IS 速星の祈り   作:レインスカイ

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『.hack//G.U.』 ハセヲ
『BLEACH』 吉良 イヅル
『テイルズ オブ グレイセス』 アスベル・ラント
『テイルズ オブ レジェンディア』 ワルター
『フェイト グランドオーダー』 アーサーペンドラゴン マーリン
『鬼滅の刃』 富岡義勇
以上の役を演じていた櫻井氏が先月末、所属していた事務所から去られたそうです。
氏がプライベートで行っていた行為に関しては非が在るのは確かですが、態々公にせずに本人達だけの話として済ませればよかったのに、なぜこうも報道誌は公にしてしまうのでしょうか。

個人的には櫻井氏には、今後も声優業を続けていってほしいと思っています。


第60話 刃風 月を見上げて

「くっそ…!」

 

その少年は、頬に出来てしまった痣に手をあてる。

教室で幼馴染みの少女と談笑をしていた最中、その者は姿を現した。

左目を眼帯で覆った銀髪の小さな少女だった。

名前は知っている。

欧州、ドイツからやってきたと言われている国家代表候補生だと。

だがクラスはこことは正反対だったと思い出す。

 

「貴様が、織斑全輝だな」

 

鋭い視線を突き刺してくる。

だが、小柄なその体躯故にか、見上げてくる姿勢となり、睨んできていてもさして脅威にも感じなかった。

だが、それが悪手だった。

相手が生粋の軍人であることまでは把握出来ていなかったのだから。

 

「ああ、そうー」

 

だ、とまでは言い切れなかった。

もとより言わせるつもりも無かったのだろう。

 

ドスゥッ!

 

鳩尾に突き刺さる手刀が続く言葉を断ち切る。

前触れも無く襲う激痛に声もあげられずに姿勢が傾く。

その刹那、左頬に激痛が走り、首が捻れるような衝撃。

首の痛みをも無視するかの如く拳は振り抜かれ、少年…織斑全輝の体は吹き飛ばされる。

首に続け、背中に鈍痛が襲ってくる。

他の生徒の机を巻き込んだわけではなく、殴り飛ばされた挙げ句、背中から床へ叩き付けられた事によるものだった。

だが、受身もとれずに背中を打ち付け、肺の中の酸素を全て吐き出し、声もあげられず、呼吸すらまともに出来ない。

そんな中で出来る事など、精々が視線を少女に向ける程度の事だった。

 

「どうやら貴様が事の発端のようだな」

 

「な、なん…の…」

 

少女、ラウラが睥睨してくる。

仰向けに倒れる自分を見下ろしてくるのが心底気に入らない、そう思っても、碌に体が動かず見上げるしかない。

その状況にすら忌々しさを隠せていなかった。

見下ろされるなど我慢ならない、見下されるなどもっての他。

今までそう思い続けていたからこそ、冷淡な視線に、憎悪を煮えたぎらせて返す。

 

「貴様の振る舞いの全てが、あの人を…織斑教官を曇らせた。

だが、それだけではない………貴様もだ!」

 

ラウラの脳天に振り下ろされる木刀。

 

バシィッ!

 

それを握る腕を振り向き様に掴みとり、派手な音が鳴る。

 

「は、離せ!よくも全輝をぉっ!

ただで済むと思うなぁっ!」

 

「…威勢だけで何が出来る」

 

掴む腕を引き寄せ、姿勢を崩させる。

振り下ろそうとしていたその勢いを利用され、前傾姿勢へと陥る。

その瞬間には…喉元に冷たい刃が突き付けられていた。

 

「…所詮、姑息な手を使う程度でしかないようだな。

だが、それが通じるのは自身よりも弱い相手だけだ。

それを見抜けぬようでは、貴様ら…相手とは真っ向から立ち向かう事を避け続けていたのだろう?」

 

「…ッ!」

 

二人揃って押し黙る。

全輝は、相手の立場を失墜させ、精神的に追い込み、弱らせ続けた。

時に数の暴力を使いながらも、自分の手だけは汚さずにいた。

見下ろし、見下し、苦しませる事を楽しみ続けた。

 

