IS 速星の祈り   作:レインスカイ

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第64話 黒風 隠し続けた

先日、俺の端末に届けられたメールを頼りに、俺と数馬はある病院に来ていた。

 

「市の中央病院、そこの6階の個室、か」

 

「まさか、こんな大きな病院に入院していたなんてね」

 

俺と数馬の二人の脳裏には共通する人物の顔が思い浮かべられていた。

今となっては顔を見る機会なんて全くなかったのに、この期に及んで自ら会いに行くことになるとは思ってもみなかった。

最後に顔を見たのは3年と少し前、小学校卒業の時だった。

一応世話にはなったけど、同時に憎悪も抱いた。

 

「行こうぜ」

 

面会の予約もしていないが、わざわざ花束まで用意してきたからか、病院の中にいる職員や看護師もスルーしてくれる。

病室の番号まで控えてくれている情報屋には感謝しかないが、わざわざ情報収集する役を俺に回してくるのは流石に小言の一つも言いたい。

 

エレベーターのボタンを押してそのフロアへと向かった。

そして

 

「…ここだね…」

 

605号室。

そこに今回会いに来た人物が居る。

もう二度と顔すら見たくもないと思っていたが、この女(・・・)から吐き出させなければならない事がある。

その為に、わざわざ手荷物まで買ってきたんだ。

 

「おう、入るぜ」

 

ノックもせずに勝手に扉を開く。

廊下に漂っていた薬品臭は完全に途絶え、開いている窓からは初夏の日差しが零れてきていた。

 

「誰かしら?ノックもせずに入ってきたのは?」

 

その人物はベッドから起き上がることもせず、視線だけを俺達二人に向けてくる。

いや、起き上がれない(・・・・・・・)と言ったほうが正確な話らしい。

 

「なんだ、かつての教え子の顔も忘れたのかよ?」

 

「僕達としては、アンタの顔も声も忘れていなかったんだけどね」

 

「…?」

 

そう言いながら俺はベッドに横たわる仇敵を見下ろせる位置にまで足を進めた。

 

「ごめんなさいね、今まで多くの生徒の面倒を見てきたから、覚えきれなくて」

 

ああ、そうかよ。

その言葉に爪が掌に食い込みそうなほどに強く手を握る。

それをどうせ把握しているであろう癖に、数馬は花束から半分をさっさと抜き取り花瓶に飾る。

飾っている花を見て、俺は深呼吸を二度。

どうせその花言葉を知れば、この女はわめき散らすだろうし、その場面を思い浮かべるだけでざわつく気持ちは平静へと近づいていく。

 

「五反田 弾」

 

「御手洗 数馬。

アンタの教え子だった卒業生(・・・・・・・・・)だよ、認めたくないけどね。

ここまで言っても思い出せないかな?小松原先生?」

 

「……!?」

 

澄んだ顔が驚愕に代わる。

その顔を拝めただけでも来た甲斐があったかもしれない。

だけど、もうアンタを逃がす気は無い。

お誂え向きにこの女は全身不随(・・・・)に陥り、首から下が動かないことも情報を得ている。

 

「俺たちの事をようやく思い出したみたいだな。

今の今まで忘れていたみたいだが。

安心しろよ、あの時のお礼参りに来たってわけじゃない」

 

「だけど、タダで帰るつもりは無いよ。

僕等が求める情報を吐いてくれればそれで良いんだ」

 

この女は信じられない事をやらかしている。

全輝による一夏へのイジメを黙認した、俺達が何度もそれを訴えても聞く耳を持たなかった。

全輝(あのクソ野郎)の上っ面だけを見て、何も対処しなかった。

全輝(あのクソ野郎)が俺たちに対して行い続けた行為にも、目を背け続けた。

 

「お見舞いも未だに誰も来てないんだってな」

 

「僕らが最初で最後かもしれないよ」

 

「どうせ誰も来ないのは知ってるからな」

 

「もう教職員には復職出来ないんだ。聞く相手誰もいないのが分かり切ってるなら、気分も悪くならないんじゃないかな?」

 

