その日の真夜中、私は紅茶を飲みながらモニターを睨んでいた。
ウェイ君の普段の生活は常にモニタリングしているから抜かりは無いと思う。
アリーシャ・ジョセスターフ……アーちゃんに頼まれているわけではなく、これは私の今の仕事の一環。
FIATへの技術協力は可能な範囲、作れる目処の立つものだけを設計図にして、資材の調達ルートと予算もこちらで用意しておいてあるから、企業の開発能力も右肩上がり
そして、ウェイ君の学生生活を守る為にも多くの事を手掛けていた。
先日までのウェイ君を扱き下ろすような噂に対しても、私は極力対処をした。
『偽物ではない』と証明されたのなら、それは『本物として扱われる』のは当然だから。
多少カメラのアングルが疑問視されるようなものでも、それは決定的な証拠として扱われる。
「さて、後はこっちかな」
私が潜伏しているイタリアは、日本に比べてマイナス8時間の時差が生じている。
モニタリングをしていれば、半ば昼夜逆転生活にもなってしまっているけど、苦痛による苦言なんて言っていられない。
右腕を斬り棄てた身になってから暫くは慣れない日々だったけど、今ではすっかり馴染んでしまっている。
残された左手でコンソールを呼び出し、もう一人のクソガキの様子を見つけ観察してみる。
懲罰房から退出していくけれど、その横顔は怒りに満ちているのが丸わかり。
「やっぱり、反省の一つもしてないんだね。
このまま何もしないのなら放置していても良いけど、お前はまた繰り返すつもりだろ?」
それぞれに対して、私はクーちゃんを挟む形ではあるけれど、既に報復行為を処した。
イタリア政府からも、あの二人を学園から排除しろと訴えているだろうけれど、日本政府は相変わらず反応をしない。
「束様、ご指示通りに処理を終了しました」
「クーちゃん、お帰り♪それと、お疲れ様♪」
モニターの中にはクーちゃんが成した成果が映っている。
今回は、事が事だった為、日本政府中枢の人物を処分した。
過去の出来事に関して、誇張させてマスコミに流す。
あながち嘘偽りでもない、虚実を織り混ぜた情報を誇大させてネット上にブチ撒けてしまえば、もう止められない。
「さあ、どうするのかな、織斑千冬?
もう日和見なんてしていられない、お前のコネクションを剥ぎ取ってやるよ」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
今度の学年別トーナメントが個人制からタッグマッチ制度に急遽変更され、俺だけでなくメルクも驚きを隠せていなかった。
SHRが終わった直後から、タッグとしての登録をあちこちから頼まれ、『保留』と告知。
それで状況が多少落ち着いたので、昼休みはすっかり入り浸っている生徒会室にて息を休めていた。
「朝から疲れる…」
追い回されるような心配は無くなり、今は参考書を相手ににらみ合いだ。
だが、この後もどうなるか判らない以上は集中がなかなか出来ない。
「なんで俺なんかと組もうとする人があんなにも沢山居るんだか」
「先の風評被害の件についても色々と言われていましたから、その反動じゃないでしょうか?」
『噂の真相を見抜けなくて申し訳無い、詫びの代わりにタッグを組もう』と言う考えか?