箒は、問答無用の暴力だけを振るい続けた。

その相手は、弁論では決して叶わぬ相手が殆どだ。

仮に、腕が立つ相手だったとしても、応戦出来ない状況を待ってから襲った。

暴力の前に言葉など無意味だと知ったから。

 

早い話、相手が自分と対等以上の状況で立ち向かう事だけは避け続けていた。

それが二人の本性だった。

 

「だ、だから何だ!?」

 

「認めたな」

 

僅かな言葉で、僅かな時間でそれを見抜く。

 

「私の姉は…」

 

「『篠ノ之束だ』と言いたいのだろう?

そんな脅しは通用すると思うな。

そもそもその張本人が貴様に助力した事が在ったか?」

 

無い。

ただの一度もだ。

記憶の中に在る姉は、妹である自身よりも、弱々しい一夏を優先し続けた。

比護を与えられていたのは自分ではなく、常に一夏だった。

 

「…うるさいぃっ!」

 

「ふんっ!」

 

腹部に拳が突き刺さる。

軍隊格闘のそれではなく、ただただ真正面から繰り出された正拳だった。

声も無く蹲る姿を一瞥し、彼女は教室から立ち去る。

そして最後に…

 

「あの人の事は尊敬していたがな、だが織斑千冬教官を曇らせ、今の状況に追いやったのは貴様等だ。

これ以上、教官を苦しませたくないのなら、妙な動きをしない事だな」

 

「…何の話だよ…!」

 

全輝がフラフラと立ち上がろうとする。

だが、それにすら視線を向けず、ラウラは教室から足早に立ち去った。

廊下に出れば、騒ぎを聞き付けたのか生徒が集まっていた。

視線を受けながらも構わずに突き進む。

 

「ボーデヴィッヒ、お前は何を…」

 

かつては尊敬し、憧れた人もその中に居た。

だが、ラウラはその彼女の視線に気付きながらもそれを無視した。

この時にはまだ、織斑千冬に対しての気持ちに整理が着くまで然程時間はかからないだろう。

だから、存在そのもの(・・・・・・)を無視しようと目をそらす。

『憧憬』も『尊敬』も『憎悪』もそこには無い。

ただの『景色の一部』としか映っていなかった。

 

あれから一晩経った。

ラウラは部屋のベランダから月を見上げていた。

想いも迷いも断ち切った。

もう憧れすら、一片も残っていなかった。

 

「私が憧れた人は…もう、死んでしまったんだ…」

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「…フワァ…良く寝た…」

 

起き抜けに大きな欠伸をして、目元を軽く揉む。

首を傾ければゴキゴキと不健康な音。

隣を視線に向けてみるが…あれ、メルクの姿が無い。

耳を澄ませてみればシャワーの音が聴こえてくる。

どうやら朝からシャワーを浴びているらしい。

 

なら、俺はコーンスープでも作っておこう。

とは言え、この後には早朝訓練が待っているから、簡単にインスタントのものだ。

 

「ポットにお湯は…たっぷり有るな」

 

サッサと寝間着からISスーツと制服に着替えておく。

それからマグカップにパウダーを投入し、熱湯を注ぎ込む。

これだけでも甘い香りが広がってくる。

朝にはやっぱりこれが良いよな。

 

「おはようございます、お兄さん」

 

「ああ、おはようメルク」

 

シャワーを浴びて出てきたメルクは朝からニコニコとしている。

タッグを組む…という話は未だに保留中なんだが、メルクは…実は組むのを大前提にして考えてたりして…まさかな。

保留にしてるのはメルクも理解してる筈だろうからな。

訓練するのは考えているらしく、ISスーツも着用済だ。

マグカップの中身は熱いままだが極力サッサと飲み干す。

空っぽになったマグカップを洗い、鞄を引っ提げ、ドアを開け…

 

「待ちわびたぞ、ウェイル・ハース」

 

ラウラが再びそこに仁王立ちしていた。

早朝訓練に行くことは…話をしてしまったか?