小松原が歯をカチカチと鳴らす。

情報がここま流れてしまっていたとは思いもよらなかったのだろう。

事前にここまで情報を送ってくれた(なにがし)の情報網はどうなっているんだか…まあ、感謝してるけどな。

 

「さあ、キリキリ吐いてもらおうか」

 

「ただし、言葉を選んだほうがいいと思うよ」

 

ここでボイスレコーダーの録音ボタンを押す。

これでしっかりと証拠を入手しておくか。

 

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「思った通り、あの子たちは情報収集に勤しんでくれているみたいだね」

 

モニターにはある病院の病室の様子が鮮明に映し出されている。

かつて、いっくんの担任を務めていた無能教師、その居場所と身辺の情報を提供したのは私だった。

それだけでなく、あの女の過去の振舞いを近辺の人間にもリークしている。

だから、見舞客の一人も来なかったというわけだった。

 

「さあ、全部暴露してもらうよ、お前の罪を」

 

それにしてもあの子たち、脅しが上手過ぎない?

あの眼光と言葉遣いじゃ完全に時代錯誤のお礼参りだよ…。

くーちゃんによる粛清ではあったけど、全身不随に陥るとは思ってもみなかった。

それに、二人が用意した花を見てみる。

用意した花はそれぞれ

『黒百合』、花言葉は『(のろ)い』

『カルミア』、花言葉は『裏切り』

『ロベリア』、花言葉は『悪意』

 

…うん、徹底してるね

 

「この様子なら問題ないでしょ。

録画録音もしてあるからあの醜女(しこめ)は放置して、ウェイ君の様子を見ないとね♡」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

アリーナはすでに1年生の生徒が大勢集っていた。

ウェイルは最終調整のためにと整備室に向かっていった。

万全の用意をするためにと、あの兄妹の姉を名乗る人物と一緒に。

どうにもメルクの機体も調整を要するとかで私とティナは放り出されてしまった。

 

「な~んか納得いかない…」

 

「仕方ないじゃない、久々の家族との対面だったのよ?

こういう時期に来てくれるのは結構なイレギュラーかもしれないけど、久々の再会だから弾む話もあれば、企業関係の話もあると思うからそっとしときなさいって」

 

それは判ってるんだけどさぁ…、メルクと、あの姉を名乗る人物からミッチリと話をしておきたかったっていうのに、初っ端から出鼻をくじかれたようなもんじゃない!

 

「鈴ちゃんから見て、今回は大きく予想外の結果になったってことかしらね」

 

楯無さんの言葉に私は大きく項垂れた。

ウェイルとメルクの姉、それはイタリア国家代表選手『アリーシャ・ジョセスターフ』女史だと思っていた。

なのに、今回姿を見せたのはそれとはまた別の人物だった。

 

「ヘキサ・アイリーン、企業所属のテストパイロットでもあり、空軍所属のIS搭乗者というところまでは訊いたけど…。

あの楽しそうな横顔を見てると…」

 

とてもじゃないけど、偽物だなんて思えないのが正直な話。

私の予想は大きく外れてしまった。

だけど、話を伺うか否かは別の話。

 

「私とウェイル君のタッグが試合に至るまで一時間、そろそろ出てきてくれないかなぁ…。

まだ確認が終わらないのかしら?」

 

しかも相手はあの全輝、万全の用意をしておきたいだろうけどそこまで必要になるのかな?

ウェイルだったらこの前のクラス対抗戦の時のように一蹴してしまう様子が思い起こされる。

その後のアイツの戦闘方法は何も変わっておらず、訓練の様子だって何一つ変化がなかったというのもウェイルの手元に情報として巡ってきている筈。

それを理解しながらも尚、調整に走ってるってことは…。

 

「ウェイル、もしかして今回本気を出すつもりなんじゃないの…?」

 

「…………」

 

ティナが目をそらした。

…間違いないわね、今回はウェイルが本気を出す予定なんだろう。

クラス対抗戦の戦い方はウェイルの本来の戦い方ではなかった、と。

思い返してみれば、脚部の兵装だってあの時には使っていなかったものね。

シャルル…じゃなくて、シャルロット相手に使った時だって予定外じみた事をぼやいていたわけだし。

でも、このタイミングにまで秘密にしていたのは、そういう風に助言した生徒会長さんが居たわけだからね…。

ウェイル本人が「企業側からの許可」云々はでまかせのブラフだろう。

 

さて、隠し弾は脚部のスライド式の杭と…残るは2つくらいありそうな気がする。

場合によっては4つくらい出そうなのが少しばかり怖い。

 

そんな風に考えていると調整が終わったのか、整備室の扉が開き、4人が出てきた。

 

「調整、終わりっと…さぁて、もうすぐ試合だな…」

 

「この試合で早速使うんですね!