実際問題、例の噂話に踊らされていた人は多く居ただろうが、俺はそれに対して謝罪など求めていない。
それを流布した諸悪も、何を思って犯行をしたのかすら判っていない状況だ。
奴と顔を合わせて話をするなんて精神衛生上よろしくないのでお断りだけどな。
「普段は授業でしか接する事が無いから、物珍しさもあると思うわよ」
「そんなもんですかねぇ」
楯無さんの意見も飛んでくるが、それは多少は判るかな。
故郷でも、ヌシを釣り上げたらオッチャン達が集まってきて騒ぐ事も多々在ったのを思い出す。
それと似たようなものかもしれない。
この例えなら理解がしやすい。
シャイニィも落ち着きなくウロウロしていたよなぁ。
「でも、これには別の理由も在るのよ」
「「別の理由?」」
俺とメルクの声が重なり、首を傾げる動作もピタリと一致する。
いつもの事ではあるのだが、何故か楯無さんが呆れたかのような視線を向けてくるのが気になるが、話の内容こそ今は優先してもらいたいところだ。
「通常授業では、基本的に1対1での対戦が多いと思った事は在るかしら?」
それは確かに思った事は幾度も。
「これは各生徒達に、機体の基本スペックを把握させる為の処置でもあるわ。
この学園は、世界でもっとも多くのコアとISが配備されていて、多くの生徒がそれを使うけれど、上限数が定められている以上、多くの生徒の要望や需要に供給が間に合っていないの。
貸出予約が殺到しているのはこの為ね」
なるほど。話が判りやすく、理解もしやすい。
そんな中、専用機を国家から借り受けている『専用機所持者』は多くのアドバンテージが得られる。
貸出予約をせずとも機体を使えるからな。
けど専用機所持者は、所持機以外のスペックデータを把握出来ないというデメリットも生じているか。
「そこで今回のトーナメントに於けるタッグ制度は、各自が今までに得られたアドバンテージを利用し、連携訓練を促す為でもあるの」
「今までの訓練内容の延長線上に在るものを、各自で習得させる為、ですか」
「そういう事よ♪」
二人一組でのパフォーマンスで求められるのは、互いの協力、言わば連携だ。
お互いの不得手を埋めたり、不足を補うのは当然だが、それ以上の技術を合わせ、より大胆な事も出来るかもしれない。
『1+1=2』ではなく、『1+1=2以上』を目指すのが理想的だろう。
俺の場合は、それを作り出すにはメルクと組むのが最善だ。
互いの機体には、互いの記録を共有させている。
それを参考にすれば、よりよい連携訓練も出来るだろう。
だがメルクなら、姉さんでも連携を組めるだろうけどな。
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ウェイル君が何を考えているのかは何となく判る。
タッグを組むのなら、何が必要になるのか、とか考えているのかしらね。
だけど、今回タッグマッチ制度を取り入れたのは別の理由も含まれている。
それは
織斑全輝と篠ノ之箒も参加するようになるだろうけど、その二人がおかしな行動をしないように監視を強化する必要がある。
そしてその二人にはペアにはさせず、他の生徒と組ませてその生徒にも監視、報告を推奨させる。
密告なんて人聞きの悪い話だけれど、あの二人には常時監視を受けている事を自覚してもらわないとね。
「それで、ウェイル君は誰と組むのか考えているのかしら?」
「私とです!」
ブラコンね、相変わらずこの子は。
「俺にはタッグの申請がウンザリする程来てますが、現在は保留してます」
打算前提の申請なんてそれこそお断りするのが正解でしょうね。
ウェイル君としても、そう言うのは嫌がってそうなイメージは在る。
「それと、トーナメントの対戦表は当日にランダムで決定されるから、誰が対戦相手になっても恨みっこ無しよ」
「それは勿論…」
「だけど、簪ちゃん相手に酷い事をしたら許さないからね♪」
「恨みっこ無しと言った矢先にそれですか…」
だってお姉ちゃんだもん、それくらい先に言っておかないとね♪
はい、そこ、ノートに書かれている文章の内容が間違ってるわよ。
ウェイル君が編入してきて以来、彼の成績は私も把握している。
彼は『劣等生だ』と自分をそう自覚しているけど、実際にはその域に居続けているわけじゃない。
自分を向上させる意欲は充分に持っているけれど、上手く形に出来ていなかったのだと察する。
その軌道を逐次修正し、向上させているのがメルクちゃんであり、家族だろうと思う。
学園の中でも、少しずつだけど、その可能性の芽は伸び、他の生徒とコミュニケーションの輪を広げている。
進級したら整備科に入る事を決めているようで、その腕前も先生達にも認められている。
この調子なら、将来的にはメルクちゃん専属の技師になれると信じられる。
「失礼する」
その言葉と一緒に扉が開かれ、入ってきたのは小さな姿。
この数日ですっかりと見慣れてしまった人物がそこに居た。
「やはり此処に居たか、ウェイル・ハース」
「ん?…ボーデヴィッヒか?」
ドイツ国家代表候補生、ラウラちゃんが腕組みをして仁王立ち。
何かの物真似かしら?
「今度、トーナメントが開かれるがタッグ制に切り替わ……」
「『タッグの申請』は保留にさせてくれるか?」
最後まで言い切るより先に切って返した。
せめて最後まで言わせてあげたら?
これって結構辛辣じゃないかしら?
「……理由を伺おう」
「その申請だけで、朝から耳一杯だからだ」
……本当にどれだけの数の申請が届いていたのよ…?
多分、クラスの垣根を越えていたんだと思うけれど…。
ウンザリしている様子から察するに、2組~5組までの女子生徒が殺到してた…とか?
