」
とはいえだ、これがラウラに通じるかどうかを問われたら…。
それに、データ調整はそこまで得意じゃないからな、メルクも徹夜してもらっている。
その為、鈴とタッグを組んでもらうための約束を破ってしまった。
まったくもって不甲斐ない兄だとは思う、今更だけど。
「…すぅ…すぅ…」
隣の椅子には腰かけた状態のメルクが居る。
俺の徹夜の成果を見せられるかはわからないが、精一杯頑張ってみようと思う。
「さてと、ホットミルクでも作ろうか」
早朝には温かいものが欲しくなる。
「徹夜の友にはコーヒーか紅茶」だと仕事先の先輩が言っていたのをふと思い出した。
その二択であれば、俺たちや姉さんも紅茶派だった。
普段はミネラルウォーターだけど。
「おっと、牛乳がもう残り少ないな…。
今日にでも購買で購入しておかないとな」
鍋に牛乳を投入し、弱火で温めておく。
その間に食器棚からそれぞれのマグカップを取り出し、ポットの熱湯をマグカップに注ぐ。
こうしてマグカップを事前に温めておくことで、後にいれるホットミルクの温度も下がりにくくなる。
「そろそろいいかな」
マグカップのお湯を捨て、鍋の様子を見れば中の牛乳もフツフツと泡立っているかの様に見えた。
早速、ホットミルクをマグカップに移し、スヤスヤと眠る妹に声をかけた。
「起きろメルク、朝だぞ」
「…ふ…ぇ…もう、朝ですか…?」
寝ぼけている妹の様子に少しばかり苦笑してしまうが、今は温めておいたホットミルクを渡すのを優先する。
熱すぎず、だが体を温めるには充分な温かさをもつホットミルクを俺も一気に飲み干す。
「…ふぅ…さてと、今日はトーナメント二日目だな。
メルクは準備は出来てるか?」
「はい、勿論です!」
いい返事だ。
この様子なら、今日の対戦相手には同情を禁じ得ない。
コクコクとホットミルクを飲んでいき、飲み終わったメルクはシャワーを浴びに行く。
その間に俺は新しくまとめたデータを圧縮してアンブラの中に投入した。
「運が良ければ善戦、悪ければ敗北か…。
学園内のイベントだから、これで俺がどうこうなる事は無い、だろうけど…」
カーテンを開けば外は随分と明るくなっており、青空から降り注ぐ陽光が眩しい。
6月の日差しはこんなにも強かったんだな…。
「さてと、俺も着替えるかな」
見下ろせば、俺は寝間着に着替えたまま一睡もしていなった。
体調のコンディションは好調、とは言い難いがこの際だ、仕方ない。
眠気は我慢、試合を終わらせてレポートを記して終わった後に寝てしまおう。
…都合、6時間以上…耐えられるだろうか…?
試合の最中に寝てしまわないように精々気を付けよう。
寝てしまおうものなら、アルボーレが俺を殴ってでも叩き起こそうとするだろうからな。
…首がもげないか心配だな…。
外装補助腕、アルボーレには稼働させる為の三つのデータが入力されている。
それは腕を動かすためのものだが、『メルク・ハース』『ヘキサ・アイリーン』『アリーシャ・ジョセスターフ』の三人のデータだ。
あの人たちの稼働データを使用させて稼働させており、搭乗者はそれに合わせて動かなければ、補助腕に振り回されてしまう。
昨日の試合ではメルクのデータを使用して稼働させていた。
また、ヘキサさんが搭乗しているテンペスタⅡにもウラガーノが搭載されており、動きを合わせるのは辛うじてだが可能だった。
姉さんのデータを使用して稼働させることは可能だが、動きを模倣させているアルボーレが耐えられず、5分でオーバーヒートしてしまうのも実験で判明している。
コレを使う機会はないとは思うが、手札の一つとして切り札は伏せておく。
ISスーツを着込み、その上から制服を着る。
さらにその上から白衣型の上着を羽織れば、それで準備完了だ。
「準備できました!」
シャワーを浴びた事で完全に覚醒したメルクがシャワールームから飛び出してくる。
髪は…ほんの少しだけ湿っているが、この日差しと風ならすぐにでも乾くのかもしれない。
変なところで雑なところが見受けられるのは姉さんにでも似たのかもしれないな、悪いことだとは思わないが。
「じゃあ、行こうか」
「はい!」
廊下に出れば、長身の女子生徒が待ち構えていた。
「Hi!待ってたわよ!」
俺の今回のタッグパートナー、ティナ・ハミルトンだった。
先日まで束ねていた髪をおろし、金紗のようなプラチナブロンドが腰まで流れている。
なんだ?何かのイメチェンか?
「おはようティナ、何かあったのか?」
「あれぇ?ウェイル君ってば鈍いなぁ。
折角気合い入れて髪型変えてみたのに!
朝食を抜いてるであろう二人のためにサンドウィッチを買ってきたのに、その態度は無いんじゃない?」
何故かは判らないが急に不機嫌になりだした、よく判らない。
よく判らないが、素直に頭を下げれば、その後頭部に朝食代わりのサンドウィッチを乗せられた。
それを受け取り姿勢を戻しつつ妹にも視線を向けてみれば…メルクは…なんだか不機嫌そうな表情をティナに向けている。
ううむ、よく判らない、機械の面倒を見るほうがもっと簡単なんだが
「ともかく、今日から髪型こうするって決めたのよ♪」
「そうか、良いんじゃないか…イダダダダダダ!」
何故か判らないが背中を抓られた。
俺、何かしたっけ?
痛む背中を摩りながら食堂にまで来たが…何故か鈴の姿が見受けられない。
思い出せば、ティナのルームメイトでもあった筈なんだが…?
「鈴はどうしたんだ?」
「生徒会長さんに朝早くから呼び出されてどこか行っちゃった」
楯無さんが朝っぱらから鈴を呼び出した…?
あの人なら大丈夫だと思うけど…何かあったんだろうか?
この後、ティナは鈴ちゃんに噛みつかれたそうです