お兄さん本来の戦闘法(スタイル)を!」

 

はい、言質取りました。

やっぱりあの時とはまた別の手法を隠し持っているらしい。

 

「だけど、それはメルクも同じだろう。

アイルランド支部から稼働試験を頼まれた兵装をメルク用にロールアウトし直したんだからな」

 

はい、兄に続けて妹も隠し弾を用意していたことも判明しましたよ、と。

なーんか嫌な予感と同時に、妙な信頼までもが生じているのは不思議でならない。

私のパートナーはメルクだけど、試合はシード枠で最初からアドバンテージを得ている。

しばらく時間が空くからじっくりと話を伺うとしようかしらね。

 

ウェイルがティナを伴ってピットへと走っていくのを眺め、私は視線をメルク、その姉と、今回何らかの手荷物を持ってきたクロエとやらに視線を向けた。

 

「ねえ、ちょっと話があるんだけど」

 

そういって呼び止めた。

メルクたちを引き連れてやってきたのは、生徒の姿がまばらな観客席だった。

この場所ならほかの人に話を聞かれる心配もないから都合がいい。

楯無さんは何も言わずに私たちがこの席へと足を向けた事については何も言わなかった。

 

「それで、私たちに何の話があるの?」

 

ピットから深い紫のテンペスタと、基本カラーのテンペスタが飛び出し、試合を始める。

その鋼の塊が衝突しあう音の中、私は口を開いた。

 

「ウェイルの昔の話に興味があるのよ、だから色々と教えてもらえないかしら?」

 

一気に切り出すのではなく、少しずつ切り崩す!

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 

鈴ちゃんがどんな手で切り崩しにかかるのかと思えば、少しずつ切り崩す手法に出るのね。

それはいいけど、これは時間に余裕のある人だからこそ出来る手法だとは思う。

試合がシード枠に入り込めたから、時間には余裕がるのよね。

かくいう私はトーナメント事態に参加しないからどれだけでも時間に余裕がある。

 

「まあ、良いでしょう。

本人からすれば知られたくない事もあるでしょうから、答えは選ぶわよ」

 

鈴ちゃんの前にヘキサさんが立ちはだかる。

亜麻色の髪を揺らしながら、微笑むけれど、その姿に何か寒気を感じた。

 

「先に言っておくけれど、ウェイルは養子だと言うことを踏まえておいて。

本人が気にしているから、眼前では言わないように」

 

外見の特徴が大きく違っているのは理解してたけど、本人は気にしているのね。

思い返せば、それも言ってたわ…。

 

「それに、昔の話と言ってもねぇ。

機械いじりと、釣りが好き、とかかしら?」

 

機械いじりに釣り、かぁ…。

だけど、一夏との共通点は年齢以外にもある。

瞳の色もそうだし、釣りという趣味も。

 

「養子ってことだけど、どこかの施設とかからの出身って事?」

 

この質問は一種の賭け。

『違う』『知らない』と言われたら、そこにこそ付け入るスキが生じ、私の勘はより一層確信へと近づく。

だけど、もしも『そうだ』と答えられた場合は…。

 

「そうですよ」

 

…返答を返したのは、ヘキサ女史ではなく、メルクだった。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「お兄さんが居た場所には、沢山の人が居ました」

 

鈴さんが掴もうとしているのは、お兄さんの過去。

探し人をしているのは知っている。

だから、そういう場合の切り抜け方をこちらも当然用意している(・・・・・・)

 