「鈴ちゃんからはどうだったの?」
「勿論、申請は有りましたが、それも踏まえて『保留』にしてます。
それだけでなく、シャルロットからも」
鈴ちゃんまで…。
それにしてもウェイル君ってば人気過ぎない?
けど、中にはウェイル君をアクセサリーのように考えている人もいるでしょうから、保留にしたのは賢い判断だとおもう。
「で、ボーデヴィッヒさんは何故、お兄さんと組もうとしているんですか?」
「教官に泥を塗った男、織斑全輝を潰す為だ。
先日の悪評を流すような事をしでかし、教官に恥をかかせた。
それだけでなく、教官が立場を追いやられている理由も奴が絡んでいる可能性が高いと踏んだ。
奴を叩き潰す為に、ウェイル・ハースと組めば、奴と闘える好機が来ると考えたんだ」
「お前が奴を気に入らないと言うのは理解した、だが…」
「先程、奴を殴り倒した」
あら豪快…って、何やってるのよこの子は!?
「ならそれで気持ちを収めろよ…」
「本当にね…なんでそんな豪快な事を…って理由はもう言っていたわね…」
今年の新入生ってイレギュラー要素が多過ぎよ…。
もうやだ、ちょっと目を離したら大抵何かやらかしているんだもの…。
ラウラちゃんが怒りを抱えていたのは理解出来るけど、やらかした事に関しては正統性はまるでない。
ちょっと後で調べておこう、新たな国際問題に繋がらなければ良いんだけど…。
「ウェイル君一人を貶めるだけに裏工作をしていたようだったけど、ボロが出るのは早かったわね」
弾君からの情報もあったけれど、まさかの学園外部からの情報提供がされたのも私としては驚いた。
ウェイル君を貶めるための情報を流布させようとして、部屋で画策していた映像がUSBに入れられて届けられたからだった。
しかも、音声入りで。
どうにも気になるのは、撮影をしていたであろう場所が、角度と尺度を鑑みても、部屋の外側からだったこと。
彼の部屋は2階で、その窓の外には鑑賞用の樹木すら生えていない。
言わば、何もない空中からの撮影だったということになる。
それでも映像を徹底的に解析してみたけれど、捏造されたフェイクの映像ではないことだけがハッキリと証明された。
フェイクではないと証明されたのなら、それは本物の映像ということになる。
誰が何のために撮影していたのかは判らないけれど、学園内の平穏を得る為なら使えるものは使ってしまう。
そして…弾君からも新規の情報が届けられている。
それは、学園外部での何者かの手による事件。
全輝君の腰巾着をしていた人物だけでなく、その家族にすらその魔の手が伸ばされている。
そして、見て見ぬ振りをし続けていた人物にすらも。
新たに『家屋の全焼』が発生、しかも何者かによって家屋の保険の情報も抹消され、行く当ても無くなったとか。
どちらかの実家に帰るような事にでもなるかしらね。
おっと、思考を切り替えないと。
「それと、木剣を振り回す女も居たが、そちらも殴り飛ばしたが」
「ちょっと待て」
流石に聞き流せない言葉が続いてウェイル君が呻き声に近い状態で言葉を挟んできた。
うん、いまなら何を思っているのかは手に取るように判るわよ。
「織斑もそうだが、木剣を振り回してきた奴にも心当たりがある。
その両方共が異常なまでに俺に敵対心を向けてきているんだぞ。
煽るだけ煽りまくって、それで奴を潰すのに組めってのは、早い話が尻拭いをさせようとしか見えないぞ」
「………言われてみればそうだな」
「気付いてなかったんですか…!」
これはこれで問題だわ…。
あの二人、特に篠ノ之 箒に関しては命令も聞かずに危害を及ぼしてくる可能性が濃厚だわ。
「ボーデヴィッヒさん、問題を処理もせずに尻拭いをさせようとするその姿勢は見過ごせません。
お兄さんとはタッグを組ませません、絶対に!」
「む、確かにそうだな…」
ラウラちゃんもメルクちゃんに指摘されて諦めたらしく、声が少しだけ弱くなった。
それに比例してウェイル君は頭を抱えている。
今後はラウラちゃんと組もうものなら、巻き添えを食うことは十中八九確実でしょうね…。
現状、1-1は授業以外でのIS使用は禁止とされているから、実力云々に関しても稼働時間にしてもあまりにも大きなハンディキャップが生じている。
戦闘でラウラちゃんが負けることは無いでしょうけど、それを理由にウェイル君が巻き込まれるのは頭が痛い。
「問題が増えたわね…」
「技術者として迎え入れたい、とも思っていたんだがな」
「お断りだ、俺は将来をイタリアで過ごすと決めているんだ。
技術者としての勧誘なんざダメだからな」
「そういうわけですから、申請も加入も諦めてください」
なんで今年はこんなにも問題が続くのかしらね…。
「合同授業はあるだろうけど、それだけにしてくれ」
「承知した。
放課後の訓練であればコーチング程度は出来るだろうから、実力を欲するなら…」
「私がいますから遠慮してください!」
…ラウラちゃんはウェイル君を気に入っているの?