こんな早朝から何の用件だろうか。

興味はあるが、正直聞きたくない。

 

「で、早朝から何の用件でしょうか?」

 

「保留にされていた話の続きをしに来た」

 

「……素直なのは結構だが、言った筈だ。

『当面保留にする』とな」

 

だが期限は今週末だから、いつまでも放置していたらランダムで決められてしまうだろう。

その流れで織斑や篠ノ之と組まされようものなら、俺はそのタイミングで棄権を宣言する所存だ。

試作兵装の試験稼働は…最悪、メルクでも問題は無いだろう。

そうでなくとも、早朝訓練や、夜間訓練でも使い続けているから、データ的にも然程問題にはならない筈だ。

 

「…いつまで保留にするつもりだ。

当てになる者……と言うより頼りになる者や、信用出来る者は居るのか?」

 

人脈、と言えば大袈裟だが、多少は人同士の繋がりは出来ている…つもりだ。

クラスの皆とも再び交友関係は築き直し、他クラスの生徒とも会話程度は出来るようにもなった。

信頼とまでは言えないかもしれないが、それでも充分だとは思っている。

 

「その点については問題は…うん、無いな。

後は正式な届けを出すだけだが…誰にすべきか」

 

左手を握ってくるメルクの力が強くなってきているな…。

無言の自己主張はやめなさい。

 

「ウェイルはどんな戦術を扱っているのだ?」

 

「近接戦闘は槍、中遠距離はライフル、そんな感じだ」

 

かなり大雑把な説明だが、嘘を言っているわけでもない。

実際にはそんな感じにしているからな。

とは言え、本来のスタイルではそこにプラスαが追加されているわけだが、トーナメント当日までは公開しない予定にしている。

それと、試作段階の弾丸『暴君(カリギュラ)』も極力伏せておこう。

 

「では、私達はこちらのアリーナを使う予定ですから、ではまた」

 

メルクが俺の手だけでなく腕まで掴んで引っ張ろうとする。

どこに、そんな力が在るんだ、お前は。

ラウラは…あ、やっぱりついてきてる。

 

「朝から騒々しいわね、アンタ達は」

 

早朝からこの騒ぎを聞き付けたのか、階段前にて鈴にも遭遇した。

なかなかに近所迷惑だろうな、これは。

しかし、だ

 

「望んでこうなったわけじゃない」

 

望んでやってたらそれこそ大問題だろうがな。

 

「ラウラ、授業以外での合同訓練は暫く控えときなさいよ。

正式にタッグを組むのが決まったわけじゃないでしょ?」

 

「しかし…」

 

「そういう訳だ。

それに、企業代表故の機密事項も抱えている身だから、尚更出来ないんだ」

 

「………やむを得んか」

 

ここまで言ってようやく折れてくれた。

実際、先日のシャルロット相手に『アウル』も使ってしまったし、その方面でも警戒はされてると思う。

トーナメントまで秘匿とは言ったからには、これ以上は使わずにいるべきだ。

 

「ならラウラ」

 

「む、なんだ?」

 

「組むのなら、シャルロットと組んでやってくれないか?」

 

これには俺なりの考えがある。

現代に於いて『フランス人だから』と言うだけだ蔑如される。

こと今回になっては、シャルロットは性別詐称をしていたから、なおのこと周囲から避けられるかもしれない。

国籍をドイツに移籍させても然程変わらないかもしれない。

だったら、一応は同国の所属者同士で組んだ方が良いかもしれないと思ったからだ。

孤独な時間というのは虚しく、人が恋しくなる。

長い病院生活をしていたから、毎日の夜が寂しかったからそれが理解出来る。

一緒に居てくれる誰かを、誰もが求めている筈だ。

 

「…移籍させたとしても、念のため監視が必要になるか。

ではシャルロットと交渉しておこう」

 

…あれ?一人で勝手に納得して、決断までしてるな?