「私の両親が、その施設を運営している方と知り合いだったんです。

そこに居る人達の中では、お兄さんは当時は最年少で…身請けできる人が居なかったんです。

それを知って、両親が家族として迎え入れることにしたんですよ」

 

嘘ではないけれど、決して真実でもない。

その返答で切り抜けることはイタリアを発つ前から決めていました。

 

確信を持たせず、そのうえでこちらの尻尾を掴ませないようにするため、と。

全ては、お兄さんを守るために。

 

「…誕生日は?」

 

「お兄さんの誕生日は12月1日、私の1日前ですよ」

 

「…なら…」

 

「鈴さん、人の過去を執拗に詮索するのはよくありませんよ」

 

鈴さんの心情は理解していますけど、これ以上確信へは近づかせない。

家族で決めたこの選択だから。

諦めさせるのも一つの手だと、私達の罪だと理解しているけれど…!

 

それでも例外はある。

もしも…もしも、お兄さんが記憶を取り戻した場合は…真実を告げよう、と。

その時にはお兄さんと鈴さんがどんな反応をするかは判らないけれど…。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 

鈴ちゃんがメルクちゃん達にこういった事を尋ねていたのは私としては理解ができていた。

鈴ちゃんの探し人である『織斑一夏』君が『ウェイル・ハース』君と同一人物ではないのかと、以前から考えていたのは私も本人から教えてもらっていた。

だから、ウェイル君の耳が届かない場所でこうやって親密な人相手に情報を吐き出させようとしていた。

でも、メルクちゃん達の側が一枚上手だったかもしれない。

イタリアは私達暗部をも軽々と凌ぐほどの手管を持ち合わせている。

この受け答えだって、事前に口裏を合わせていた可能性が非常に高いと踏んでいる。

なにしろ、ウェイル君が過ごしていた施設が『どのような場所か』という事だけは避けていた。

だとしたら…嘘ではないけれど(・・・・・・・・)、それと同時に真実でもない(・・・・・・)答えを用意していた考えるべき、ね…。

 

それを事前に根回しし、答えを用意していたというのなら…メルクちゃんはイタリアの国の闇にも通じている可能性が浮上してきた。

だけど、私はこれ以上は近づく事が出来ない。

私たち日本暗部は、イタリアの手によって刃を喉元に突き付けられているから。

 

実際、ヘキサ女史とメルクちゃんは鈴ちゃんの相手をしているけれど、クロエと呼ばれていた子は私に視線を向けている。

その双眸は閉ざされているように見えるのに、まるで『見えているぞ』と視線だけで脅してくる。

ヘキサ女史も、護衛を名乗るだけあれば、相当の実力者。

懐に何らかの暗器を忍ばせていると考慮するだけでも迂闊に動けない。

 

「…完敗ね…鈴ちゃんはこれ以上は踏み込めず、私も動けない…!」

 

メルクちゃんはといえば、鈴ちゃんに背中を向け、ウェイル君へと視線を向けている。

その背中はあまりにも無防備、だけどそれを返せば鈴ちゃんへの信頼もあるのだろう。

『背後から襲うような人ではない』、と。

 

「強いわね、今年の新入生は…」

 

あの二人がこのまま平行線が続くことは容易に想像がつく。

けど、それは『離れる事は無い』という意味でもある。

それでも…それでも、その平衡の道はどこかで交差する未来が起こりえるかもしれない。

 

「なら、その交差できる日が訪れるように、私がみんなを支えないとね…」

 

メルクちゃん達から視線を離し、アリーナの戦況に視線を移す。

そこには二つの機体が火花を散らしあっていた。

 

光を思わせる白い機体。

けど、その内面は混沌に満ちた邪悪。

 

影を思わせる紫の機体。

けど、決してそれに染まらぬ輝きを魅せている。

 

まるで陰陽図ね…。

 

白い悪意と、黒の熱意、とでも表現すればいいかしら。

 

「…とうとう出したわね、彼の本気、本来のスタイルを…!」

 

視線の先でウェイル君がまた一風変わったことを見せていた。

風に紛れて彼の声が私の耳に届く。

 

「これが…今の俺に導き出せる限りの最善解だ!」


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