WA5VVより、ディーン・スタークでした。
ハースの試合が終わった直後に篠ノ之を控室に軟禁し、1時間が経過した。
他生徒には接近禁止の厳命が言い渡されたが。
だが
「早くもイタリアから苦情が来ています」
学園長からその言葉が私に突き刺さっていた。
聞けば、イタリアの企業からの来訪者が当日になってやって来ており、ことの一部始終を録音録画なりされていたようだった。
これが即時にイタリア本国へと伝わったのだと…。
「今回織斑先生は控室に居た訳でしたが、それを承知の上で問います。
彼女は常時、木刀や真剣を持ち歩いているのですかな?」
学園長室の机の上には、篠ノ之から没収した木刀と真剣が置かれている。
真剣は柄から鯉口までテープで厳重に巻かれ、封印されている。
このままでは抜刀など出来ないだろう。
「…そのようです。
剣道部で使う竹刀を入れる袋の中に、木刀と真剣を常に同梱させているようで…」
「竹刀であれば…まあ、良しと出来ましょう。
ですが、何の理由もなく、帯刀許可も無いまま持ち歩くのは危険度が段違いです。
既に手遅れと言える段階ですが、木刀と真剣は厳重に保管するべきでしょう。
それで、この刀を彼女に与えたのは誰ですかな?」
……私だった。
一時、全輝と箒には私から直接に剣を教える時があった。
竹刀とは違う真剣の重みを覚えさせるために持たせた記憶がある。
そして…幾振りかの中から、それぞれ一振りを与えた。
それが、今…私の眼前に置かれていた。
「その視線から察しました。
彼女の人格を考えれば、それこそ今回の様に感情任せに人に向けて振るう事を躊躇わない。
今後を考慮し、この木刀と真剣は没収した上で、こちらで厳重に保管します。
必要とあらば、本土側の警察に預けるのも手の一つです、それを忘れぬように」
「承知しました」
「今回とて『未遂で終わった』などと甘く見ぬように。
すでにイタリア本国には『学園内にテロリスト予備軍が居る』ことを知られているのですから。
最早、看過できぬ事態に陥った事を肝に刻んでおきなさい」
学園長からも篠ノ之はすでにテロリストと見られているのは予見していた。
どうすれば箒の思想を更生出来るのか、今の私には見当もつかなかった。
全輝がハースを孤立させるために虚偽情報を作り、箒がそれを蔓延させた。
結果としては貶められていたハースは気にも留めずに日常を過ごし、噂話は虚偽であることが証明された。
それどころか、全輝の教唆が映像となって証明され、教師陣全員に、学園全土に広まった。
そして1時間前に、箒が虚偽情報を蔓延させていたことを自ら認めた。
その情報に踊らされていた生徒も問題だが、そもそもの原因が私の身内だということが私の頭痛の原因になっていた。
痛む頭を抱えながら、私は倉持技研に白式のオーバーホールの依頼を発注しておく。
それをこなした後、箒の軟禁に使われている控室に足を向けた。
学園教師ではなく、保安員が扉の前に立っており、ライセンスカードを見せてから扉を開いた。
部屋の中には篠ノ之が後ろ手に手錠を嵌められ、パイプ椅子に繋がれていた。
「千冬さん!解放しに来てくれたんですか!?」
「馬鹿者、事情聴取のためだ」
私の背後に居るバーメナに気付いたのか、歓喜の表情は、一気に憎悪を滾らせた相貌へと早変わりする。
人で態度を変える、か。
用心深いのか、それこそ選民思想によるものなのかは、いまいち判断がつかない。
「では、これより事情聴取を行う」
バーメナが懐に忍ばせている端末で録画と録音を始めているが、それを決して口に出すことはしなかった。
篠ノ之はそれに気づくこともなく、本音を悪罵で穢しながら吐き続ける。
それは、聞くに堪えなかった。
ハースが、人から賞賛されるような人間ではないのだとか、ハースこそがテロリストだとか、学園がテロリストに狙われるようになったそもそもの原因はすべてハースによる仕業だとか。
ありもしない話だけを吐き出し続ける。
「誰もやらないのなら私がウェイル・ハースを討つと言っているんです!
絶対に奴をこの学園から追い出すか、排除しなければ」
ドゴォッ!