…まあ、いいか。

 

「暗器や毒物は全て処理はしたが、それでも警戒は必要になるのも確かだ。

では早速行ってこよう」

 

そしてアリーナ前から再び学生寮へと再び駆けていった。

 

「で、あんな風に解釈してたけど、アンタもそういう事を考えてたの?」

 

「……いや、違う。

別の理由を考えてた」

 

メルクも鈴も妙な視線を俺に突き刺してくる。

ちょっと辛いぞ…。

ええい、別の方向で考え事をして誤魔化そう。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

ウェイルと接するようになったのは、クラス対抗戦の時からだった。

ウェイルが一夏ではないのかと思っていたからだったけど、その予想が確信にはなかなか変わってくれない。

私が彼と接する際には、必ずと言って良いほどにメルクが間に割り込んでくる。

このメルクが凄まじく手強く、なんのかんのと受け流す事で、私の疑問をなかなか直接ぶつける事が出来ない。

 

「ウェイルの所にはタッグの申請がどれだけ来てるのよ?」

 

「2組から5組までの生徒、その半分だからえっと…」

 

「80人程、ですね」

 

多すぎじゃない?

例の噂が払拭できてからというものの、ウェイルの株価はそれこそ右肩上がり。

と言えば聞こえは良いけれど、実際には周囲の人間が掌を返したというだけ。

それもクルクルと回り続ける風車のように。

こういう人間はいけ好かない。

日和見で強い側についてさえいれば、自分たちに損はないと思い込み、なんだってやるような連中。

その類の人間を私は嫌というほど見てきたから。

 

「けど、この殆どは断るつもりだよ。

俺をアクセサリーのように見ている人とは上手くやっていける自信が無いからな」

 

「ですけどお兄さん、私と組むとも言ってくれてないですよね?」

 

「アンタは本当にブラコンねぇ…。

今回のタッグマッチ制度は、普段はやっていない連携を前提にした訓練でもあるのよ?

『特定個人の誰かとだけなら連携可能』じゃ話にならないのよ。

『普段は組まない誰か』だから連携訓練にはもってこいなんだから」

 

ブラコンもここまで拗らせると病気なんじゃないかと思ってしまう。

それほどまでにメルクは普段からウェイルにベットリよね…。

 

「そういえば1組の生徒からは申請書が届いてないんだよな」

 

「その1組の生徒ですが、1組の中だけでタッグを決めるそうですよ」

 

「ある生徒による問題行動が続出していたから、その応急処置替わりらしいわよ。

早い話がクラス内での連帯責任って事ね。

それとついでに密告推奨ってところかしら」

 

二人は「疑問が増えた」と言って風に首を揃えて傾げている。

相変わらずの反応にちょっとイラッとするけど飲み込む。

 

「例の二人が何かしようとしてるのを見つけたら、それを教師陣に報告してしまえって事よ。

本音から聞いた話だけど、あの馬鹿共でのタッグは組ませないらしいわ」

 

「信用無いですね、その二人というのは」

 

メルクは容赦が無いわね…、バッサリと切り捨てた…。

ウェイルはそんなメルクの様子に苦笑いしてるだけだし…。

 

「で、ウェイルは私と組む?」

 

「私とです!」

 

「…企業の試作兵装も使ってるだけじゃなく、俺の本来のスタイル(・・・・・・・)を使用するから、口の堅い相手でないとな…」

 

ウェイルの本来のスタイルと聞けば俄然興味が出てくる。

私との対戦時や、授業中の訓練でも使ってなかったとでも言いたげな言葉に好奇心もわいてくる。

 

「まさか、早朝訓練や夜間訓練をしてるのって…」

 

「ああ、見られないように、使っていなかった間に感覚を鈍らないようにするためだ」

 

…一夏との共通点が一つ見えた気がした。

あの日、勉強机の中に並んでいたノート、その中にビッシリと書かれ続けていた文字列を。

そして、ウェイルも、多くの人の目に映らない(・・・・・・)形で努力を続けていた。

思わぬ形での発見に、少しの間だけ…息が出来なかった。

 

「じゃあ、私達はこれで」

 

「え、あ、うん…」

 

呆然としてしまった私を置いて、二人はアリーナへの中へと姿を消した。

それを見送りながらも、私は再び思考を巡らせる。

一夏とウェイルの共通点を。

『年齢が同じ』

でも誕生日は?