それとも別の要因か何か?できることならこれ以上の問題を起こさないで…。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
夜になれば寮の屋上に来て夜の海を眺める。
最近はそれが日課になっているような気がした。
昼日中は監視と、冷たい視線に晒され心が落ち着く暇もなかった。
だからだろうか、心を落ち着けたいからと屋上に来るようになってしまったのは。
「…何の用だ、ボーデヴィッヒ」
寮内へと続く階段を上がってきた足音の主に声をかける。
ボーデヴィッヒの視線を感じながら、私は振り返ることもせずに語り掛ける。
「今日は、教えてもらえますか?
教官が抱えている秘密を」
「話せん」
「では、言えない理由は何なのですか!?
教官は卑怯だ!貴女自身は動こうともせず、私すらも手駒にして目的を果たそうとするなど!
私は…ラウラ・ボーデヴィッヒは貴女の人形ではない!」
叫びが夜闇に響き渡った。
その咆哮は悲痛なものだった、だがそうさせてしまったのは他ならぬ私自身だ。
私が
「人を謀り!人の思いを踏み躙り!自分の目的を果たそうとする!
貴方がやったことは、そういう事だ!教官!貴女はなぜそんな事をしたんですか!」
「そこまでにしなさい、ラウラちゃん」
新たな声が聞こえた。
更識楯無、おまえか。
真耶に続き、お前も盗み聞きをしていたか。
「ラウラちゃんはなぜそこまで気にしているのかしら?」
「…あの人が、私の知らない誰かに見えてしまうからだ。
ドイツで私を導いてくれた人物とは思えない、誰かに…」
弱くなったと言われても言い訳はできないな。
確かに、私はあの頃に比べれば他人のようにも見えてしまうことだろう。
否定は出来ない。
「家族を語る人物に憎悪したのも確かだ。
その実物を見てしまえば、殊更に。
そして、その愚物が起こし続ける事に対しても放置していることすら許しがたかった。
何より許せなかったのは、あれだけ尊敬し、憧れ続けていた私を言葉巧みに操って手駒にしていた事だ!」
「それに関して織斑先生の見解はどうなんですか?
ウェイル君を貶めようとしていた全輝君と同じことをしていた訳ですが?」
「言い方を考えろ、更識」
「あら?何か間違いが?」
金網を掴み、揺れる心を無理やりにでも落ち着かせようとするが、一度荒れ始めてしまった心は荒波のように揺れ続ける。
白髪の少年…あいつは私の弟、織斑一夏だ。
今でもそう信じ、疑わない。
確たる証拠などない、その張本人からは嫌悪されている。
会いたくないとまで言われてしまっている。
言葉をかける事すらできない今の状況がもどかしい。
「多くの人からすれば、貴女は特別な人間です。
そこには何の間違いもありません。
ですけど、
いえ、特別な人間なんて誰も居ません、誰かの思いを踏み躙り、自分の願いだけを叶えてもいい権利なんて無いんですよ。
剰え、貴女はその為に、貴女に憧れた人を裏切った」
「…判っている」
「信用を失うのは一瞬、築き上げるのは至難の業だと思ったほうが良いですよ。
ましてや、そんなことをすればもう二度と、信頼なんてされないのだという事も…」
そこまで言って更識はボーデヴィッヒを連れて行くのが足音で判った。
言いたい放題言われ、私は何一つ言い返す事など出来なかった。
なにもかも正論で、付け入るスキなどない冷たい言葉が、そのすべてが私の心に突き刺さり続ける。
「お前たちに判るわけ無いだろう、何年も経ち、希望が現れたともなれば、どう思うのかが…。
失った希望が…手の届く場所に居るのに、触れられないもどかしさなど…!」
取り戻したいんだ…!
6年前に失った、家族を…!