そこから先は言わせなかった。
思わず、私がその頬を殴り飛ばしていた。
後ろ手に手錠をされ、パイプ椅子に繋がれている人間が耐えられる筈が無い。
篠ノ之はそのまま派手な音とともに後ろへと倒れた。
「な、なんで…?」
「愚か者が…何が『何もかも全てハースが悪い』、だ。
全てお前がやらかしたことだろう。
お前は自分がやらかしたことについてどう責任を取るつもりだ?」
「わ、私は何も悪いことなどしてません!」
犯罪行為の自覚もなければ、罪悪感も無い。
同時に責任能力も無い。
「責任というのなら、何もかもハースのせいでしょう!?
諸悪の根源はあの男だ!千冬さんだって判っている筈です!!」
この期に及んでも保身と責任転嫁の為の言い訳ばかり。
「あんな非道卑劣を働き続ける外道を放置すれば学園を壊滅させようとするのは明白です!
私は、それを事前に防ぐ為にもーーー」
私の頭痛は、なおも酷くなっていく一方だった。
「………?」
ふと、窓に視線が向かう。
窓際に小鳥が留まっているのが見えた。
これだけ人間が喚き散らしているのにも拘らず、身動きの一つもしない。
私の視線にも気づいている筈なのに、飛び立つ仕草も取らなかった。
まさか
そう考えてしまう自分が居るのは当然だった。
一歩近づこうとするのに気付いたか、そのタイミングで飛び立っていく。
だが、飛び立った先の木の枝に留まり、視線を向けてくる。
だが私がここで部屋を出れば不審に思われるだろう。
小鳥の視線が気になりつつも、私はそのまま箒の悪罵を耳にし続けるほかに無かった。
「そもそもだ、私を含めてハース兄妹には接触・干渉禁止が言い渡されているだろう。
こちらから干渉さえしなけば…」
「到底納得出来ません!
なぜ私達が奴の顔色を窺わなくてはならないんですか!
あんな男は排除すべきです!」
実際、ハースは箒と全輝を嫌い、私に対しては嫌悪するほどに至っている。
だが、こちら側から干渉さえしなければ、何一つトラブルは起きない筈だ。
それを『気に入らない』からというくだらない理由で危害を与えようとする。
干渉を再三再四禁じようとしても、鬱憤を爆発させようとする。
こういった公式の試合で顔を合わせようと、実力と技術の差で圧倒されるだけになっている。
そう、圧倒されるだけで終わればそれで良かったと言うのに、今度はそれを理由に逆恨みして危害を加えようとする。
どうあっても暴力を振るい、排除しようとしなければ気が済まないというわけだ。
「そうだ、何もかもすべてあの男が悪いんだ!
あの男さえ排除すれば…」
「なぜそんなにも敵視をしようとするんだお前は!」
「あの卑怯者は敵です!
話し合いで済めばこんな事にはならない!
そうだ…理解ができないから敵になる…!
敵は…どんな手段を使っても排除するべきです!
あの男が人に害をなすより前に
奴は排除すべきだ!
そうでしょう千冬さん!!??」
……私は再び拳を振りぬいた。
箒が口にしたのは…正真正銘、テロリストの思想そのものだったからだ。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「収穫なし、か」
ウェイルが整備室に籠って以降も、メルクやヘキサって人からも話を聞けるかと思えば、とんだ肩透かしになってしまった。
判ったことは
釣りが好き
機械いじりが好き
家族は両親と姉とメルクと猫が一匹
以前から判っていた話に付け加えて
ウェイルは元々はどこかの施設の出身
施設に入る前は、事故による記憶喪失で素性は一切不明
ウェイルという名前も本人が名乗ったものではなく、施設の関係者が名付けたもの
ここまでの空回りは想定一つしていなかっただけ、虚無感が胸の内に広がり続ける。
それでも、その話の全てを信じたわけじゃない。
どの情報も、どうにもあやふやな所があるからだった。
それに、その話をウェイルが肯定していない。
「話をする前に整備室に籠るなんて薄情じゃない?」
「お、お兄さんらしいですよね」
メルクの笑顔もやや引き攣っていた。
身内にまでドン引きされるようなことをしてるんじゃないわよあの唐変木め。
実際、もう1時間もこのままだった。
これ以上は待っていても時間の無駄になるかもしれない。
そう思った瞬間、整備室の扉が開いた。
「お待たせ、ようやくメンテナンスが終わったよ」
噂をしていた張本人が出てきた。
少し疲れたような表情をしてるけど、体力が尽きたという訳でも無さそうだった。
うん、顔色も悪くないし、この調子なら大丈夫そうね。
「うんうん、整備の腕も衰えてなさそうで安心したわ」
「とまあ、姉さんの監修ありきでちょっと緊張してさ…」
ヘキサ・アイリーンとか名乗っていた人。
二人の教官役をも担っていた人で、ウェイル達の姉だという。
つけ入る隙が無いわけじゃないけど、それでも明確な境界線を敷かれてしまった以上、これ以上は踏み込めそうになかった。
とはいえ、可能性が途絶えたわけでもないから、当面は様子見を続けようと考えた。
Prrrrrrr!