一夏の誕生日は9月26日だったけど、ウェイルは…楯無さんからもらった情報では12月1日だった。

 

『ISが稼働可能』

これは全輝が稼働可能だったことが判明した後に、イタリアで発掘されたというもの。

これに関しては可能性があると考えられる。

 

『利き手が左』

一夏の場合は右腕を骨折したからという理由で利き腕を変える必要があったから身に着けようとした技術だった。

ウェイルは…ペンを握るのも左手だった。

ここも共通だった。

 

『釣りが好き』

一夏も休みの日には釣り堀店に行っていたのは私も確認済み。

 

思い返せば共通していながら見逃してしまっていた点も在ったかもしれない。

 

「…可能性はある、か…!」

 

完全な他人ではない。

その可能性が再認識出来ただけでも、この学園に来た甲斐が在ったとようやく思えてきた。

なら、今後もウェイルと接し続けよう、そうすれば確実に何かを掴めるだろうから。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

早朝にコーヒーを飲むのは、成人してからの私の日常になった。

眠気覚ましになるのは当然だが、心が落ち着くからというのが1番の理由になりつつある。

後輩の真耶はカフェオレを嗜んでいるようだが、アイツは子供舌が抜けきっていないのかもしれない。

ベランダから階下を見れば、数人の生徒がアリーナへと向かって歩いていく姿が見受けられる。

 

「あれは…ハース兄妹、それに凰か」

 

私を毛嫌いしている三人が肩を並べて歩いて行く。

確か、早朝訓練の為にアリーナを貸し切りにしていたのを思い出す。

その様子を観に行きたいが、接触・干渉禁止の命令が私の動きを妨害し続けている。

ウェイル・ハースが編入してきて以降、会話の一つも出来ていないのはそれが理由だ。

 

本音を言ってしまえば、今すぐにでも話をしに行きたい。

「ウェイル・ハースは私の弟である『織斑一夏』だ」と叫んで連れ戻したい。

もう一度、姉弟として、やり直したい。

あの頃に戻りたい、本心からそう思う。

全輝も本心ではそう思っている筈だ!

そして一夏もそう思っている筈だ!

 

「だが…」

 

下された命令には私とて背けない。

実質、私が担当しているクラスでは、全輝と箒が、あの兄妹に危害を加え続け、その都度処分されている。

今でさえ国際問題を起こし続け、解決手段すら見えてこないと言うのに…。

 

全輝の事が解らなくなってきてしまっていた。

何故、ありもしない話を噂として流布したのか。

何故、兄弟でいがみ合うような事を続けるのか。

何故、血肉だけでなく魂までを分けあって生まれた家族なのに、歩み寄れないのか。

 

「あいつは…ウェイル・ハースなどという他人ではない。

私達の弟、織斑一夏だ。

なのに、何故………?」

 

もう幾度となく繰り返す『何故』という言葉は回数を増やす度に空虚さを増していく。

前触れも無く失い、唐突に現れた本人を前に、触れ合えないどころか言葉を交わす事も出来ずにいる。

 

「いや、家族なんだ…時と経験を重ねればいつかは…あの時のような日々を取り戻せる筈だ…」

 

ふと、昔を思い返してみる。

家族として過ごしてきた日々を…。

全輝は昔から多くの物事を早期に習得していたが、一夏はそそっかしい弟だったと思う。

普段からあちこちで怪我をし、最終的には腕を骨折するまでに至った。

私と言葉を交わす事が少なくなったのは、その少し後だった気がする。

 

「柳韻さんとも言葉を交わす事が無くなったのもあの時期だったか…」

 

箒の父親でもあり、剣道の師でもあったあの人を思い出す。

別れの日にも言葉を交わしてくれず、無言を貫いたまま姿を消してしまった。

だが今でも柳韻さんの電話番号を覚えている。

近い内に話を伺ってみようか。


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