「ん?なんの音だ?」
「あ、ごめん、私の携帯の着信音だわ」
ポケットから端末を取り出し、画面を見れば、相手は弾だった。
話をするためにも私はウェイル達から離れ、アリーナの外に出た。
「もしもし、どうしたのよ弾?」
「おう、朗報だ。
『小松原』って教師のことを覚えてるか?」
…覚えてるし、忘れるわけもない。
一夏への仕打ちの事を殆ど知っておきながら、決して何一つ対応をしなかった無能女教師じゃん。
なんだってあんな女の話を今になって振ってきているんだか。
「あの無能がどうしたってのよ?」
「あの無能教師が、学校や教育委員会に対して何もかも情報を伏せていたことが分かった」
…は?
「それだけじゃないぜ、爺ちゃんが一夏の保護の為に児童相談所に行ったりもしていたんだが、そこにも手をまわして拒否ってやがったんだ」
…何それ?
自分が手を煩わせるのも嫌がって、一夏が劣悪な環境に居るのを知っていながら、そこに閉じ込め続けて放置していた、と?
「…よくもまあ、そんな話を今になって吐いたわね、あの無能が」
「聞いて驚くなよ?
あの無能だけど、全身不随で一生涯ベッド生活だそうだ」
…あの女の身に何が起きたんだか。
ああ、そういえば歩道橋から転落した人の情報があったけど、それがあの無能教師だったわね。
「そこで俺等がお見舞いを装って情報を吐き出させたんだよ。
あ、見舞いの花束も用意したから偽装も問題無いぜ!」
そこはどうでも良いんだけどなぁ。
「吐き出させた情報は、奴が務める小学校、市の教育委員、市役所、それと奴の実家に匿名で投函しておいたよ」
「根回しし過ぎじゃない?」
続く話では弾が行くまで見舞い客の一人も来ていなかったんだとか。
その点が気になるけど、弾よりも前に同じような情報が流されていたんだろうか?
そこは気にしても仕方ないか。
「全輝の取り巻き連中だが、やっぱりドイツもコイツもデジタルタトゥーだとか、社会的抹殺をされていてな
夜逃げしている家が幾つもある。
今回得られた情報はそれくらいだ。
証言だけだから些か証拠能力が弱いかもしれないが、後でメールにして届けるぜ」
「判ったわ、情報提供感謝してるわよ」
そこで通話を切った。
「とんだ皮肉ね…」
日本国内に居たら何も見つけられないと思って中国本土に帰ってまで今の地位を手に入れたのに、手に入った情報は雀の涙程度。
なのに、国内に居た弾が、今になって次々と情報を入手している。
生憎、一夏に関する情報ではなく、全輝を追い詰めるための情報だった。
ついでに
全輝はといえば、今回の試合で前回以上に機体が襤褸屑にされての惨敗だったわね。
二度も惨敗してたら、もう関わる気も無くなる…いや、逆恨みでもしそうね…。
アリーナの中に戻り、ウェイル達と合流する。
どうやらその時間の間にウェイルとティナのタッグは次の試合を終えたらしい。
トーナメント表を見れば、ボーデヴィッヒとシャルロットのタッグも勝ち進んでおり、簪も勝ち残っている。
「ふぅん、みんな頑張ってるのね」
「そんなことを言っている暇は無いぞ。
メルク達はシード枠に入っているとはいえ、試合がこのしばらく後に控えているんだからな」
「それでも相手は第二世代型量産機2機のタッグでしょう?
第三世代機2機で組んだ私達なら負けないわよ!」
自信満々に言ってのけたのに、ウェイルがボリボリと髪を掻く。
「相手が相手だ、試合が終わった後も油断しない方が良いと言ってるんだ」
その言葉に私とメルクは再びトーナメント表に視線を投げた。
相手は1年1組…それだけでいやな予感がした。
「えっと…夜竹さゆかと…篠ノ之箒……面倒な事を引き起こしそうだわ…」
先のウェイルの試合の直後にも観客席で騒ぎを起こしたのを見かけていた。
なに、アイツ1回戦を勝ち残ったの?
その1回戦の相手というと、やはりというべきか1年1組同士で潰しあう形になったらしい。
訓練時間が授業時間だけともなると、腕に自信のある者が勝ち残るか。
「何を考えているのは知らないが、連携も何もあったもんじゃなかったわね。
あの機体にも、対戦相手にも、組まされている女子も可哀想にも限度があるでしょうに」
機体が中破でもしたんだろうか?
だとしたら修理を請け負う整備課にも同情するわ…。
「ねぇウェイル、私とメルクがあの女のタッグとの試合に臨むにあたっての最適な作戦って何だと思う?」
「分断させてからの各個撃破だな。
とはいえ、メルクにも『フィオナローズ』があるから分断自体は容易な話だ」
…『
そんなのメルクは言ってなかったわよね?
って事は
「メルク、アンタまだなにか隠してることがあるのね?」
「きょ、今日まで整備が整っていなかったので…」
再び顔を引き攣らせながら視線を無理やり反らしている。
アンタね…隠し事も大概にしときなさいよね。
「データの調整も仕上がってるよ、好きなだけ使ってこい」
「はい!」
ウェイルもメルクに甘すぎるんじゃないの?
「で、フィオナローズってのは何なのよ?」
「もともとは槍の形に仕上げられていて、俺が兵装の稼働試験を頼まれていたものだよ。
イタリアで試験稼働させて、今度はミーティオに搭載するにあたり、槍から剣の形に鍛え直してもらったんだ。
で、今日まで調整に手間取っていたんだよ」
ウェイルもウェイルで眼鏡の下の目が泳いでいた。
わかりやすい兄妹だこと、呆れるほどに。
もうしばらくは様子見させてもらうからね。
私の目的のためにも。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
フィオナローズ。
アイルランド支部から届いた品を槍から剣に鍛え直してもらうのには実の所は簡単に話がついた。
だが、問題なのは重量だった。
この兵装には実体刃が搭載されており、普段からメルクが使っているレーザーブレード『ホーク』とは勝手が違っていた。
先日までの夜間訓練でも、俺を相手に使いやすいように調整を施し続けていた。
刀身の長さに手を加え、鍔の位置を調整した果てに籠鍔を搭載、ようやく調整が完了した。
アイルランド支部にもこの件は伝えてもらったが、アッサリとOKサインが出た。
実体剣ではあるが、れっきとした第三世代機兵装だが、扱う点では少々難もある。
それを克服するのも難しいが、メルクの腕前なら成し遂げてくれるだろう。
相手があの女となれば容易だ。
「あの人には恨みも在りますから、全力で参ります」
「おう、頑張れよ!」
メルクの頭に手を乗せワシャワシャと撫でておく。
冷ややかな視線を向けてくる鈴に首を傾げながら…顎下を撫で…
「だから猫扱いするんじゃないっての!」
「……?」
ティナが腹を抱えて笑っているが…俺、何かしたかな?
そういえば…クロエの姿がいつの間にか見えなくなってるけど、どこに行ったんだ?
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
アリーナの外、そこに彼女がいるのを見つけた。
手にお得意の『蒼流旋』を握り、奇襲にも備えながら静かに歩みを進めていく。
「私に何か御用ですか?更識楯無さん?」
振り向きもせず、私の名前を言い当てた。
この時点で『技術者の助手』だなんて肩書すら怪しくなってくる。
「あら、名乗ってなんかいなかった筈なのに、私のフルネームをご存じなのかしら?」
「ええ、よく存じていますよ…
一瞬にして怒りの導火線に火をつけるのが上手いわね!
「他には…そうそう、『葉山』、『青桐』、『比佐』、『高雅』、『田室』、でしたね」
読み上げたのは、数年前にイタリアに潜伏しながらも叩き出された暗部のエージェントの名前。
それすら把握しながらもイタリアは何の見返りも求めなかった。
それどころか、今になってこちらの急所に逐一刃をめり込ませてくる。
「それで、護衛も着けずにこんなところに何の用なのかしら?」
「海鳥がいたので、此処に。
あなたが近寄ってきたから飛び立ってしまいましたけれど」
あくまでも本音は言わないつもりらしい。
それより気になるのは、クロエと呼ばれていた少女の肩で羽を休めている小鳥の姿だった。
姿勢を整えたりしているけれど、それでも飛び立とうとしない。
「ねぇ、クロエちゃん?」
「何でしょうか?」
「君、この学園に
「あくまでウェイルさんとメルクさんへの届け物をしに来た次第ですが、それが何か?」
嘘は言っていない、だけど、本当のことも言っていないのは察した。
まるで少女の姿をした魔女のようにも見えてくる。
「それで、丸腰の私の背後に立っている状況で…いつまで槍を携えているつもりですか?」
…真後ろに立って完全に死角の筈なのだけれど、なぜ見えているのかしら。
「それこそ、そちらが不穏因子ではないと証明してもらわないと……!?」
視界が歪む…!?立って、られ、な…い…!?
目に映る光景が歪み、周り、色彩が反転し、耳障りな音が耳を満たしていく。
「あらあら、どうされました?
貧血性のショックでしょうか?
困りましたね、私では貴女を背負って運ぶだなんて出来そうにもありませんし、だれかを呼んでこなくては…。
そうですね、ヘキサさんを呼んできましょうか」
クロエちゃんの声が聞こえるけれど、言葉を返すこともできなかった。
「忠告です。
誰だって語りたくない事というものを抱えているのですよ?」
前後上下左右の間隔もあやふやになってくる。
まずい、この状況じゃ…!
「では、少々お待ちください、人を呼んできますので」
声が消えた途端に、私を襲う感覚のすべてが消えた。
「クッ!」
声が最後に聞こえた方向へ槍を向ける。
「うおっ!?」
槍の穂先の先には…
「…え、ウェイル君?」
「何を驚いているのか知りませんけど、まずはこの物騒なものを降ろしてもらえませんか」
「ご、ごめんなさいね。
私も驚かされちゃって」
言われるがままに蒼流旋を収納し、周囲を見渡す。
クロエちゃんの姿はどこにも見受けられなかった。
モニターを展開して時間を確認してみるけれど2分程度しか経過していない。
「…ねぇ、クロエちゃんは?」
「姉さんと一緒に居ますよ、楯無さんが倒れそうなほどに顔色が悪くなっているようだから、休められる場所まで
あらあら、それはまたご丁寧に。
私も何が何だか判らぬ内にあんな事になってしまったんだものね、わざわざアフターフォローまでしてくれるなんてありがたい限りだわ。
でもね、女の子相手に『担ぐ』だなんて言い方しないで欲しいんだけどなぁ…。
「それだけ元気なら
じゃあ俺は妹の試合が近いから戻りますね」
言い方を気にしてくれないかしら?
さっきからクロエちゃんといい、君といい、女の子への気遣いというものが無いのかしら?
出会いの瞬間のことを思えば私が悪いのは理解してるわ、ええ、それはもう重々に。
でもね、だからと言っていつまでこんな扱いを続けるのかしら?
「ウェイル君、ちょっと歯を食いしばりなさい」
「は?何を言っ」
海鳥が飛び立つ中、乾いた音が一つ響いた。
誰も見てないでしょうし、気にする事も無いでしょ。
君はもうちょっと女の子への気遣いというものを学びなさい。
篠ノ之
「ウェイル・ハースは敵だ!
敵がそこに居ると分かっているというのに何故討ってはならないというんだ!
敵は討つべきだ!討たれる前に!」
テロリストに近い思想ですかね。
『敵は排除すべきだ!害を出す前に!』
完全にブーメランなんですけど、本人にはそのようには見えていません。
猶も詳しく言えば
科学者や研究者は、どうせ独りよがりで他者に多大な害を出す存在に決まっている。
姉である束のように成り果てる。
自分はそれを見て知っている。
だから科学者や研究者は排除するべきだ。
どんな手段を使ってでも。
他者への理解など必要無い。
自分を理解できない相手こそが異常者だ。
自分だけは間違っていない、間違っていないのだからどんな手段を使ってもで正当化されて当然。
なんなら姉である束の名を使う。
都合が悪くなれば束を他人扱い。
こんな具合ですね。
テロリスト染みているか、狂気じみているかの表現は紙一重で難しいですね。
実際、幼少の頃にこういう考えに人間は確かにいましたよ、いまさらながら戦慄しますが。
なおティナですが、ウェイルが整備室を出た後に鈴に嚙みつかれてます。
理由はお察しです。
ではまた次回。